第4話『デステスト』
エリカさんにテレポーテーションされたところには1人の男が立っており、僕のことを睨み付けている。
「なんだ、てめえ?」
「あっ、えっとですね……」
この男を殺さなければ、お屋敷に戻れないってことか。
パッと見た感じ、特別に屈強そうではないけれど、エリカさんみたいに何か能力を使ってくるかもしれない。あと、スキンヘッドなのが地味に恐い。
「てめえは誰なのかって聞いてるんだよ!」
「と、通りすがりの異世界人ですね」
「ふざけんじゃねえ! 俺のことをバカにしてるのか!」
「ば、馬鹿にしてませんよ……」
本当に異世界から来た人間なんだからさ。僕の服装は岬から飛び降りたときと変わらないスーツ姿だけど、これってこの世界でも一般的な服装なのかな。
「お前、もしかしてこのミーガン家の人間か? それなら、俺がぶっ殺してやる! それであのエリカ・ミーガンのことも……!」
もしかして、エリカさんが僕のことを殺し屋として仕えさせようとしているのは、彼のように自分を殺そうとする人が何人もいるからなのか?
『以前にも、彼はあたしのことを殺そうと、あたしの前に現れたの。まあ、こいつは弱いし、あたしは優しいから能力で遥か遠くに吹っ飛ばしてあげたわ』
心の中にエリカさんが話しかけてくる。これもエリカさんの能力か。おそらく、水晶玉で僕の様子を見張っているのだろう。
というか、この男……エリカさんに散々なことを言われているぞ。エリカさんにとって弱いから、僕でも殺害できると思ったのかも。
『こいつはあたしを殺そうとする危険人物。そいつからあたしを守って欲しいの。そのために、あなたが殺害するの。だから、何も後ろめたい気持ちを持つ必要はないのよ』
「で、でも……」
人を殺害するなんて。僕のいた世界では、日本では犯罪で逮捕されるんだ。そんなこと僕にはできない。というか、弱いと分かっているならエリカさんが殺せばいいじゃないか。
「何もしないのか? だったら、さっさとそこをどけよ!」
すると、鬼の形相と化した男の手から赤く光った剣のようなものが出てきて、僕の胸を貫き通した。
「うっ……!」
胸が……とてつもなく痛い。胸を押さえた右手を見てみると、血で真っ赤になっている。口の中も鉄の匂いがしてきた。
しかし、エリカさんに与えられた自然治癒の能力のおかげで、胸の痛みはすぐになくなった。口の中にある鉄の匂いは残っているけれど。
「お前、能力者なのか」
「……能力を与えられた者です」
「どうやら、この程度じゃお前を殺せないみたいだな。それなら、何度もお前のことをぶっ刺すのみだ!」
そう言って、男は再び赤く光った剣を出して、僕のことを刺そうとしてくる。何度も何度も。僕を追いかけては剣を僕に向けてくる。
僕は必死になって、男からの攻撃を交わし続ける。それだけで精一杯だ。
『あなた、逃げているだけじゃそいつを殺せないわよ! あたしがあげた刀を使ってどうにかして殺しなさい!』
「だけど、僕は……」
『あなたが人を殺すことを躊躇っているなら、いいことを教えてあげる。あなたはもう攻撃されたのよ。そして、また攻撃されようとしている。それを防衛するために相手を殺害する。これはあなた達の世界でいう正当防衛なのよ!』
「正当防衛……」
一瞬、正当防衛になるかもしれないと思ったけれど、僕は不老不死の能力をもらっている。死ぬことはないのだ。一度攻撃されたからと言って、この男を殺すことが正当防衛に適用できるとは思えない。過剰防衛になってしまう。
「何だ? 逃げているだけの用心棒なんて聞いたことねえぜ」
「……何だって?」
「あのエリカお嬢様の用心棒だし? 治癒の能力も持っているから、さぞかしやっかいな奴かと思ったら単なる臆病者じゃないか。笑わせるなよ」
「くそっ……」
こいつ、好き勝手なことを言いやがって。僕は好きでこの世界に来たわけでもないし、エリカさんの殺し屋になったつもりはない。
でも、ここで僕が殺さなければ今後、エリカさんが危険な目に遭うかもしれない。今は弱くても、今後強くなるかもしれないし。エリカさんにそういう目には遭わせたくない。
「おお、いい眼になってきたな。ほら、俺を殺せるもんなら殺してみろよ!」
「……言いましたね?」
この男を殺すことができれば、エリカさんへの危険なことが1つ消える。そう割り切って、こいつを殺害するしかない。
それに、ここは美桜がいる世界なんだ。だから、美桜と一緒にいたい。美桜の記憶を取り戻したい。そのためなら、僕は悪にでもなってやる。
「エリカさん。こいつは僕の世界にいる人間と同じ体の構造ですか?」
『ええ。そうよ』
「それなら……この刀を使って殺すことができるかもしれません」
『……殺してみなさい』
男を殺す気持ちを固めて、僕はさっきエリカさんからもらった刀を鞘から取り出す。
僕だって、元にいた世界ではナイフやカッターで犯人を殺すシュミレーションを何度もしてきたんだ。この男が何の能力を持っているか分からないけれど、元の世界にいる人間と同じ体の構造であれば、刀で狙うべき体の部位は分かる。
「ほぉ? 完全に俺を殺す眼つきになったじゃねえか!」
すると、男は先ほどと同じように赤く光った剣を僕の胸に突き刺そうとしてくる。
エリカさんからもらった短剣、どれだけ耐久性があるか分からないけれど、やってみるしかない!
「くっ!」
胸に触れる寸前のところで、僕は短刀で赤く光る剣を受け止める。この短刀、なかなか丈夫みたいだな。折れそうな気配も全くないぞ。それなら!
「僕はエリカさんに仕える殺し屋だっ!」
僕は赤く光る剣を振り払って、男の喉元に短刀を突き刺した。その瞬間に、刺した箇所から血が噴き出してきて、僕の顔にかかる。生温かくて気持ち悪いな。
「うっ、ああっ……」
男がそう呻き声を上げると、その場で仰向けになって倒れる。
「……さっきはよくも僕の胸に刺してくれましたね。お返しですよ」
僕は男に馬乗りになって、喉元から短刀を引き抜き、胸部に1度、短刀を突き立てた。喉元を刺したときとは違って、あまり血が吹き出ることはなかった。
呼吸と脈を確認してみるけれど、どちらもないことを確認した。
「殺して……しまったか」
終わってみると、虚しさがどんどんと湧いてくるんだな。
人生初の殺人は美桜のことを突き落とした犯人にするつもりだったんだけれど。まさか、異世界でエリカさんの命を狙っている男を殺してしまうなんて。相手が誰であれ、人を殺すと胸が苦しくなるな。
「これでどうでしょうか、エリカさん。この男を殺すことができたはずですが」
『……生命反応なし。よくやったわね』
エリカさんからそう言われると、僕の視界は急に真っ白に。ちょっとの間、眼を瞑り、ゆっくり開くと先ほどまでいた部屋に戻ってきていた。そこには満足そうな笑みを浮かべるエリカさんと、血まみれの僕の顔を見て驚いているのか眼を見開いている美桜がいた。
「殺し屋合格よ。そして、ミーガン家にようこそ。心より歓迎するわ」
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