異世界

第16話「光がみたかった」




   夢 / day dream





 九つの頭と七色に輝く羽根をもつ龍。

 そんな自分の姿をイメージして、天井のガラスに映る顔に幻滅する。



 ――骨の砕ける音で、目覚めた。



 ふいに、誰かに呼ばれた気がして、顔を上げる。

 天蓋のスピーカーから、絨毯爆撃のノイズが、洪水のように流れてくる。

 僕はその音を耳にすると、いつも両手で、耳をふさぐ。目を閉じる。

 最初は弱々しかった心臓が、とくん、とくん、と本来の機能を取り戻し始める。


 神経の深い部分のしびれは、まだ、完全には抜けなかった。

 とはいえ、一時的に呼吸が止まっていたのだから、無理もなかった。

 事前に解毒剤を服用していなければ、自分の血の流れる、このやわらかい波音なみおとを、耳にすることさえ、叶わなかっただろう。

 

 自分は、一度、死んだのだろうか。

 

 だとすると、仮死状態にあった自分の、からだのすぐそばで流れていた、あの、あたたかい熱は何だったのだろうか。

 あの、目も眩むほどの鮮やかな記憶は、何だったのだろうか。

 

 ――そんなぼんやりとした思考を打ち消すように、巨大な影が、ひとつ、またひとつと、映写機から放たれる光をブラインドしながら倒れていく。


 会食は、すでに始まり、そして終わろうとしていた。

 この世界をべる十三人の<父親>が、一同に介する聖堂の

 息子の誕生を祝う初めての夜が、最後の食事の席になろうとは、自分以外の誰も予想しなかったであろうことが、手際よく用意された十三個の死体から逆算できる。


 物語の冒頭に、十三人の父親を毒で皆殺しにする、


〈最期の晩餐〉

 

 退屈なプロローグだ。

 タイトルセンスの、欠片もない。

 だが、そんな退屈な物語の序奏プロローグが、同時に、エピローグにもなりうるのは、自分が自由を手に入れると同時に、それを放棄していることに起因する。

 

 輝度の高いダイニングテーブルには、宗教画の手前のプロジェクターの上を、エンドロールがのぼっていく。

 大理石のテーブルに反射して、反転するエンドロールの文字列の奥には、食事を口にした死体が倒れている。

 顎は太く、首はさらに太く、下へ向かうにつれて太っていって、あたまだけは異様に小さい。

 壮年を迎えても、自己を顕示する見栄からも、欲望からも逃れられず、

 むしろますます抑制を失っていった巨大な十三個の死体は、

 生前の尽きることのない渇きを象徴するかのように、

 のどを押さえてダイニングに転がっている。

 

 十三番目の父親の顎の先、

 宗教画の隣のガラス張りの鏡には、

 怯えた目をした、少年の姿が映っている。

 

 繊細そうな眼差しに、凶悪な目つき。

 

 首に巻かれた〈殺戮の器官〉の拘束具に、

 オートクチュールの白い羽根。


 ――給仕係としてつかえていた自分は、

 舌先に閉じこめた化け物のせいで、この屋敷に幽閉された小鳥だった。

 

 そんな小鳥が、心を取り戻したアンドロイドのように、

 外界の空気に憧れて禁忌を犯す。

 

 客観的に事態を把握しようと努めた場合、

 自由を求めたシステムからの逃走は、ありきたりなテーマだが、

 しかしその願いの強さは、決して当人を裏切らない。


<光が、みたかった>


 自分は虐殺の兵器を閉じ込めたのどを押さえて、また虚空を見上げた。

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