第25話「匿名SNSは爆発するマグマのようだ」

 

 8

 

 

 匿名SNSは爆発するマグマのようだ。

 炎上と荒らしが跋扈し、衝突が至る所に起きている。

 

 

『Guernika:ゲルニカ(find「天使狩り」previous:next」)

『キスすきー【どんな時にキスしたいですか?】(1334)』

『Gmail:受信トレイ(1266)aiueo.hell@gmail.com-Gmail#inbox』

『ウリを始めた制服天使29:目白初ウリ天使-DVD通販〈Real-emotion〉』

 

 OSのフリップ機能によって、ページが立体的に可視化される。

 更新される度に順番が繰り上がる。

 前面に押し出されて、表示が、オートで切り替わる。

 ページが微分された関数の断面のように積みあがって、スレッドが乱立する。

 無数のwebページ。無数のスレッド。無数のカキコミ。

 それらが次々と現れては消えていく。

 

『天使、5で』

『スタンガン天使』

『なにココ』

『保守』

『XXXのリア?』

『これは稀にみる糞スレ』

『あげ』

『なにココ』

『スタンガン天使ちゃんマジ天使』

『保守』

 

 ……何か、違和感がある。

 無意味な単文が、非常に多いのだ。

 また、活発な議論がおこなされているようにみえても、

 それは少数の投稿者による、議論の焼き直しであることが多い。

 直近の投稿には、とある『異常者』による奇怪な書き込みが、延々と続いている。

 だが、そんな情報の羅列を眺めるうちに、あることに気付く。

 それが衝突にみえなくなる。議論は交差すらしていない。言葉が平行線どころか、別の時空を彷徨っている。

 

『糞食い精神異常自作自演奇形児「羅」39歳中学中退(IP:EZweb(070xx42050423132_na)の陰部を切り裂いて殺せ』

『糞食い精神異常自作自演奇形児「羅」39歳中学中退(IP:EZweb(070xx42050423132_na)の陰部を切り裂いて殺せ』

『糞食い精神異常自作自演奇形児「羅」39歳中学中退(IP:EZweb(070xx42050423132_na)の陰部を切り裂いて殺せ』

 

 これは、埋めているのだ。

 

 

  9

 

 

 Project禁猟区のスレッドが、何者かの手によって故意に消費されている。

 荒れて、使い物にならなくなったスレッドを装って、誰かが、何かを隠そうとしている。

 

 僕は、そのことに気付いて、息を止めた。

 

 掲示板には、それぞれ、「埋め」と呼ばれる作法がある。

 例えば、知名度のある、某巨大匿名掲示板なら、「埋め」などという文字を、連続で、みんなで、書きこんでいく。

 

 ではこの匿名掲示板――『ゲルニカ:Guernica』は?

 

 それが存在しないというところが、興味深い点だろうか。

 通常の、掲示板には、必ず履歴が残る。ログが残る。脱落しても、後から、それを専用のブラウザを使って、閲覧できる。

 しかし、「SNS疲れ」と呼ばれる現象が、明らかなように――例えばTwinterと呼ばれる日本では人気の単文型のSNSが、本国米国では100億円の赤字を計上し、廃れ始めているように、「履歴を残さない仕組み」が、増えている。

 

 コメントやつぶやきが一定時間を超えると自動的に消える、

『スネークチャット』が代表的だ。

 日本は、アメリカに対して、テレビや新聞などの総合メディアでも、ITメディアの領域においても、四、五年遅れでやってくるから、最近、そうした履歴の残らないサービスが、注目され始めている。

 そうしたサービスの匿名掲示板、ともいえるのが、『ゲルニカ:Guernica』なのだ。

 通常の倍――二○○○件のログが記載される分、それ以上コメントが超えると、自動的に「脱落」する仕組みになっている。

 掲示板から、消えてしまうのだ。

 

 過去スレッドという概念がない。

 

 それは、何か、女子の現実のようだ。過去という概念がない。

 一方、それは、何か、男子の思春期のようだ。過去に青春の現実感が希薄だ。

 

 過去の履歴が、現実感のない霧のように、霧散していく掲示板。

 

 その蒸気を発生させる作業を行っているのが、この「埋めの実行者」なのだ。

 この、「埋めの実行者」は、組織的な犯行、ではない。

 なぜなら、明らかにその「埋めのやり方」が、個人の手によるものなのだ。

 

 自力で、掲示板をまるごと消費させる作業。

 

 たった一人のフォード工場作業員を想像してほしい。

 単純機械労働を、一手に引き受けたhandsがとる手法は、二通りしかない。

 ピックアップする部品を選ぶか、ベルトコンベアを止めてしまうかだ。

 

 労働力には限りがある。

 IDを毎回変えるのでさえ、一苦労だろう。

 だから書きこみには、しだいにIDの重複が――目立つようになる。

 

 また、各IDごとにした発言を、いちいち個別に覚えていられないのだろう。

 

 自分のIDに返答してしまったり、初心者がやるようなミスを犯してしまう。

 

 そうやって、矛盾がでる。

 

 そうした矛盾をさらに覆い隠そうと、

 どうしてもありあわせのテンプレートに頼ってしまう。

 

 既存の引用や繰り返しが増えていく。

 精神異常者の書き込みは――その最たる例だろう。

 

 誰かが、このスレッドを「埋め」ようとしている。

 ――情報を、闇に葬り去ろうとしている。

 

 つまり、監視者がいる。

 

 

 10

 

 

 その監視者とは、いったいどんな人物だろう?

 情報を隠そうとする者は、その情報を知られたくない者に、他ならない。

 大抵の場合それは当事者だ。

 

 ――ともすれば、天使狩りの犯人が、このスレッドを監視しているのだろうか。

 

 九条マキの言葉が正しいと仮定すれば、

[Project禁猟区]のメンバーから、被害者が出る。

 だとすれば、その情報が、外部に漏れることを恐れているのは、他ならない犯人なのではないか。

 だが、と、そこで、新たな疑問を感じる。

[Project禁猟区]のメンバーは、守秘義務を徹底した秘密の集団なのではないか。さきほどの九条マキの態度のとおり、なかなか口を割らせることは、難しい。かといって、彼女が被害にあったのは、男性だという。

 だとすれば、どこから情報が洩れたのだろうか?

 

 そう思い、再度、スレッドを確認しているうちに、2番目の違和感の正体に気付く。

 

『スタンガン天使』

『なにココ』

『保守』

『XXXのリア?』

『これは稀にみる糞スレ』

『あげ』

『なにココ』

『スタンガン天使ちゃんマジ天使』

 

 ……スタンガン天使?


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る