第10話大きな図書館で調べ物

 二章 襲撃


 その日の夜、僕は夢を見た。

 最近よく見ているあの子が登場する夢だった。

 僕自身が彼女と会話をしているはずなのに、なんとなく第三者視点というか、どこか遠くからその光景を眺めているような変な気分だった。

 周囲は真っ暗闇で、この空間というか、この世界には僕と彼女しか存在していないような、もしくは棒と彼女以外の存在を拒んでいるかのようなそんな感覚だった。

 夢の中でおもむろに彼女が、ぼやけている口元を緩めて手を差し伸べてきた。僕はそうするのが当然とばかりに彼女の手を取った。

 思ったよりも小さくていかにも女の子という感じの手だった。それに暖かくて、柔らかくて……。

 この時、僕の頭に雷が落ちたかのように一つの考えが駆け巡ったのだった。

 ――あれ? この感触って……?


 そこで夢の世界が崩壊し、舞台は現実世界へと移った。

 目を開けると、どうやら僕は涙を流していたようで、目尻に涙の跡がついていた。

 身を起こして周囲を確認する。当然のことながら、夢の中で出てきた女の子の姿は見当たらない。

 今しがた見ていた夢の中で、僕は確かに彼女について何か重大なことに気がついたのだ。だけど、その気がついたという事実だけが先行して、肝心の内容が思い出せない。

 いったい僕はあの夢の中で何を発見したのだろうか。

 額に手を置いて夢を回想しようと試みるも、手を伸ばせば伸ばした分だけ、自分が求めるものから遠ざかっていくような感覚を覚えた。

 もどかしい気持ちを抱えながらも、横を見ると藁でこしらえた簡易ベッドの上でナナがおだやかに寝息を立てている。

 まあ、夢なんて気にする必要はないか。

 なんだかナナの寝顔を見たら、夢のことなんてどうでもよくなってきた。

 こうしてナナと一緒に旅をしているというのが間違いなく僕の現実なわけで、夢の中に出てくる謎の少女のことなんて気にしていても仕方がない。

 そう思ったら少し気分が軽くなって、目が冴えてきた。

 空はまだ薄暗かったが、もう少しすれば日の出の時間だ。東の空から、うっすらと太陽の光が差し込んでいる。

「あら、起きたのね」

 見張りをしていたアスカが、目を覚ました僕に話しかけてきた。

「まあね。何か異変あった?」

「あなたたちを無理矢理起こしてないってことは、異変がないってことよ。それとも、やっぱりあたしと一緒に寝たかったのかしら?」

「そ、そんなことは、言ってないっ!」

 なんとか話題を探ろうと、視線を少し上に向けて、アスカのおでこのあたりを見るとうっすらと汗をかいているようだった。

「鍛錬でもしてたの?」

「そうよ。あたしが旅に出る前からずっと続けてきたものだから、時間がある時はしっかりやっておきたいの。もちろんその間も見張りはしっかり続けてたから安心していいわ」

「まあ安心してたから、僕らはゆっくりと休みを取れたわけで」

「そうね」

 隣ではナナが相変わらずスヤスヤと夢の世界を満喫しているようだった。

「それはそうと、昨日は迷惑かけたわね。出来れば、忘れてもらうと助かるかも」

 その一言が、忘れかけていた昨日の朝の出来事をフラッシュバックさせた。

 忘れかけてたってのはちょっと嘘だ。きっとあの出来事は一生かけても忘れられない気がする。それこそ誰かに意図的に記憶でも奪われないがぎりは。

 とはいえ、アスカの一言で改めてあのときのことを鮮明に思い出してしまったのは事実なわけで、心臓がいつもより速い鼓動を刻み始めた。

「う、うん。わかったよ。ナナが部屋に入ってきた時は正直、心臓が止まりかけたけど……」

「そう。ならいいわ。じゃあこの話はこれでおしまいね」

 少しほっとしたように、アスカが形のいい唇から息を漏らした。

「もし蒸し返すようなことがあったら怒るからね」

 アスカは瞳の奥で静かな怒りを滾らせていた。その言い知しれない迫力に僕は黙って首を縦に振った。

 それに僕だって蒸し返すつもりはこれっぽっちもない。個人的に思い返すことはあるかもしれないけど……。

「ところで、突飛な話になるんだけれど、ナナちゃんってあなたにとってどういう存在なの? ちなみに、あなたたち二人がどういう関係なのか、っていうのは昨日ナナちゃんから聞いたから、そういうことではなく、あなたがナナちゃんをどう思っているのかってことを聞きたいの」

 次の話題に転換したところで、アスカが真剣な表情を作った。その表情から、僕をからかうという名目でその質問を投げかけているわけではないと思う。

 だから僕もその問いに真剣に答えないといけない。

「大切な存在。何にも変えられないほど」

 ずっと心の中で抱えていたことではあるのだけれど、いざ口にしたらやっぱり気恥ずかしいものがある。だから僕はこれ以上この話をほじくられたくなくて、逃げることにした。

「僕、ちょっと向こうの河で顔を洗ってくるから。そうしたら見張りを交代するよ。アスカもできるだけ睡眠を取った方がいいよ」

「ええ、それじゃあお言葉に甘えようかな」

「うん、じゃあちゃちゃっと済ませてくるから待ってて」

 そう告げて僕は、道を進んで近くにある河原へと足を進めた。頬が真っ赤に染まっているのが自分でもわかってしまい、アスカのほうを見ることができなかった。

 アスカはいったい僕の答えを聞いて、どんな顔をしていたのだろうか。

 そんなことを考えながら、しばらく歩いて河原に到着すると、すでに先客がいた。

 短く切りそろえられた金髪で、筋肉質の男といえば後ろ姿でも誰か容易に知れる。

「あれ? ニール起きてたの?」

 思い返してみれば、野営地にニールの姿がなかった気がする。

 ニールはこちらに背中を向けてただぼーっと突っ立ったままで、河の流れを見つめている。

「…………」

 僕の問いかけにニールは何も答えない。それでも僕の声は聞こえていたようで、こちらを振り返った。

「どうしたの?」

 ニールの目は間違いなく僕を映しているはずなのに、僕のことが見えていないような、そんな奇妙な錯覚に襲われて思わず問いかけた。

「…………」

 結局ニールは一言も発さないまま、僕の横を通り過ぎて僕が歩いてきた方向へと帰って行った。

 いったいなんだったんだろう? 寝惚けてたのかな?


 その日の旅は順調に進み、ちょうど昼ごろにルミナスの町にたどり着いた。

 ルミナスの町は、別名歴史の町と言われている。

 これはルミナスという町の歴史自体が古いというわけではなく、単純に歴史を解き明かそうとしている学者が多く集まって、それらの文献がこの町の図書館に多く眠っていると言うことだ。

 それを象徴するかのように、町の中心部には世界中の書物が集まってくると噂の大きな図書館がある。

 その図書館では学者や学者の卵達は、身体全体がすっぽり覆われてしまうようなフード付きのローブを纏って、日々研鑽を重ねているという。

 一般開放もされていて、一部の重要指定されている資料を除けば、僕らのような旅人でも閲覧できる。

 ちなみに、僕はこの町に来るのは初めてなので、これらの詳しい話はすべて、ルミナスにたどり着く前にニールから聞いたものだ。

 商人や旅人たちにとっては、こういう威厳というか、お堅い感じの場所はあまり好まれないようで、町の中も静かなもので、ガウルの町とは違って通りに露店が並んでいるようなことはない。

 ルミナスには宿も町に一つしかなく、僕らはまずその宿に向かうことになった。

「それじゃあ、荷物置いたら、自由行動にするか。俺はいろいろと調べたいことがあるから、おまえらとは別行動するつもりだけど、みんなはどうすんだ?」

 人通りが少ない道を歩きながらニールが訪ねてくる。

 人通りが少ないといっても道幅はそれなりにあって、僕ら四人が横に並んでもまだまだ余裕があるくらいだった。

「うーんどうしようかな? そう言えば、ニール。今朝の事覚えてる?」

 ここまで来る途中になんとなく言い出すタイミングが掴めなかったのだけれど、ようやく口にすることができた。

「今朝?」

「ほら、今朝河原で僕にっ会ったでしょ。なんかさ、話しかけてもまったく反応がなくてさ。寝惚けてたの?」

 ニールは顔をしかめた後に、

「多分。寝惚けてたんだろうな。別に疲れてるって訳じゃないんだけどな。まあ今度から気をつけるよ」

「うん。別にいいんだけどさ。ちょっと気になってね」

 なんだか少し引っかかるような気がしたが、それ以上追求しなかった。

「ナナとアスカはどうすんの?」

「あたしもちょっと用事があるから、あなたはナナちゃんと二人で暇をつぶしていて」

「どんな用事?」

 ナナが首を傾げながら、間延びした口調で聞くと、

「それはひ・み・つ」

 アスカが人差し指をぷっくりとした唇に当て、ウインクしながら答えた。

「ええ~、教えてよ~」

 頬を膨らませてナナが抗議するが、アスカは結局なんの用事なのか教えてくれなかった。

 なんだか二人がのやりとりが姉妹みたいで、僕は微笑ましいものをみるように二人のやりとりを眺めていた。

 そんなやりとりをしながら、一〇分ほど通りを歩いて宿へとたどり着いた。

 宿で手続きを済ませるなり、ニールはさっさと部屋に荷物を置いて、

「それじゃあ、また後でな」

 それだけを言い残して行ってしまった。

「それじゃあ、私もいくわね」

 アスカも同じように宿を出て行ってしまった。

 戦闘の時の僕たち四人はかなり息ぴったりだったのだが、こういう場所では発揮されないみたいだった。

「僕たちはどうする?」

「うーん……、どうしよっか?」

「じゃあ、僕らは図書館にでも行こっか。せっかくここまで来たんだから」

「さんせーい。それじゃあ、図書館に行こう!」

 僕たちも宿を出発し、図書館へと向かった。

 昼間だと言うのに、外に出ている人達は少なく、宿から図書館までの道のりで、この街のメインストリートを通るのだが、本当に静かなものだった。静けさだけでいったら僕ら住むダリアとあまり変わらない気がしてきた。いや、ダリアの村人達はみんな声が大きいから、むしろ騒がしさではダリアが上からもしれない。だからどうしたって話かもしれないが。

 もちろんきっちりと道は整備されており、街道の質としてはこちらのほうが何倍も上だ。

 この街の目玉ともいうべき図書館の目の前に立って、僕が最初に抱いた感想はとにかくめちゃくちゃでかい、というものだった。

 建物と比べたら普通の大きさの入口を通り、受付のお姉さんに図書館の中は静かにするように、と注意されて、僕らは館内へと入った。

 館内は、視界全部が本で埋まるくらいに本が溢れかえっていた。

 その眺めは本当に壮観で、本を手に取ったりしなくても、この景色を眺めただけでもここに来た甲斐があるって思ったくらいだ。

 館内で一旦ナナと離れて、とりあえず目についた様々な本を手に取ってみる。目についたのは、魔法について書かれた本。魔王について書かれた本。異世界について書かれた本。

 ――まずは魔法について書かれた本。

 人間は生まれる時に、この世界を守護している精霊の加護を受ける。精霊はそれぞれ火水地雷風氷などの属性を持っていて、この世に生を受けたときに、その人間に見合った属性を付与する。ちなみに王族などの特殊な人種の中では、光や闇なんかの属性を扱うものがいたりする。

 ただし、それらの属性を付与されても、実際に魔法が使えるようになるには訓練が必要で、使用する際にも、その規模に見合った魔力が必要となる。

 それから魔法の原理について。

 魔法は精神世界に干渉して、精霊の助けを借り、通常起こり得ない現象を起こすものである。強力な魔法になれば詠唱が必要になるものもある。

 自分が使おうとしている魔法名も実際には叫ぶ必要はない。が、魔法を使う際には思い込みの力が大切になってくる。自分が使う魔法に対するをイメージを強く持つことで、よりその現象を起こしやすくなるのだ。そのため大半の人間が、魔法を使う際に魔法名を叫ぶのである。

 ぺらぺらと流し読みしながら、魔法に関して記述してある書物を探っていた。

 当然のことだけど、館内の全部の書物を確認したわけではない。時間があればそれもやってみたいけれど、きっと年単位の時間がかかってしまうだろう。さすがにそんな長い時間滞在するつもりはない。

 魔法についてはどの本も同じようなことが記述されていて、僕が使っている魔法につい手記してある本は見当たらなかった。もちろん、アスカが使っている治癒魔術なんてものの記述もない。

 ――次に魔王について書かれた本。

 それは悪魔の中でも世界を滅ぼす力を持っている者につけられる名称である。はるか昔、この世界を支配したモノ。勇とや精霊が力を合わせて、禁断の地に封印したのだ。

 禁断の地という項目が気になったの得で、もう少し詳しく見たかったが、それついては記述がなかった。学者たちが見るような詳しい資料にはもう少し詳しく書いてあるのかもしれないが、今日この街にやってきた僕らにそんな資料を拝見する権利はないだろう。

 ――最後に異世界について書かれた本。

 これについては、前二つと比べてほとんど目にしたことのない話だったので、目についた瞬間、反射的に手に取っていた。

 とはいっても、中身に目を通すと、内容の裏付けがほとんどなく、創作の物語と言ってもいいような内容だった。

 異世界。それは悪魔たちが住むといわれている魔界や、精霊や神が住むといわれている天界のさらに外にある世界。どんな船だろうと、馬車であろうと、絶対に行く事の出来ない場所。

 この世界とは独立したまったく別の原理で成り立っている世界。

 そこには、世界をひとっ飛び出来るようなモノがああったり、どれだけ離れていても相手と会話出来るモノがあるという。

 それ以外にも、こんなものがあれば生活が一転するだろう、と思われるモノが、その本に書かれていた。どれもこれも夢物語の世界の代物だ、と一蹴してしまいたくなるようなものばかりであった。

 でも僕はそんな夢物語にしか思えない異世界の話にのめり込んでいた。

 著者はどんな人なんだろうか、と背表紙を確認してみるが、著者の記述がない。中身を捲って、著者がかかれてそうなページを探してみるけれど結局見つからなかった。

 それがなんだかミステリアスな感じがして、僕はより一層この書物に引き込まれた。


 それからも僕はいろんな本に目を通した。

 本を読むのは結構好きだ。自分が知らないものが自分の知識として吸収される様はなんだか心地よいからだ。

 心地よさと疲労感を感じながら、本から目を放し大きく伸びをする。腹の虫がそろそろ夕食を食べたいと告げたので、本を元の場所に戻して図書館の中にいるはずのナナを探した。

 ナナの姿はすぐに見つかった。正面からナナに近づくが、ナナは夢中になりながら本に視線を落としている。

「ナナ。そろそろいくよ」

 もちろん他の利用者に迷惑にならないように小声で話しかけた。

 後ろに回ってぽんと肩に手を置くと、ようやく僕の存在に気がついたみたいで顔を上げた。

「あれ? ユウヤ……もうそんな時間?」

「まあね。そろそろ、みんな戻ってくると思うよ」

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