第2話『メモリーゼロイチ』

 エリカ・ミーガン。

 それがこの銀髪少女の名前か。日本人っぽくない感じだとは思っていたけれど、その予想通り名前は欧米人っぽかった。

「いや、違う世界なんだから日本とか欧米とか関係ないのか……」

 他にも違う世界にいるエリカさんと日本語が通じているとか、普通に呼吸ができているとか、よく考えてみると、どうしてなんだろうと思う部分は色々とある。けれど、深く考えない方がいいな。考えたところで頭が疲れるだけだろう。そうなっているのだからそれでいいと思うことにしよう。

「真哉、あなたって独り言が好きなの?」

「いえ、そうではありませんけれど。ただ、色々と……」

「ふうん、まあいいわ」

「それよりも、その……ありがとうございます。1年以上前になりますけど、美桜のことを助けていただいて。海に突き落とされたと聞いていましたから、美桜は溺れ死んでしまっていると思いました」

「……たまたまよ。それに、彼女をここに連れてくれば、メイドとして使えそうだと思ったから。美桜はよくやってくれているわ」

「ありがとうございます、エリカ様」

 美桜をこの世界に転移させたのは、単に美桜を助けたかったというわけではなかったのか。エリカさんはメイドが欲しかったようだったけれど。

「……そういえば、どうして美桜の記憶はなくなっているんですか?」

「メイドとしてずっとここにいてもらうためよ。元の世界に帰りたいなんて言われたら困るからね。おそらく、美桜本人も犯人の男に岬から突き落とされて死んだと思ったでしょう。それなのに、実際には違う世界に転移されて生きている。生きていると分かったら、あなたのいる世界に戻りたいって言うのは目に見えていたからね。そのために、美桜の記憶はあたしが奪ったのよ」

「そんな……」

 メイドとしてずっと自分の側に仕えさせたい気持ちは分からなくないけれど。そこまでするほど、美桜のことを魅力的に感じたのだろうか。

「あの、今のエリカさんの口ぶりだと、エリカさんは以前から僕のことを知っているように聞こえます。どうして知っているんですか?」

 まさか、美桜が突き落とされる以前から、エリカさんはここから美桜や僕のことを監視していたのか? しかし、それならどうして美桜が岬から突き落とされ、海に落ちる寸前にこの世界に転移させたのかが分からなくなる。でも、生きていないと転移はできないから、慌ててやったのかもしれない。

「別に美桜が突き落とされる以前から、彼女とあなたを監視したわけじゃないわ」

「そ、そうですか」

 僕の心を読まれているのか? 人一人を異世界に転移させる能力があるから、そのくらいのことは朝飯前かもしれない。

「メイドが欲しいと思ってあなたのいる世界の様子を見たとき、男に突き落とされる美桜を見つけたの。これは本当に偶然だったわ。そして、美桜をここに転移させたとき、彼女の記憶を辿らせてもらったの。そうしたら、あなたに関することばっかりでね。すぐにあなたのその顔を覚えちゃったわよ」

「なるほど」

 僕との思い出がたくさんあるというのは嬉しいな。

「美桜は幼い頃から、あなたとの繋がりがあった。もちろん、心の繋がりの方もね。だから、目を覚まして自分が生きていると分かってしまったら、必ずあなたのいる世界に帰りたいって言い出すと思った」

「それで、記憶を消したってわけですか」

「そういうこと。あたしの目利きは間違っていなかったわ。家事はよくできるし、性格は優しいし。嫌いな食べ物は残しても怒らないし」

 エリカさん、満足そうな表情を浮かべているな。

 メイドとしての美桜の働きぶりは上出来ということか。僕、会社からここまでいい評価をもらったことは一度もなかったよ。美桜が羨ましいなぁ。

「でも、エリカ様がこの前残した食べ物は、きちんと食べることができるように、細かく刻んで気付かれないようにしましたよ?」

「……えっ?」

「昨晩のハンバーグに入れてみました。エリカ様がこの前残していたお野菜。エリカ様が完食されたときは、きちんと食べることができたと感動しました」

「どうりでいつもよりも苦いと思ったらそういうことだったのね! ハンバーグという料理は苦いものもあると思ったじゃない!」

 エリカさんはぷんぷん怒っているぞ。

 そういえば、僕も昔は野菜が嫌いだったけれど、美桜の作った料理のおかげで克服できたっけなぁ。野菜も食べないと大きくなれないと怒られた。その気持ちは異世界でも健在ということか。

 どうやら、エリカさんによって奪われたのは記憶だけで、知識や生活に必要な能力は奪われなかったようだ。まあ、エリカさんも美桜をメイドとしてこのお屋敷にずっと居させたいのだから、そこら辺は考えているか。

「あの、話を戻しますね。美桜の記憶を奪った理由は分かりました。では、僕はどうして記憶がきちんと残っているんですか?」

 僕がそう訊くと、エリカさんはニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。何を考えているんだ、この女の子は。

「それはもちろん、あなたには記憶があった方が好都合だからね」

「何ですって?」

「あなたを転移させたときも、記憶を見させてもらったわ。すると、あなたの方は美桜に関することばかりでね。笑ってしまったわ」

「いいじゃないですか、幼なじみなんですから……」

 それに、美桜のことが好きなんだし。美桜の方は僕のことをどう想っているか分からないけれど。

「特に美桜が突き飛ばされた事件以降は、生きる屍のような記憶ばかりだったわ」

「男に突き飛ばされたという目撃証言がありましたからね。美桜は殺されたと思って当然でしょう。犯人に復讐しようと考えていましたからね」

 エリカさんによって異世界に転移されたとは思うわけもなく。ただ、異世界で美桜が生きていると知っていたら、あの日からの日々は変わっていたのかな。

「美桜の記憶を見たときから予想は付いていたけれど、美桜とあなたは深い繋がりがある。それを利用させてもらおうと思ってね。だから、真哉……あなたの記憶は敢えて残しておいたのよ」

「美桜との繋がりを利用するってどういうことですか!」

 何を考えているのか、さっぱり分からない。エリカさんの笑みにどんな感情や思惑が隠れているのかも想像できなかった。


「この世界での役目を果たしてもらうためよ。美桜の場合はあたしのメイド。そして、あなたには……殺し屋をやってもらうわ」

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