第9話変なナイフ
「ねえ、これから王都に行く前に、ここ以外に町を通っていくの?」
宿屋の一階にある食堂で、四人で食卓を囲み朝食を取りながら、僕はニールに問いかけた。
今朝のことは忘れたほうがお互いのためだと思ったので、僕は記憶のメモリから消去することにした。おかげさまで僕の気持ちは晴れ渡った空と同じくらいさわやかなものになっていた。
こうやって意識している時点で忘れていないのは明白なわけだけど。実際、食事中も時折アスカのことが気になってチラチラと横目で彼女のことを見てしまう。
「そうだな。北にあるルミナスの町を通って、それを抜けたら、次は王都だ」
「王都に行くの楽しみだなあ。ところで、アスカさんはこれからどうするの?」
昨日から色々あったせいでものすごく馴染んでるんだけど、実はアスカはまだナナとニールにこれからもついて行く、って言ってないんだよね。
「迷惑じゃなければ、あなた達に同行させてもらえると嬉しいわ。一人での旅って、案外寂しいのよ」
アスカが微笑みながら言う。
「ぜんぜんっ! 私、女の子一人だけだったから、すっごい嬉しい。仲良くしようね。アスカさん」
ナナが隣に座っているアスカの手を握りしめて、嬉しそうにぶんぶんと上下に振っていた。
アスカもアスカでそんな無邪気なナナを見て、満更ではなさそうな顔をしている。
「俺も全然問題ないぜ。綺麗な女の子が増えるのは大歓迎だ」
ニールも了承したところで、三人の視線が僕に注がれる。
言われてみれば、昨夜アスカからこの話を持ちかけられたとき、僕はきちんと返事をしていなかった気がする。半ば脅迫めいたことを言われたわけだし、そうじゃなくても僕の返事は決まっている。
「僕も異論ないよ。大勢いた方が楽しいからね」
「うふふ。みんなありがとう。それじゃあ、改めて、よろしくお願いします」
アスカはその場に立ち上がり、全員の顔を見渡しながら一礼した。
「うん。よろしくね。楽しい旅になりそうだねっ!」
ナナが弾んだ口調で言う。
朝食後、手を合わせ。「ごちそうさま」と言うと、アスカは珍しいものかのように驚いた様子で僕のほうを見ていた。
「ごちそうさまか……やっぱり良い響きよね」
しみじみと呟くアスカ。
「ん? アスカはこれ、知ってるの?」
「ええ。あたしたちの故郷だと、ご飯を食べ終わると、手を合わせてごちそうさまって言うのよ。規則というよりは習慣というほうが妥当ね」
「へぇー。じゃあ、もしかしたらユウヤが昔住んでたところって、アスカさんが住んでた所の近くなんじゃないの?」
いいことを思いついたとばかりにナナが両手を合わせている。
「確かにそうかもしんない……。ねえ、アスカってどこ出身?」
僕が訪ねると、アスカは少し渋い表情を作って、
「ここからちょっと離れた所よ。詳しい話は言えないけど……」
「なんだ……まあ言いたくないなら、詳しく聞かないよ。まあ機会があったらいずれ」
「そうしてくれると助かるわ」
アスカは若干の含みのある表情を向けてきた。
そんなこんなで朝食を平らげ、食堂を後にしたのだった。
その後、僕らは買い出しに出かけた。旅をする上で、街中で物資を補給するっていうのはやっぱり必須だしね。
四人で一緒に買い出しに行くのは非効率的、ということで、二人同士のペアを作ることにした。組分けは僕とナナ、ニールとアスカということになった。
ニール曰く、ナナと二人にするために僕に気を使ってということだったが、もしかしたら彼の場合はアスカと二人で買い出しに行きたかっただけかもしれない。
以前ニールと一緒に旅をしていた、彼の恋人も相当綺麗な女の子だったに違いない。
僕とナナは町の喧騒を全身で感じながら大きな通りを物色しながら歩いていた。
「アスカさんが一緒になって、楽しい旅になりそうだねっ!」
「まあね。アスカも今まで一人で旅してきたみたいだし、腕も確かだしね」
「旅を続けてたら、こんな風に色んな出会いがあるのかな? そう考えるとこれからも楽しみだね」
「うん。でも、あんなのが何人も増えるのは勘弁かな……」
ちょっと今朝のは、刺激が強すぎた。男としては、ラッキーなイベントだったのかもしれないが――っと、今朝のことは記憶から消去するんだった。
「そうかな? きっと楽しいよ」
無邪気に微笑むナナが太陽みたいに眩しくてうまく直視できない。
脳裏に昨日の夜、アスカに言われた言葉がよぎる。
『気持ちは伝えられる時に伝えておいた方がいいわよ』
ああ、わかっているさ。でも、それができるなら僕はとっくにやっている。なにせ今まで兄妹同然に育てられて来たんだ。今さらその関係を変えられるだろうか?
そんなことを思いながら、ナナと言葉を交わしていた。当然のように気持ちを伝える決心はつかず、問題を先送りにするばかりだった。
僕たちは食料品など、頼まれていた品を一通りそろえた後、宿屋に戻ってアスカとニールに合流した。
「僕達は一通り買い揃えられたよ。そっちはどう?」
「まあまあってとこね」
アスカが買ってきたものを指しながら答えた。
思いの外、効率的な買い物ができたおかげか、まだまだ朝と昼の中間という具合の時間帯だった。
そんなわけで、今度は個人的な買い物をするべく、もう一度適当に街を見て歩こうということになった。
「それじゃあ、次はナナちゃんと回ってくるわね」
「うん。じゃあ、私たち、行ってくるね」
「昼には戻ってくるわね。昼食は四人で一緒に食べましょう」
すべてが決定事項であったかのようにスラスラと話が進み、僕たちのことなんて眼中になかったかのように、すぐに二人の姿は見えなくなってしまった。
「さてと。ニールはどうする?」
同じように取り残されたニールを見て問いかける。
「悪いけど、ちょっと用事がある。一人で暇をつぶしていてくれ」
素っ気なく言い残すと、ニールは人通りの中にに消えてしまった。
しょうがないので一人で町の中をぶらぶらと歩くことにした。
「投擲用のナイフでも探そうかな」
現状、相手を攻撃する魔法が使えない僕は、遠くから相手を攻撃する手段がない。そういうわけで、遠距離からも攻撃できるように投げナイフの一つでもあると便利かなと考えたのだ。
めぼしいものがないかな、と探していたところ、僕は通りを一つ中に入ったところにある寂れた感じの露店の前で足を止めた。
目についたのは、何とも言えない面白い模様が描かれたナイフだった。あんまり趣味のいいとは思えないナイフだ。
でも、僕は趣味の悪いナイフに僕は惹かれた。
「すいません。このナイフ下さい」
顔中にひげを生やしたおっちゃんが、商売用の笑みを浮かべて答える。
「兄ちゃん。お目が高いねえ。でもねえ、このナイフは二つで一組なんだ。一つだけじゃ売れないけど、いいかい?」
少し考えたけど、一つは自分のものにして、もう一つはナナにプレゼントという名目で渡すのも悪くないだろう。
ナナだって一つくらい護身用のナイフを持っていた方がいい。いくら魔法が使えると言ったって、それ以外の攻撃手段が必要になることもある。
「まあいっか。じゃあ一組分下さい」
「あいよ。まいどあり~。どうだい兄ちゃん。買ってくれたついでに、このナイフにまつわる伝説も聞いて行ってよ」
別に先を急いでるわけじゃないし、僕の用事はこれで終わりだ。他のみんなが帰ってくるまでまだ時間があるだろうし、時間を潰すためにも聞いておくのも悪くない。
決して、伝説と言う単語に僕の心が震えたわけではない。
「はい、お願いします」
「がはは、兄ちゃんわかってるねえ。それじゃあ、まずこのナイフは二つで一つってことは、さっき言ったな。これは、昔とある職人の男が作ったものであって、一振りを自分が持ち、もう一振りを恋人に上げたのさ。しかし、二人は事故で離ればなれになってしまったのだ。その時はお互いどんな気持ちを抱いたんだろうな。きっと俺たちが想像以上の心の傷を抱えたはずさ。
それから数十年後、なんと離ればなれになっていた二人がなんやかんやあって、また巡り会い結ばれた。当然のごとく、二人はおじいちゃんとおばあちゃんになっているわけだ。容姿も当時とは全くの別人になってしまっていたことだろう。時間ってのは残酷だよな。けれどもさ、こんな趣味の悪いナイフは世界に二つしかないわけだ。お互いにナイフを見せ合うことによって、お互いを認識することに成功したらしいらしい。そして、二人はそれから短いものだったけど、余生を愛する者とともに幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし……」
「…………」
「それ以降、このナイフはどれだけ離れても、二人を結びつけてくれるモノである。と言う伝説が残ったとさ。どうだ、感動的な話だろう?」
言葉を失った。もちろん感動したわけじゃあない。
「随分適当な伝説ですね……」
そもそも、なぜそんなナイフが、ここにあるのか? と言う疑問も残る。
「まあ、伝説なんてそんなもんよ。兄ちゃんもこのナイフの片方を恋人にでも渡すんだな。そうしたら、いつか別れが来てもきっとまた再会できる」
「は、はあ……」
ため息混じりに答えながらも、ナイフを受け取って、お代を払った。
ただこういう伝説めいた話は嫌いじゃないので、話半分に信じておくことにした。そして、当初の予定通り、ナナに片方を渡そうと思う。
宿に戻ると、僕以外の三人は既に戻っていた。
食堂に入ると、四人がけのテーブルに三人とも腰掛けているのが見えた。
「ユウヤ~。こっちこっち」
僕と目が合うと、ナナが手を振って呼びかけてくる。他のお客さんも何事かとこちらの方を向いてくるので、ちょっと恥ずかしかった。
空いている席に腰をかける。
「ナナとアスカは何をしてたの?」
「色々買っちゃった。これで、長旅でも平気だよっ」
嬉しそうに微笑んでいるナナ。その笑顔を見ているだけでなんだかこっちまで嬉しくなってくるような気がするから不思議なものだ。
昼食の席では、そこにアスカがいるのが自然といった具合に会話が弾んで、本当に楽しいものとなった。
「さて、それじゃあ、昼食を食べたら出発するか。それでいいか?」
昼食も一段落したところで、テーブルに手をついてニールが全員の顔を見回す。
誰も異論を挟むこともなく、、ニールの言葉に全員が了承した。
ガウルの町よりも、遠くに出掛けた事がない僕にとって、これより先は本当の意味で未知の世界となるのだ。
記憶がない時は、もっと遠くにいたかもしれないけど……。覚えていないことはノーカウントとしてもよいだろう。
僕たちはガウルを出発してから歩き続け、太陽がもうすぐ隠れるような時間になっていた。そして今、僕たちの目の前には五人の人間が立ちはだかっている。
さっきまで見晴らしのいい平原を歩いていたのだが、道の先が森の中へと続いていたので、僕たちは道を外れることなく森の中へと入っていった。
見通しの悪い森の中を進んでいると、木々の間から待ってました、と言わんばかりに、僕たちの行く先を遮ってこいつらが現れたのだった。
彼らは一様にショートソードを携えており、顔面髭だらけだった。昼間の露店のおっちゃんも髭を生やしていたけれど、露店のおっちゃんから感じたような愛嬌の類はいっさい感じられず、こいつらの場合はただ不潔なものに見えた。
身につけている衣服はボロボロで、全身から僕は盗賊です、と自己紹介しているような身なりをしていた。
「さて、お嬢ちゃんたち。有り金をよこしな」
盗賊達のリーダーと思われる人物が、下卑た声で話しかけてくる。
ナナはオークが相手の時はむちゃくちゃにやってたくせに、人間相手だとそれは発揮されないのか、今は恐がってしまい僕らの後ろに隠れてしまっている。
ニールは額に手を置いて、考えことをしているような素振りを見せていた。実際はこいつらをどうしようか、などと考えているに違いない。その仕草も見ようによっちゃ目の前の男たちに呆れているように見えなくもない。
アスカは、直立不動で相手を値踏みするような目で相手の出方をうかがっていた。
「おい。なにしてんだ! 早くしろ!」
こちらが動きを見せないでいると、盗賊の一人がしびれを切らし怒鳴りつけてきた。ナナはその怒号に思わずびくりと身体を震わせていた。
「まあ、そう慌てんなって。なにも全部取っちまう必要はねえさ。そのへんの盗賊と違って、俺たちは良心的なんだ。と言うわけで、今持ってる分の半分で許してやるぜ」
リーダーっぽい男はニヤッと笑った。前歯がかけていて、その笑みも随分と間抜けなものに見えた。
僕はいつでも戦いに配列用に腰のブロードソードに手をかけ、黙って言葉を聞いていると、リーダーっぽいおとこが言葉を続ける
「それからなあ。そこの黒い髪の姉ちゃんは俺たちについてきてもらうぜ」
盗賊たちは嫌らしい笑みを浮かべて、なめるような視線でアスカの全身を眺めている。
当事者ではない僕でも嫌悪を感じて、今すぐにでも剣を抜きいてやりたい気分になった。
「おい! てめえら黙って――」
ニールも僕と同じことを感じたらしく、唾を飛ばしながら盗賊たちに怒鳴りつけようとするが、
「まあ、落ち着いてニールさん」
当のアスカは、何事もなかったかのような涼しい顔をしたまま激高したニールを制した。
「まあ、仕方ないわね。他の方たちに危険が及ばないというなら、あなたたちの提案に従ってもいいわよ」
軽い足取りで彼らの方へと向かっていくアスカを、僕らは下手に動くことはできずに見守っていただけだった。
「随分素直じゃねえか。それじゃあ、俺達と楽しもうぜ」
リーダーっぽい男は醜い顔を更に歪ませて笑いかけた。アスカがリーダーっぽい男と手が触れそうな距離まで近づいて、リーダーっぽい男がアスカの肩に手を伸ばそうとした瞬間――。
雷光が天より降り注ぎ、リーダーっぽい男に直撃した。
リーダーっぽい男は、その衝撃で気を失って倒れ込んだ。
下っ端達は何が起きたのかわからずに、立ちすくんでいたが、状況を理解すると、手近にいるアスカに襲いかかった。
「てめえ、お頭になにしやがった。ぜってーゆるさねえ!」
「ゆるさねえは、こっちの台詞だよ」
ニールが瞬時に、アスカと男を結ぶ直線の間に割り込み、それとほぼ同時に剣を抜き放ち、男を一閃した。
そして僕が剣で薙ぎ払い、アスカは拳で、ナナが炎で残る三人を撃退していった。
「悪に良心的なんてもんはねえんだよ。悪に手を染める覚悟もない奴が、悪党なんて語るんじゃねえよ!」
ニールが忌々しげに言い放ち男達に唾を吐きかけた。
「アスカ。大丈夫?」
アスカに駆け寄って、問いかける。
「ええ、平気よ。ナナちゃん、ニールさんも大丈夫?」
「まあね」
「うん! 全然へーき」
「ニールさん。助かりました。あのタイミングで魔法を使っていただいて」
歩み寄ってきたニールに、アスカがぺこりと頭を下げた。
「気にしないで。あんなクズどもにアスカちゃんを渡すなんて。そんなことはできるわけないからね」
トラブルに見舞われながらも、僕らの旅は続く。
空が赤色を通り越して黒に染まりつつあったので、僕たちはここらで野宿をする運びとなった。
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