第12話新たな仲間?
夜が更けて、街から明かりも音も消失しているような時間に僕はベッドから降り立った。
隣のベッドの方に目をやると、ナナがゆっくりと胸を上下させながら、寝息を立てていた。腕輪のことを思い出しているのだろうか、目からは一筋の涙がこぼれている。
「待ってて……、今取り返してくるから」
ナナの可愛らしい寝顔を見つめて、僕はナナの目からこぼれている涙を指で拭った。ナナは少し身じろぎしたが、目を覚ました気配はない。
明かりを付けるとナナを起こしてしまうので、僕は暗闇の中で寝間着から着替えて、いつも通りの軽装鎧とブロードソードを身につける。
ナナを起こさないように、足音を消してながらこっそりと部屋を抜け出し、宿の玄関へと向かった。
扉に手をかけると、扉の向こうに人の気配を感じた。
――誰かいる。
右手はブロードソードに手をかけながら、左手でそっと扉を押し開けた。
「まあ、あなたならそうすると思ってたわ」
開いた扉の向こうでは、この闇よりもさらに暗くて神秘的な黒髪を携えた少女が口元を歪めて立っていた。
「アスカ? なんでここに」
「言ったでしょ。あなたの考えってすごいわかりやすいのよ。あなたがしようとしていることくらい簡単にお見通しよ」
「なんのこと?」
僕はあえてすっとぼけた答えを返した。自分がしようとしていることの愚かさは自分が一番よくわかっている。だから彼女に話せば絶対に止められると思ったからだ。
「そのままの意味よ。どうせ、さっき取られたナナちゃんの腕輪を取り返しに行くんでしょ」
「うん」
アスカのまっすぐな瞳は、僕に真実を告げることを強制しているようだった。結局、僕はあっさり白状した。
「あの腕輪は間違いなくナナのものなんだ。あの時、僕がしっかりしてれば、あんな奴らに渡すこともなかった。だから僕はあいつらから腕輪を取り返す。もしかして、アスカは僕を止めるつもり?」
僕は拳を握りしめ、悔しさを紛らわせる。アスカが僕を止めるようとするならば、僕はなんとしてでもここを通るつもりだ、という意味を込めてアスカを睨みつける。それに対して、アスカは口元に笑みを浮かべて答えた。
「どうせあなたはあたしが止めても行くのでしょう。頑固なあなたが一度決めたことを取りやめるようには見えないもの。そんな無駄なことをするつもりはない」
「…………」
「というわけで、あたしも一緒に行くわ! あなたに拒否権はなし!」
「――は?」
アスカの腕が確かなのは知っているけれど、それ以前にアスカは女の子なのだから、傷ついたりしてほしくないというのが僕の本心だ。
でも、僕の本能の部分が彼女の頼みを断れないことを告げているような気がした。それでもそんな本能に抗うかのように僕は言葉を発した。
「なんで? 僕が行おうとしていることは、自分で言うのもなんだけどすごく危ないことだ。それこそ命の危険があるかもしれない。会ってまだ数日しか経ってないアスカが、命かける理由なんてないだろ!」
しゃべっているうちに頭に血が上り、いつもよりも乱暴な口調で問い詰めていた。対して、アスカは冷たく目を細めて鼻で笑って一蹴した。
「危険? そんなの関係ないわ。あなただってその危険なとこに行こうとしてるのよ。しかも惚れた女の子のために。だったら友人として、あたしがあなたに手を貸さないわけにはいかないじゃない。それにあたしだって、できればナナちゃんが悲しむところは見たくないのよ」
何も言い返せなかった。
「…………」
きっと僕は彼女に言い負かされる人生を歩み続けるのだろう。
――これからも。そして、今までも。
ん? なんか今変な感覚が頭をよぎった気がする。その変な感覚に手を伸ばそうとしたが、すぐに霧散したどこかにいってしまった。
単純に考えて力強い味方が一人増えたのだ。これは喜ぶべきことだろう。
「ごめん。迷惑をかけるよ」
「こういう時はありがとうって言うのよ」
「うん、そうだね……。ありがとう」
「それで!」
ビシッ! と人差し指を僕に突き立てくるアスカ。
「その犯人がどこにいるか。あなたは知っているの?」
「ああ、それなら大丈夫だよ。あの腕輪はちょっと特別な細工が施されているんだ。あの腕輪には魔力が込められていて、その魔力の跡を追っていけば、あいつらにたどり着くってワケさ」
「へえーそうなんだ」
イマイチ仕組みを理解していなさそうではあったが、アスカは同意を頷いていた。
「GPSみたいなものかしらね?」
「じーぴーえす?」
聞いたことのない単語を言われたので、反芻して問い返すと、アスカは少し慌てた様子で早口で答えた。
「い、いやなんでもないのよ。あたしの故郷で、使われている追跡装置みたいなものよ。気にしないで」
その装置についてもう少し聞いてみたいところだったけど、今はそれどころではないということで自重した。
「お互い無理だけはしないように! 致命傷を受ける前にあたしの近くにくれば、今回は特別に治癒してあげるわ」
「うん! ありがとう。本当に心強い」
お互いに頷き合って、アスカが突き出してきた拳に僕の拳をゆっくりとぶつけた。その儀式みたいな動作をすると、お互いの熱さとか暖かさとかが、流れ込んでくるような気がして不思議な気分になった。
街を出てから、僕らは腕輪の気配を辿って森の中を歩いていた。
森の中は月明かりすら届かなくて闇に包まれていた。あたりは静かなもので、聞こえてくるのは風と木の葉が擦れ合う音と、遠くにある小川のせせらぎの音だけだ。
道といっていいのか疑わしい獣道を、僕たちは宿屋からくすねてきたランプを手にとって進んでいた。
「ところで。あなた達に襲いかかってきた奴らって、どんな奴だったの?」
僕の後ろに付き添っているアスカが聞いてくる。
「一人は、全身黒ずくめの男。こいつは、スピードを強化した僕と同じくらいのスピードだったかな。ナナとの連携で一泡は吹かせられたけど、向こうはこっちに危害を加えるつもりがなかったみたいだから手加減していたと思う。もう一人は突然現れてナナを拘束したから、手を合わせてないから実力はわからない。それでも身体の動きとかを見る限りはどっちも同じくらいの実力だと思う」
「どっちも手ごわそうね。しかもヤツらのアジトに潜入して腕輪を取り返すってなると、その二人だけでなく他にも相手をするかもしれないのよね?」
そんなことは想定している――対策なんて思い浮かばないけれどさ。
でもここで引いてはいけないのもわかっているのだ。だから前に進むしかない。
「そうなるかもね。でも、やめるわけにはいかない」
「ま、あなたがやるって言うなら、あたしはフォローする――ん? 近くに、なにかいるわよ。気をつけて」
耳を澄ませると、木の陰から葉を踏みしめる音が聞こえてきた。
徐々にその音が大きくなってくる中で、僕は腰のブロードソード手を架け、鞘から抜いた。アスカは拳の位置に刃が付いているグローブを嵌め、拳を握りしめていた。
そのまま身構えていると、木の陰から人の影が浮かび上がった。その影はのっそりと僕らの方に歩み出して、僕らから手が届く距離で立ち止まった。
「こんにちは……いや、今のじかんは……いってきます? アスカ、ユウヤ?」
声の持ち主は、ナナよりも更に幼い印象の少女であった。年の頃は、十歳くらいだろうか。髪は暗闇と同化するような黒い髪で、肩のあたりで切りそろえられていた。
服装は、髪の毛とは対照的な真っ白いローブを羽織っている。
あどけなさの残る丸っこい輪郭に、きょとんとした瞳を携えている。
なんでこんなところにこんないたいけな少女がいるのだろう、という疑問は沸いたけれど、警戒していた分だけ少し調子抜けした。一息ついてブロードソードを持っていた手をだらんと下げた。
そこで、僕はふと少女がかけてきた言葉の違和感に気がついた。
――あれ?
今、僕の名前を呼ばれたよな。なぜか疑問系だったけど。
その顔をまじまじと眺めてみるが、やはり記憶の中に彼女の顔はない。
よって、彼女との面識は一切ないはずだ。
となるとアスカの知り合いだろうか? そう思って、アスカに目をやると、何かよくないものでも見たかのように、少女を指さして口をパクパクさせている。
そのリアクションを見る限り、どうやらアスカの知り合いのようだった。とはいえ、尋常ならざる様子の彼女を黙ってみているわけにはいかない。
「どうしたの? アスカ」
「なんで!? アンタがこんなとこにいるのよ!?」
その言葉は少女に向けられたもの。アスカは珍しく狼狽えて声を荒げていた。
「この子、アスカの知り合い?」
「まあね。ちょっと訳ありなのよ」
ため息をついて額に手を当てるアスカ。
「あら、そんな言い方をしてしまっていいのかしら」
意地が悪そうに目を細めて、少女は唇の端を歪めた。その可愛らしい見た目にはそぐわない表情だったけど、なんだかそれが様になっている。
「うっ……。それで、用件は何?」
どうやらアスカはこの少女との相性が良くないらしい。こんなにうろたえているアスカは初めて見た。弱味でも握られているのだろうか? だとすればどんなことだろうか……。少し気になったけれど、なんとなく詮索しない方がいい気がしたので、黙っておくことにした。
「あなたたちがこれから行こうとしているところに、私も連れてって欲しい。用件はそれだけ」
少女は抑揚のない調子で言う。
「で、でもねえ……」
アスカはやりにくそうにこちらを見ている。その瞳は、どうやら僕に助け船を期待しているようであった。
「これから行くところは危険な場所なんだよ。キミがどんなことを考えているかはわからないけれど、怪我だけじゃ済まなくて、もしかしたら、死ぬことだってあるかもしれない」
「それは問題ない。いざとなったら逃げる手段はいくらでもある。私は手出ししないから、二人は安心してほしい」
こちらの心配に気にした素振りも見せない少女。どうやらなんとしてでも、ついてくる気である。
とはいえ、アスカの時とは違って、こんな小さな少女を連れて行くわけにはいかない。
それからも、様々な言葉を並べて説得しようと試みるも、結局やり取りは平行線をたどり、僕よりもアスカが先に諦めたようにため息をついた。
「しょうがないわね。別に構わないけど、余計なことはしないでね」
「それなら、大丈夫。そもそも、私はこの世界で、余計なことは出来ない」
この世界? その言いかたにちょっと引っかかるものを感じたが、わざわざ口にするようなことではない。
「じゃあ、ちょっといいかしら」
アスカが少女に詰め寄り、僕に聞こえないように小声で何かを囁いた。
言い終わった後に、少女もアスカの耳元で小声で言葉を返していた。
内容は聞こえてこなかったが、僕には聞かせたくない話であることは容易に想像がつく。
まあもともと、詮索するつもりもないけどね……。
話が一段落ついたところで、二人の視線が一斉にこちらに向けられた。
「ええ、悪いわね。そういうわけで、この子もついてくることになったわ。足手まといになったら、見殺しにしても大丈夫だから。つれてってやってちょうだい」
「う、うん……」
見殺しにするのはさすがにどうなのだろうか、とは思ったけど、僕は黙って頷いておいた。
「大丈夫。二人より戦力になる」
表情を何一つ変えずに言ってのける少女。
なんだか不安になってきた。
「そう言えば、まだ名前を聞いてなかったね。僕の名前はユウヤ。さっきは自信なさそうに僕の名前を呼んでたけれど、それで合ってるよ」
なんで僕の名前を知っていたのかという疑問については口を噤むことにした。なんというか、さっきまでのやりとりの間に、この少女と会話するだけでどっと疲れてくることがわかったのだ。
「わたしは……マリヤ。マリヤ様って呼んでくれて構わない」
「うん。よろしくね。マリヤ」
「こちらこそ、よろしく」
彼女のボケを流してしまったことについての言及はなく、マリヤは右手を差し出してきた。僕も右手を差し出し、握手に応じる。
右手が触れ合った瞬間、不意に頭の中に様々な映像が流れ込んできた。脳内の記憶容量がパンクを起こしそうになる。
浮遊感を身体が襲い、僕は記憶の波を泳いでいるかのような変な感覚に襲われた。
――なんだこれ?
ほんの一瞬――時間にしたら一秒にも満たない時間だろう――立ちくらみがしたがすぐに立ち直った。
ただその一瞬の間に、僕はその瞬間に脳内に流れてきた映像の概要をすべて忘れ去ってしまっていた。まさに夢から目が覚めたときのように。
でもこの感覚どっかで……。
「アスカの言った通り、間違いなくユウヤね」
こうして新たな仲間? を一人加え、僕らは腕輪を取り返しにさらに森を進んだのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます