第二章

第12話「天使禁猟部はどうですか?」


 第二章

 

 

 まだ日射しの色褪せない、とても寒い季節の放課後。

 夕暮れの廊下を、メイド服を着た少女が、銀髪をなびかせて歩いてくる。

 あたたかい鍋の音が、失笑の渦をとりかこむ。

 冬の底冷えはまだ終わりをみせてはくれない。

 

  1

 

 いつもの夕暮れ。

「エア部」

「ヤク部」

「ラリ部」

 暇だから部活でもつくろうという青春小説でおなじみの展開となり――、

 花占いで活動名を決めようと孤軍奮闘してみたものの――、

 しかし冷え固まった空き部屋の空気はなかなかほぐせない――、

 そんな放課後。

 

 ミコト。

 ミココ。

 エレナ。

 ノブナガ。

 

 みな腕を組み神妙な面持ちで、部室棟の空き部屋で鍋を囲んでいる。

 誰も、僕の言葉に反応しようとはしない。

 誰も、僕を見ようとすらしない。

 誰も、目をあわせてくれない。

 ぐつぐつと煮立つ闇鍋の音だけが、あたりに響きわたる。

 

「エア部」

「ヤク部」

「ラリ部……あっ、」

 

 そこで花がプチリと途切れる。

 僕はいそいそと床に手をついてかすみそうの花びらを拾い、みんなに訊いた。

 

「では………………新しい活動名はラリ部でいいですか?」

 

 ぐつぐつ。

 

 沈黙のかわりに鍋のふきこぼれる音が、残酷に周囲を支配した。

 なんだよ。お前らが部活つくろうっていったんだろ。

 理不尽な沈黙に、そう文句のひとつでも言いたくなる気持ちを、

 かろうじて抑える。

 

営業停止えーてーくらったらしいよ」

 

 そんな噂が流れたのは、今日の四時限目の終わり。

 原因は、無論、昨日の事件である。

 ラブラドールが警察のガサ入れによって一週間の営業停止命令を下されたという。

 勿論デマだ。

 あんなところで勝手にカフェを営業していて、営業停止も何もないからだ。普通に逮捕されるレベルだろう。

 それが一週間だけの間でうんたら、などという状況から鑑みるに、おそらくかがみさんは持ち前のつくり笑いと賄賂(裏ビデオ)で、なんとか警察の追及をかわしたのだろう。一件落着だ。

 とはいえ、ほとぼりが醒めるまでは、あの場所が使えないことに、変わりはない。

 従って、どこか変わりになる場所を探す羽目になり、

 旧校舎三階の部室が最適だ、

 じゃあ例のアニメみたいにいっそ部活でもつくってしまおう。

 という流れになった。まではよかったのだが。という三十分前の流れ……。

 そんな穏やかな雰囲気は、たった一人の「闖入者ちんにゅうしゃ」によって、完全に崩壊してしまった。

 

「では、他に代案がある方……」

 ぐつぐつ。

「みーんなー」

 ぐつぐつ。

 僕は心が折れそうになって、思わず鍋の反対側に位置する、この殺伐とした雰囲気をつくりだした張本人に、目で助けを求めた。

 

 向かいの椅子に、にこにこと笑顔で座る美少女が一匹。

 

 肌が白く、瞳が大きく、肩にかかる白銀の髪が揺れて、甘い香りを運んでくる。

 カグヤ・ノゾミ。

 昨晩、雪原の上で出会った一学年上の、XXXの女生徒。

 アニメの世界から、そのまま飛び出してきたかのような美少女だ。

 アニメのコスプレをやると、三次元の生々しさに挫折するというのは、コスプレが趣味のエレナの弁だが、彼女の場合には二次元の壁など存在しないかのようだ。少々、まわりくどい言い方をしたが、要は何がいいたいかというと、

 

『まんま二次元のキャラみたい』

 

 そんなとてつもない美少女が、ふらりと放課後の校舎に現れて、メイド服姿のまま僕の胸に飛び込んできたら、周囲が軽いパニック状態におちいるのも当然だろう。

 男子は動揺し、女子は憤慨する。

 なんでこんな奴にラスボスクラスの美少女が? いや、それ以前になぜメイド服を着ているのか――そんな男子陣の叫びと、嫉妬まじりの女子の視線と、「お写真お願いしていいですか?」などと問いかけながら返答を待たずにカシャカシャカシャ、と撮影するカメラ小僧の狂喜乱舞。

 さらに間の悪いことに、そんな彼女に抱きつかれている写真をSNS状に拡散されてしまい――それを他のメンバーたちに見られてしまった。

 案の定。

 彼女を連れて部室に引き上げると、白い目でみられた。


「えっと……何しに来たの?」僕はカグヤ・ノゾミに聞いた。

「クナギサに会いに来た」

「な。なんでそんな格好で来たの?」

「だって、クナギサが好きって」

 いってないぞ。断じていってない。冥土の土産とはいったが、メイド服を手土産にこいとは言っていない。

 いったい何をどう誤解したら「メイド服で不法侵入しろ」という意味になるのか。

 いや、どうでもいいがとにかく。

「脱げ」

 一瞬の沈黙に見つめ合う。

「ここで……何するの?」全身を両手で抱きしめて頬を赤らめるのはやめてください。

「違う」僕はため息をついた。「これに着替えてくれ」

 そう言って、カバンから沙羅の体操服を取り出す。

 今朝、登校時に忘れて持ってきたものだ。

 このままメイド服姿で練り歩かれるのは目立ちすぎる。

 ただでさえ――われわれは旧校舎の空き部屋を無断使用しているのだ。

 だから、せめて沙羅の――中等部の生徒のフリをしていれば、彼女の不法侵入がバレることはないだろう。そんな目算が僕にはあった。

 だが彼女は差し出された体操服を見ると一歩退き、

「な、なんで女子の体操服もってるの……?」

「家にあったからだよ」

「体操服を、いつも部屋で着てるの……?」

「あ。頭が痛くなるからだまってくれ……」

 などというやり取りをしていると、次々に不満を口に出すメンバーたち。

 

「部長が女を連れ込んだ、と阿修羅乃ミコトは主張します!」誤解を与える言い方をするな。部屋にノゾミさんを連れ込んだわけではない、部室には連れ込んだかもしれないが。っていうか誰が部長だ。

「あの日の約束は嘘だったの?たの?」あーもう面倒くさい。

「お兄ちゃんの浮気者!」いつからそこにいた沙羅。つかお前のだろ。

「だ、誰もやらないなら僕がやるんだな……」そういってごそごそとドラえもんの四次元ポケットならぬノブえもんのチャッ……社会のポケットから何かを取り出し、「脱〇ハーブ!」死んでください。

「葉っぱ……。もうくえない」

『やりすぎだ』

 

 などというやり取りを繰り返していると、

 女子はなぜか全員ふてくされ始め、男子(ノブナガね)はふてくされているとみせかけハーブのやりすぎで白目を向いてぴくぴくしている。

 そんな微妙な空気のなか、唐突にガラスのこすれる音がして、

 

「体操服はやばいよ~」

 

 そういって窓をガラリと開けて、かがみさんが現れた。

 いつからいたんですか。

 てか、どうやって入ったんですか。ここ三階ですけど。

 

「ブリ部の方がいいよ~」

 そういって片手を動かしてエアクラッチを華麗に決めた。かがみさんはノリノリのようだ。てか部活名を提案するたり、最初からいたんですか。

「え。何しにきたんですか?」

「出前だよ~」

 そういってかがみさんは銀のハコを胸の前に掲げ、部室を音速で横切っていった。(かがみさんは昼は近所のそば屋で働いている)。

 ちなみにハー〇でラリることをブリると呼ぶらしい。豆だが。

 

 そこで、ハイ、と勢いよく手があがった。

 僕はホワイトボードの前で腕を組み、生徒を指差した。

「なんだね、エレナくん」

「ブリ部がいいと思います」

 却下。

「次の方……」

「何で却下なのじゃ、肉」物を投げないでください。

「言葉の響きがよくない」フライパンでガードしながら僕は滔々と説明する。

 

 考えてもみろ。サッカー部はサッカーをする部活。バスケ部はバスケをする部活。じゃあブリ部は?

 名は体をあらわすのごたぶんにもれず、部活名は活動内容をあらわす。であるからして、例えばある晴れた日のうららかな昼休み、

「ねえ○○ちゃん何部なの?」

「ブリ部だよ」自信満々に。

「えー何するの?」

「ブリブリするんだよ」ドヤ顔で。

 とかいうやりとりは避けたいところだからだ。それに、元の意味はハーブでラリることだが、そんなのおおっぴらにいえないでしょ。却下。

 

「じゃあラリ部はいいんですか?と阿修羅乃ミコトは質問します」

 確かにその通り。

「ねえ○○ちゃん何部なの?」「ラリ部だよ」「えー何するの」「ラリラリするんだよ」駄目すぎる。

 そこで、ハイ、と再び勢いよく手があがった。なんだミココ。

「脱〇ハー部」

「却下」お前いまの話きいてたか?

「バブバ部」赤ちゃんか。

「ビビデバビデ部」もうなにがなんだか。

「他に……案のある方?」

 

 ぐつぐつ。

 

 沈黙が再び部内を支配した。アイディアが手詰まりになった感が蔓延したところで、一人の少女が手をあげた。

 

「天使禁猟部はどうですか?」

 

 ノゾミさんだった。

 メイド服姿の人に真顔で言われてもふざけてるとしか思えないのはご愛嬌。

 どこからそれが出てくるんですか。

 ネーミングの由来を問いかけると、彼女は初めて、今日この場所に来た理由に触れた。


「天使狩りっていう失踪事件は知ってるよね? その謎を解き明かす部活、略して『天使禁猟部』っていうのはどうでしょう?」


 場の空気が、一変してしまった。

 鍋のふきこぼれる音さえ、意識のはしから消えてしまった。


「なんで……」

 声が、うわずった。

「なんで、そんなことをするんですか?」

 天使狩り。この街で知らない者はいないはずだ。

 ちまたを騒がせている連続少女失踪事件は、少女たちを、震え上がらせている。

 それは、『天使』と称される美少女だけがターゲットにされる事件、或いは事件未満の都市伝説である。まだ、警察も本格的な調査を始めていない、少年少女たちのあいだだけの秘密である。

「クナギサ。さっきなんできみは自分に会いにきたかって言ったよね。私はね、天使狩り――その事件の『謎』を解く手助けをしにきたの」

 ノゾミさんは、僕の目を真正面から見つめながら言った。

 どこか遠くで音が鳴った。僕は、いつの間にかケータイを取り落としていた。

 ノゾミさんの言葉を耳にした瞬間の、みんなの反応でわかってしまった。

 

 このなかにも、天使を売っているものがいる。

 



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