第13話戦闘開始

 僕らはさらに森の奥へと進んでいく。奥の方まで来ると、これまで以上に道らしい道は一切なくて、腰まである草をかき分けながら進むこととなった。

 迂回すればもうちょっとちゃんとした道があるのかもしれないけれど、わざわざ探す手間も惜しい。それに草を踏み行って中に進んだ形跡があったので、ここ最近人の出入りがあったことの証拠となるだろう。間違いなくこの先にヤツらがいるのだ。

 しばらくその形跡を辿って歩いていると、目の前に洞穴のようなものが現れた。

「あの洞穴から、ナナの腕輪の気配を感じる。きっとあそこに腕輪があるんだ」

「ということは、あそこにやつらがいるということね」

 僕とアスカは息を吐いて、気を落ち着かせると同時に気合を入れなおした。

 マリヤはといえば、歩いている最中には一言も発さず、黙って僕らについてきていた。いったいこの子は何が目的なのだろうか。

「さてどうするわけ? いきなり突っ込む?」

 洞穴の入り口を指さすアスカ。

「そういえば前にさ、洞窟に単身で突っ込んで、オークの集団に殺されそうになってたアホなヤツが僕の知り合いにいるんだ。そいつと同じような間違いを犯さないためにも、慎重に行くべきだ」

 アスカが恨みがましい視線を向けて思いっきり睨んでいる。

「後で覚えておきなさいよ……」

 ドスのきいた声に、背筋が冷たくなった。

 緊張をほぐすために、ちょっとした冗談を言ったつもりだったのに。

「と言っても、策なんてないんだけどね……。ただ逃げる時に入口塞がれたらどうしようもなくなるから、一人残っておいた方がいいかなあ……」

 なんて言いながら、僕はマリヤの方をチラチラと見る。さすがにマリヤを中に連れて行くのはためらわれたので、ここに残ってくれないかなという言外の意味を込めているのだ。

 今は真夜中だ。日付もとっくに変わっている。こんな時間に奴らの仲間が帰ってくるとは考えにくいため、マリヤをここに残しておいてもきっと問題ないだろう。

 見たところ、洞窟の入り口には見張りらしき人間の姿は見当たらない。

「それじゃあ。行こう。マリヤはここで見張っててね」

「うん。わかった。頑張って。危なくなったら、私が助けに行くから心配しないで」

「あんたねえ……まあいいわ、それじゃあ行きましょう!」

 洞穴の中に入ると、横に並んで歩いてもまだまだ余裕があるほどの道幅で、一本道が続いていた。所々に置いてある燭台に火が灯されていたおかげで、薄暗くはあるものの視界は特に問題なかった。

 奥に進むにつれて人の気配を感じるようになって、僕は身体を強ばらせていた。

 やがて一本道の先に通路の終わりが見え、広場のように開けた空間が広がっていた。

 息を潜めて、広場の中を覗いてみるとその中央付近に人が横たわっているのが確認できた。だけどここからじゃよく見えない。それに洞窟の中には少なくとも二人はいるはずなのに、広場には一人しか見当たらない。

 そのことが脳裏をかすめた瞬間――背後から殺気が生まれた。

 咄嗟に前に跳び、その殺気から距離を取って、背後を振り返る。

「うむ。なかなか良い反応だな」

 殺気の持ち主は感心したように呟いた。

 その声には聞き覚えがあった。ナナの腕輪を盗んだ黒ずくめの男本人だ。

 となれば、広場にいるのは仮面男のほうだろうか。

「いつの間に後ろに回ったのか驚いた。って言う顔だな」

「…………」

「その無言は肯定と受け取る。なーに簡単な事さ。君達は広場を見つけた瞬間、そちらに注意が向いていただろう? わたしはずっとずっと広場の手前の通路にいたのだよ。何者かがこの洞穴に侵入した気配があったからな。その結果、君達は無警戒に僕を通り過ぎたわけだ」

 警戒を強めて男の顔を睨む。

 男はフードをかぶっておらず、今回はその顔も拝むことができる。

 年の頃は三十歳前後。真っ白な髪をオールバックにしていて、その顔立ちからは落ち着いた感じの大人の余裕が感じられる。盗賊というには随分気品のあふれているような感じがする。

 男に注意を向けていたその一瞬をつくように、僕らの背後――広場の中央からこちらに向かってくる影が一つ。慌てて後ろを振り向くと、横たわっていた男が起き上がり、アスカに向かって特攻しようとしていた。

「アスカ! 危ない!」

 その声にアスカはすぐさま反応し、眼前に突き出されていた拳を軽い足取りでかわした。

「ほう。あんたもなかなかやるようだな」

 アスカに迫った男は満足そうに鼻を鳴らした。今回は覆面をしておらず、こちらも素顔が窺えた。顔はもう一人の男と比べると、若干気性が荒そうな感じがする。髪は坊主のように短髪の緑色で、年季の入ったズボンに上半身は薄手のシャツを一枚身につけていた。

「さて、こんな時間に何の用かな?」

 僕らを逃がさないためか、元黒ずくめの男は広場の入り口に立ちふさがっていた。元仮面男もその横に並んだ。

「おっと、そう言えば、自己紹介がまだだったね。私の名前はフォロス、そしてこっちはタロム。改めてよろしく頼むよ」

 黒ずくめ男改め、フォロスが余裕を持った口調で言う。

「僕の用事は一つだけです。あなたたちが夕方にルミナスの町で女の子から奪った腕輪を、返してもらいに来ました」

「なるほど。でも僕がわざわざ奪ったものを、はいどうぞ、と返すと思うのか?」

「思いませんよ。だからこっちもあなたたいと同じように力ずくで、奪いに来ました」

 僕が睨んでも、フォロスはまったく介した様子がなく、顎に手をあてて僕らの様子を窺っていた。

「そういえば、腕輪の女の子がいないみたいだね。しかも今度は違う女の子を連れ回しているようだし……。やれやれ若いな」

 フォロスは呆れたように鼻で笑って肩を竦めて見せた。

「なんでもいいや。街中と違って、ここじゃあ殺しても文句ねえだろ!」

 一方のタロムは、狂気を滲ませて僕らを値踏みするかのような視線を投げかけてくる。

「どの道ここまで来て、顔まで見られたんだ。殺してしまうしかないだろう。名前まで名乗っちゃったしな。こんな人気のないところで殺しをしたって、おまえの言うとおり誰に咎められることもない」

「名乗ったのは、お前だけどな。きゃはははははは。相変わらずおまえはておしゃべりだなあ。昼間の紳士的なおまえはどこに行ったんだ?」

「人は元来よりおしゃべりが好きなのだよ。それと昼間のあれはただ仕事モードだっただけだ」

 漫才のような二人のやりとりを、僕とアスカは攻撃する機会を窺いながら聞いていた。だけどふざけている様子でも男たちに隙はない。

「さてそれじゃあ、始めようか。あまり卑怯な手段は好きじゃないんだ。ここはちょうどいいし、一対一で決着をつけよう。僕はキミと、タロムはそっちの彼女と。お互い悔いのない死闘をしようじゃないか」

 フォロスが口元に笑みを浮かべて言い終わると、タロムは通路の方へと消えていった。

 アスカは僕とタロムの背中を交互に見て、追いかけるべきか悩んでいた。

「追いかけなくていいのかい? もしかしたらタロムが腕輪を持っているかもしれない。洞窟から出て、そのまま逃げちゃうかもしれないよ」

 アスカはどうするべきか、判断をあおぐように僕の目を見てきたので、僕は小さく頷くことで彼女に答えた。

 腕輪に関しては、ある程度遠くに行ったところで追いかけることは可能だ。それこそ船に乗って大陸を超えたりしない限りは。あの男が足に自信があったとしても、人間の足には限界がある。少しくらい遅れをとっても追いつくことはきっとできる。

 だけど問題はそこじゃない。洞窟の入り口にはマリヤが待機しているのだ。確かに見殺しにしてもいいと、アスカは言っていたが本当に見殺しにするわけにはいかない。

 万が一タロムとマリヤが鉢合わせてしまったらマズイことになるかもしれない。

「じゃあ、あたしは向こうに行くね。こっちは頼んだ」

 フォロスの横を通り過ぎて、アスカは通路の方へと消えていった。

 意外というわけではないが、フォロスはあっさりとアスカを見逃した。

「さて、こっちも始めようか」

 フォロスは僕のほうを見据えて、腰に携えていたショートソードを構えた。昼間持っていたダガーよりも少しばかり刀身が長い。

 ファロスが地面を蹴って突進してくる。すかさず僕はクイックの魔法を唱えて、ブロードソードを構えた。

 目の前まで迫ってきた瞬間、フォロスの剣が閃いた。僕も腰のブロードソードを抜き対抗する。

 広場に鋭い金属音が響き渡ったところで、お互いに後ろに下がって距離を置く。

 一つ呼吸を置いて、今度は僕のほうから仕掛けた。

 強化したスピードで左右に飛んで攪乱しながら、間合いを詰めていく。

 こっちはブロードソードで、向こうはショートソード。間合いの長さを考えるとこちらが有利のはずだ。しかしフォロスは、ショートソードで冷静に僕の剣を受け流した。

 勢いが削がれたことで、僕が少しバランスを崩されたところをフォロスは見逃さない。

 返す刃で僕の脇腹目がけて斬りつけてくる。僕は咄嗟に身体を捻って致命傷は逃れたが、その爪痕の残った脇腹から血が溢れてくる。

 すぐさま追撃を仕掛けてくるフォロスに対して、僕は横に飛んでやり過ごした。

「うっ……」

 痛む脇腹を抑えるとべっとりと血の跡が手についた。

「ふっ、どうやらキミは魔法を使わないみたいだね。それでも容赦しないよ」

 フォロスは、僕が「身体強化」という珍しい魔法を使用していることには気がついていないらしいが、それを利用できるわけでもない。

「アイスアロー」

 言葉を紡いだ瞬間、フォロスの背後の虚空に三本の氷の矢が浮かんだ。刃の切っ先が僕に向けられ、狙いを定めた刃は僕を追跡するように僕に向かってくる。

 三本の矢の軌道をしっかりと見定めて、強化したスピードを用いて逃げ道を見極める。

「いい動きだ。だけど少し甘いね」

 しかし矢を避けた先に待ち構えていたのは、ショートソードを構えていたフォロスだった。

 ショートソードの銀光が僕に襲いかかる。

 スピードを活かしてなんとか横に飛んで避けるが、右肩口の肉を抉られた。そこから血が垂れて、地面を赤に染める。

「随分とすばしっこいな。今ので決めるつもりだったのだが……」

「…………」

「ふっ、だんまりか。何か答えてくれてもいいのにな」

 フォロスはつまらなそうに告げる。

 やはり僕は普通の魔法が使えない分、遠距離での戦闘には圧倒的に不利だ。よって、フォロスが呪文を唱えられる前に仕掛けないといけない。

 そう決心し、痛む傷を無視してフォロスとの距離を詰める。

 しかし、僕との距離を詰められながらも、フォロスは後ろに下がり、詰められた分の距離を取った。

「アイスハンド!」

 僕の直進している速さを計算しているかのように、僕のちょうど足下に僕を飲み込むほどの大きさの手が生えた。

「クソッ! 間に合わない」

 気づいたとときには、もはや手遅れだった。氷の手が僕の腕ごと腰をがっちりとつかみ、僕をその場に固定させる。

「さて。これで自慢のスピードも終わりだ」

 両手を広げて唇を歪めるフォロスは、さっきまでとは少し様子が違っていた。

「ふっふっふっふっふ……」

 狂気を隠そうとしない表情。

「退屈な仕事だと思っていたが、やはり人を殺すのは何事にも代え難い快感だな」

 身体をじたばたと動かして高速から逃れようとするが、その冷たい感触からは逃れられない。

 一歩、また一歩と男が近づいてくる。

 そのたびに心臓が大きく跳ね、心臓を鷲掴みにされたような気分になった。

「さて、お楽しみのはじまりですよ」

 フォロスは手の届く距離まで近づくと、僕の左肩にショートソードを突き刺した。

 僕が小さくうめき声を上げると、フォロスは歪んだ口元をさらに歪めて喜びを噛みしめていた。

 二撃、三撃と、フォロスは致命傷にはならない程度の攻撃を繰り返す。

「ぅ……ぅ……」

 なんとか声を上げないように、我慢をする。だが、その行動がフォロスの嗜虐心を煽ってしまたようだった。

「ふふふふ。頑張って我慢を続けろ。どこまでやったら声を上げるのだろうか……。強がっている人間が苦悶の声を上げる瞬間が、僕は大好きなのだよ」

「――っ!」

 さらに痛めつけられ、声にならない悲鳴を上げる。

 状況がどんどん絶望的になってくる。

 痛覚がなくなって、視界が薄くなってくる。

 その中で考えたのは、全身を硬化させる効力を持った、僕のもう一つの魔法を使って凌ぐというもの。

 ただアレを使えば、反撃する気力すら失ってしまうくらいに消耗してしまう。それではダメだ。この場だけ耐えても反撃できなきゃなんの意味もない。だからこそここはじっと耐えるしかない。

 僕はただ歯を食いしばって、いつ終わるかわからない仕打ちをじっと堪え忍んでいた。

 広場には笑いを堪えきれなくなったフォロスの笑い声が響いていた。

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