第1話『ハロー、どうも、ここはどこ。』

 何か柔らかいものに包まれているような気がした。神様のお情けなのか、死ぬと心地よい感覚を味合わせてくれるのかな。

「しんや……さん……」

 誰かが僕のことを呼んでいるような気がする。僕の名前を言っているのは誰なんだろう? 聞き覚えのあるような声なんだけれど。

 ゆっくりと眼を開けるとメイド服姿の女の子が見えた。いや、彼女は――。

「みはる……?」

 美桜だと思われる女の子の顔が僕のすぐ側にあった。彼女の顔をよく見てみるけれど、とても可愛らしくて、セミロングの茶髪もよく似合っている。美桜に間違いない。

 どうしてメイド服姿なのか分からないけれど、あの世でさっそく美桜に会うことができたんだな。美桜が殺されてから1年ちょっとしか経っていないけれど、随分と久しぶりに再会したような気がする。

「眼が覚めましたね」

 美桜はにこっ、と優しい笑みを見せてくれる。

 どうして敬語なのかは分からないけれど、声も僕の知っている美桜の声だった。いつもみたいに柔らかい口調で話してくれていいのにな。

 あの世でも美桜にこうして再会できたことがとても嬉しくて、気付いたときには涙がボロボロと零していた。


「久しぶりだな、美桜」


 僕は美桜のことをぎゅっと抱きしめた。死んでいるのに、美桜の温もりとか匂いとか柔らかさとかが感じられる。

「美桜、ずっと会いたかったんだよ……」

「え、ええと……」

 女々しいって笑われても構わない。僕はずっと美桜のことを抱きしめていたい。もしかしたら、これが美桜のことを抱きしめることのできる最後の機会かもしれないから。

「美桜。あの日、海に落ちてしまったときは冷たかったか? 痛かったか? きっと、辛くて苦しかったよな」

「冷たい? 痛い? え、えっと……」

「ごめんな、美桜。僕、犯人に復讐できなかったよ。殺せなかったよ。美桜のことを守れなくて本当にごめん」

「復讐? 殺す? 守る? え、えっと……」

「これからは美桜の側にずっといるから」

 せめて、あの世では美桜と一緒にいることができると嬉しい。

「……あの、真哉さん?」

「そんな、かしこまらなくていいんだよ……」

 美桜の奴、久しぶりに会ったからか緊張しているのかな。抱擁を少し解いて美桜のことを見てみると、美桜は顔を真っ赤にし、視線をちらつかせている。顔を近づけているからなのか僕のことをなかなか見てくれない。

「あの、真哉さん……」

 すると、美桜は僕のことをじっと見つめて、


「真哉さんがずっと私の側にいてくれるのは嬉しいですけど、私、真哉さんのことをよく知らないんです。真哉さんは私の名前を知っているみたいですが」


 と言ったのだ。

 僕のことをよく知らない、だって? 幼稚園の頃からずっと一緒にいたのに。どういうことなんだろう? あの世に行くと生前の記憶を消されちゃうのかな。それとも、見た目が美桜によく似た別人とか。でも、美桜っていう名前は合っているようだから、目の前にいる女の子は美桜だと思うけど……うううっ、よく分からなくなってきた。

「あっ、でも、美桜も僕の名前を言えているよね。真哉、って」

佐伯真哉さえきしんやさんという名前ですよね。それはエリカ様から教えていただきました」

「エ、エリカ様?」

 僕の知っている人の中にはいない名前だなぁ。女性の名前みたいだけれど。別に……いないな、僕の記憶のどこにも。

「真哉さんはどうして、私のことを知っているんですか?」

「どうしてって、僕達は幼なじみで死ぬ前は一緒にいる時間が多かったじゃないか。高校まではずっと同じクラスで……大学は学部こそ違ったけれど、同じ大学に進学して」

「幼なじみ? 高校? 大学?」

 美桜は困った表情になって首を傾げている。

 やっぱり、死んだことによって生前の記憶が無くなっているんだな。その理論だとどうして僕の記憶はきちんとあるのかが謎だけれど。

「あの、真哉さん。そもそも、私は一度も死んだことはありませんよ?」

「……は?」

 思わず間の抜けた声を出してしまった。死んだことはない、って言っているけれど……死んだことさえも覚えていないのか。


「美桜の言うとおり、彼女は死んだことは一度もないわよ」


 扉の方から銀色のワンサイドアップの髪型をした女の子が入ってきた。黒いゴシックドレスを着ているぞ。彼女が美桜の言うエリカ様なのかな?

 あと、美桜のことばかり気にしていたからか、僕達が今いる部屋のことを全然気にしていなかった。外国のお屋敷の一室って感じがする。僕が今まで寝ていたこのベッドも凄くふかふかだ。

 本題に戻ろう。この銀髪少女は凄く気になる言葉を発していたじゃないか。

「美桜が死んだことがない、ですって? そんなわけがない! だって、美桜は1年以上前に旅先の観光名所で強盗殺人に遭って……」

「彼女が海に落ちる前に、あたしがここに転移させたのよ」

「て、てんい?」

 海に落ちる寸前でこのお屋敷に移動させたってことか? この銀髪少女が? 何を言っているんだろう。

「あなたもよ、佐伯真哉」

「ぼ、僕も?」

「ええ。あなたも美桜と同じように、海に落ちる寸前にここに転移させたの。あなたは既に意識を失っていたから、ここで寝てもらっていたのよ」

「じゃあ、ここはあの世じゃないんですか?」

 僕がそう訊くと銀髪少女はくすくすと笑った。僕のことをバカにしていそうだ。

「そうよ。だから、美桜もあなたも死んでいないの。あたしがあなた達の住んでいた世界とは違う世界に移動させたんだから」

「そう、だったんですか……」

 状況を整理すると、僕も美桜も銀髪少女によってこの世界に転移させられたから、死んではいないということなのか。それじゃ、警察が美桜の遺体を捜索しても見つからないわけだ。僕のいた世界に美桜はそもそもいなかったんだから。


「あっ、自己紹介が遅れたわ。あたしの名前はエリカ・ミーガン。よろしくね」

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