第3話『死命宿命』

「こ、殺し屋ですって?」


 何で、僕がそんなことをしなきゃいけないんだ。

「あなたは元の世界で犯人を殺したいという欲求に溢れていた。でも、犯人は亡くなってしまった。だから、あなたは自分自身を殺した」

「僕は死んでませんよ!」

「でも、元の世界では美桜がいなければ生きている意味はなかったんでしょ?」

「まあ、いや、その……」

 美桜の遺体の捜索を打ち切った瞬間から、彼女を岬から突き落とした犯人に復讐することだけが生き甲斐だったのは本当だ。犯人を殺害したら自殺しようとも考えていた。

「美桜のいない世界では生きる意味がない。そして、あなたは元の世界では『自殺』したのよ。もう、元の世界ではあなたも美桜と同じように死人扱いされている」

 見てみなさい、とエリカさんの手の上に水晶玉のようなものが出てきた。

 水晶玉のようなものを見てみると、そこには美桜が突き落とされ、僕が自ら身を投げた岬の様子が映し出されていた。僕のバッグが置いてあるベンチの周りには警察がいる。警察官の中の1人が僕の書いた遺書を読んでいるように見える。

「これはどこの映像なのでしょう?」

 美桜のその一言が、彼女は記憶が無くなっていることを再認識させられる。

「かつて、真哉がいた世界の現在の映像よ。あなたの遺書を見て、警察はあなたが美桜を殺害されたことを苦にして飛び降り自殺をしたと思われているわ」

「そんな……」

 おそらく、美桜の時のように地元の警察が僕の遺体を捜索するのだろう。僕は異世界に転移されてしまったから見つかることはなく、同じ流れだとしたら1週間ほどして捜索を断念。そして死亡扱いにされるんだ。僕の場合は遺書があるし。

「あなたが死人扱いされるのは時間のうちよ。元の世界で生きる意味はなくなったの」

「くっ……」

 悔しいけれど、美桜の死と、犯人に復讐できなかったことで、生きる意味をなくしたことは事実だ。エリカさんに何も反論できない。

 そして、岬の映像が映らなくなった。

「真哉、あたしに感謝しなさい」

「えっ?」

 どういうことだ? 確かに、美桜と僕の命を救ってもらったという意味では感謝しているけれど。


「元の世界で生きる意味を失ったあなたが、あたしのおかげで美桜のいるこの世界において殺し屋という生きる意味を与えてあげたのよ。この世界で生きている限り、あたしの言うことを聞きなさい」


 美桜のことを絡ませているから聞こえはいいけれど、要するにこの世界で僕はエリカさんにこき使われるってことか。しかも、殺し屋として。凄く腹立たしいな。

「エリカ様。さすがに今のような言い方は……」

「美桜は黙りなさい」

「しかし……」

「……美桜は真哉がこの屋敷にいてくれる方が嬉しいわよね?」

 美桜を使って僕にここにいさせるように説得するっていうのか? 僕の記憶を消さなかったのはこのためでもあるんだな。

 すると、美桜は顔を赤くしてもじもじしながら、

「真哉さんのことは存じませんが、先ほど、真哉さんに抱きしめられたときに不思議と懐かしい感じがしたのです。そ、その……ずっと抱きしめられたままでいいとも思えました。真哉さんがお屋敷にいればより楽しい時間が過ごせると思うので、私としてはここにいてくださる方が嬉しいです」

 僕の目を見つめながらここにいて欲しいと言ってくれた。可愛い幼なじみだ。

 ほら、これでも嫌だと言えるの、と言わんばかりのエリカさんの意地悪な笑みがとてもムカつくな。


「それとも、元の世界にいたときのように、今すぐにそこの窓から飛び降りて自殺してみる? でも、できないわよ、それは。ここに転移させたとき、あなたには不老不死と自然治癒の能力を与えたんだからね。ちなみに、それは美桜も同じよ」


 つまり、僕と美桜はエリカさんによって永遠に死なない体になったということか。自分にとって使えそうな人間が死ねないように。

「あら、信じることのできない表情をしているわね。じゃあ、実際に試してみよっか」

「えっ……!」

 すると、エリカさんの右手の人差し指が赤く光った。それが分かった瞬間、僕の胸から激しい痛みが全身に広がって意識を失った。



 気付けば、僕は床の上に横になっていた。意識を失う前に僕を襲っていた激しい痛みはなかった。まさか、これが死なない能力なのか?

「大丈夫ですか! 真哉さん……」

「ああ、大丈夫だよ、美桜」

 立ち上がっても特に体がだるいということもない。エリカさんからあんなことをされたというのに。

「どう?」

「何ともないですね」

「そう。これが、あたしが与えた能力。美桜にもあるの」

「……私、初めて知りました」

 今まで美桜には知らされていなかったのか。エリカさんのメイドとして普通に過ごしていれば、よほどのことが無い限りは基本的に死ぬ危険はないもんな。

「人を殺害するってことは、自分も殺される危険がある。だから、真哉に不老不死、自然治癒の能力は必要不可欠なの」

「ですけど、僕に人を殺すなんてこと……」

「元の世界では、美桜を突き落とした犯人を殺したかったんでしょう? それが果たせなかったんだから、人を殺したい欲をこの世界で満たそうとしなさいよ。人を殺せば欲は満たさていくし、あたしが課したミッションを果たしたとして美桜の記憶を少しずつ戻してあげる。その他にも色々とご褒美をあげるわ。仕事をきちんとしたってことなんだから。それがあたしの流儀なの。ね? お互いにとっていいことなのよ、これは」

「そんな、でも……」

 美桜の記憶を取り戻したい気持ちはあるけれど、でも、人の命は美桜の記憶の欠片とは比べものにならないくらいに重いと思うんだ。

「僕にはできない! 美桜の記憶を返してくれると言っても、僕は人殺しなんて……」

「はあっ!?」

 すると、エリカさんは僕の胸元を強く握り締めてくる。これまでとは違って恐ろしい表情をしている。


「元の世界では、美桜を突き飛ばした犯人を殺したいって四六時中思ってたくせに、今更何言ってんだよ」


 ドスの利いた声で僕にそう言うと、ドンッ、と僕のことを壁に突き飛ばした。

「あたし専属の殺し屋にならないんだったら、別にこの屋敷から出て行っていいよ。でもね、あなたは死ねない。元の世界にも帰れない。この世界で、終わることのない人生を過ごすことになるのよ。もちろん、そんなあなたの隣に美桜はいない。美桜の隣にいるのはあたしなのよ。あたしの専属メイドだからね」

 僕の選択肢は、エリカさん専属の殺し屋になるか、この世界で終わりのない人生を過ごすことの2つしかないのか。どうすればいいんだ、僕は。

 ――ブーッ!

 何だ? 非常ベルのような音は。

「うん?」

 すると、エリカさんの手にはさっきと同じ水晶玉のようなものが出現する。それを見ているエリカさんはニヤリと笑った。

「……ちょうどいい。以前から殺したいターゲットが屋敷の外にいるわ」

 そう言うと、僕の目の前には 30cmくらいの黒く細長いものが出てきた。

「あなたの世界でいうと刀かしらね、これは。切れ味抜群のものを買ってきたのよ」

 刀か。ということは、今は鞘に収まっている状態なのかな。

 手にとって実際に確認してみると、僕の想像通り鞘から刀のようなものが姿を現した。いや、これは完全に方だと思うけれど。

「これを使って、今からターゲットを殺してきなさい。それができれば合格。もちろん、あたしのお願いを遂行したから美桜の記憶を少し返してあげる」

「えっ、ちょ、ちょっと!」

 すると、僕の視界は真っ白になって、次の瞬間には目の前にガラの悪そうな男が立っているという状況になっていたのであった。

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