第6話師匠との稽古
「いっくよーファイア」
ナナが薪に向かって火を放つと、当然のことながら薪に火がついた。火の魔法って便利だなあ、と驚嘆しながらその様を眺めていた。
僕なんかが野宿するときには着火剤となるものを探してきて、大変な苦労をして火を起こすというのに。それに魔法の炎と普通の炎は性質が異なるから、なおのこと手動で火を付けるときには苦労する。
自分の手で生み出した物質は自分の手で簡単に消すことができる。そうでもなきゃ、ナナが使う火の魔法なんて使用するたびに火事の心配をしなくてはならなくなる。そうなればとてもじゃないが戦闘どころではなくなってしまうだろう。
ナナの火が豚を焦がし、香ばしい臭いが僕の鼻腔をくすぐる。今日一日の疲れもあるせいか、すでに空腹が僕を支配していた。地面に腰を下ろして口内にたくさんの唾をため込みながら、オークたちが調理されている様を眺めていると、ナナが話かけてくる。
「ねえねえ、ユウヤ。ガウルまであとどんくらいかかるの?」
「そうだね……このままいくと、予定通り明日の昼間には着くと思うよ」
「ユウヤはこんな道を行ったり来たりしてたの? 今日だけで四回もオークに襲われたけど、よく無事だったね」
ナナが感心したような様子で言う。
少しばかり誇らしい気持ちになりはしたが、先ほどニールに助けてもらわなければ一大事になったことを思い出して、少し沈んだ気分になった。。
「まあね。でも、今日はオークが出すぎだ。やつらはいつも出てくるけど、今日ほどでたことはいままでないんだけどなあ……」
言うと、ナナは「うーん」と何かを考えているように、首を捻った。
それから数秒後、思いついたように、表情を明るくして口を開いた。
「そうだ。私達であいつらやっつけちゃおうよ。やっつけちゃえば、村のみんなも喜ぶと思うよっ! どうかな?」
同意を求めるかのように、ナナはまっすぐな瞳で僕の顔を見つめてくる。僕はその視線を受け止めることができずにたじろいでしまう。
「やっつけるってどうやって……?」
僕が当然の疑問を口にすると、ナナも当然と言わんばかりに言葉を返してくる。
「オークって群れで行動するんだから、オークたちのアジトとかあるんじゃないの?」
「まあ、前にガウルに行った時、あいつらのアジトの話を聞いたことはあるんだけど……」
僕が渋った様子を見せていると、ナナは増援を求めるかのようにニールに話を振った。
「ねえ、ニールはどう? それとも、オークのことなんて放っておいて、王都に急ぐべきかな?」
「うーん……。まあ王都に行くのだってそこまで急いでいるわけじゃないしなあ。オークのアジトがどのへんにあるのかにもよるかなあ……」
「ねえ、ユウヤはどう? やっぱり、村のためにここで手を打った方がいいよねっ!」
ナナは、前のめりになるようにして上目遣いで、のぞき込むようにして僕に視線を投げかけてくる。その目を見て、僕は思わずドキッとしてしまった。
「ねえ、お願いっ!」
両手を合わせて、顔を伏せるナナ。
こんな風に頼まれれば、男という生物は二つ返事で「はい」と答えざるを得ないのだ。ナナはこの仕草を無自覚でやっているから性質が悪いというかなんというか。いやまあ、自覚でアリでやるほうがよっぽど性質が悪いかもしれないけれど。
「ぼ、僕はナナの提案に乗ってもいいかな……」
将来はこうやって無意識なうちに男をたぶらかすんじゃなかろうか、と妹分の将来を心配してしまう健気な僕。
「ホントっ!? やった!」
僕がナナの提案に承諾したことが彼女にとってとても嬉しいことだったのだろう。僕の腕にしがみついてくる。ナナの控えめな二つの膨らみなんかが腕に当たって何とも言えない心地よさがあるけれど、僕は無表情で至って平静を装っている。
突然無表情になった僕を、ニールは苦笑いしながら眺めていた。
「まあそういうことなら仕方ないな。ちょっと様子を見てるか。それで、俺たちの手に余るような感じだったらやめよう。正義感で動くのもいいけれど、引き際を見定めるのも旅人にとって、大事なことだからな。森の中だし、いざってときには、木々を隠れ蓑にして逃げることは可能だろうしな」
「やったあ。ありがとうニール」
弾んだ声で言うナナ。
と言うわけで、明日はガウルに向かう途中で寄り道してオーク達のアジトを潰す事になった。
夕食から数時間経ち、あたりは完全に闇に包まれてしまっていた。火の明かりがなければ何も見えなくなっていることだろう。
ナナは今日一日の疲れがどっと襲ってきたのか、僕の隣で近くで拾ってきた藁を敷き詰めて上に寝っ転がり、夢の世界の住人となっている。
僕はと言えば、ニールと交互に見張りをしているのだが、自分の当番が終わっても眠る気にならず、ニールとともに見張りを続けていた。
森の中も実に静かなもので、風と木の葉がこすれ合う音がたまに聞こえるくらいだ。
異常がないのはいいことだが、見張りとしては退屈だ。さっきからニールは何度もあくびを繰り返していた。
そんな中、ニールが何か思いついたかのように口を開いた。
「そうだ。ユウヤ。久し振りに手合わせするか? おまえがどれだけ成長したか、やっぱり見るだけじゃなくて、俺も実際に試してみたいしさ」
その提案は僕としても望むところだった。
ニールに一泡吹かせてやることで、少しは昼間の汚名も返上できるだろう、なんて邪考えが頭をよぎった。
「お願いするよ。ここ数年間、僕は訓練を欠かさずしてきた。昔とは違うんだ」
「それは楽しみだな。早速はじめようか。いつも通り魔法はなし。純粋に剣の腕がどれだけ上達したか見てやるよ」
それから周囲を少し歩いて、ちょうどいい具合の木の枝を二本探す。そのうち一本をニール手渡した。
ナナを起こさないようにその場から少し離れて、お互いに数歩分の距離を取って対峙する。
僕は木の枝を両手で握りしめて構えを取る。
「いつでもいいぜ。来いよ!」
「いくよ」
ぽつりと呟く。
息を吐き出し、身体の力を抜いてリラックスして相手をしっかり見定める。ニールも真剣な面持ちで僕を見据えていて、僕とニールの視線が交錯している。
地面を蹴り出して、僕はニールへと向かっていく。間合いに入ると同時にニールへと斬りかかった。
ニールが手にしている木の枝で僕の攻撃を受け止めると、カンッ! と、木と木がぶつかり合った気持ちのいい音が、森の中に鳴り響く。
ニールはそのまま突きを繰り出すが、僕は体を翻してこれをかわす。
僕は一旦距離を取ろうと後ろに飛んだが、ニールは逃すまいと追撃してくる。
僕はその一撃を、受け止めてなんとかやり過ごした。その瞬間、ニールの足が少しもつれ態勢が一瞬乱れた。
僕は「もらった」と心のなかでほくそ笑み、一撃を叩き込もうと剣を振り下ろした。
「甘いぜ。ユウヤ!」
頭部を狙った一撃が、雷光のような速さでかわされる。
「え――っ」
彼の姿が視界で消えたのとほぼ同時に、僕の脳天にニールの一撃が叩きこまれた。
勝負あった。
「ユウヤ。まだまだ甘いぜ。勝負を焦り過ぎだ。もっと余裕を持って臨むことだな。それにしても、まあ昔に比べたら腕上げたようだけどな」
ニールは木の枝を肩に担いで笑みを浮かべている。
「負けたら何も言えないよ……今度またリベンジするから覚悟してね」
「はいはい。それじゃあ負けた罰として、朝まで見張り、ヨロシク!」
敗者には断る権利なんてない。僕は黙ってその提案を受け入れた。
三年越しのリベンジも結局は失敗に終わった。だけど、そう簡単に諦めるつもりはない。
ちなみに今までの成績で僕は百敗以上している上に勝利は未だに一つもない。
この旅が終わるまでに、絶対にニールから一勝してみせる。
そんな目標を胸に秘めて僕は見張りを続けた。
今日のところはナナが寝てしまっていて、彼女に無様な姿を見せなかっただけよしとしよう。こうやって、悪い事の中にも小さな良かった事を見つける。こういう小さな幸せを見つけることが、僕の趣味なんだ……。
ニールもいつの間にか眠ってしまったようで、本当に静かになってしまった森の中。僕は孤独を感じながら朝まで過ごしたのだった。
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