第5話いいところを見せようとして……
その後も初めての戦闘の感慨に耽るなんて暇はなく、日が暮れるまでに三回ほどオークの集団に襲われた。そして三回とも同じ映像を見てるかのよううにその襲撃を退けた。
僕も戦闘に参加しているはずなのに、見ているってのはおかしな話なんだけど、実際その通りだったんだから仕方がない。
ナナが魔法で応戦し、ナナが外してしまった敵をニールがとどめをさす、それの繰り返し。
今までのオークとの戦いで僕は何もしてなかった気がするけど、多分気のせいだだと思う……。
そんなこんなで陽が傾きかけてきて、空は紅く染まっている。何度も血祭りに上げられてオークの血が空をそめているのかもしれない。そんな想像をしそうになって、背中がぞっとしたので思考を切り替えた。
もう少し時間が立てば完全に陽が沈み、ただでさえ薄暗い森の中を、完全な闇が覆うことになるだろう。
「よし。じゃあ、次にオークが出てきたら僕が倒すよ。二人は下がっててよ」
これまでの戦闘では、これといった戦力になっていなかった気がするので、少しでもいいところを見せたいと思った僕は二人を制して先頭を歩くことにした。
「ふーん。そこまで言うんだったら、別に俺は構わないぜ。でも、さすがに三回も襲われたんだし、今日はもう打ち止めじゃないか」
「私もちょっと疲れちゃったかな。そうしてもらえると助かるかもー」
ナナはここまでの間にかなり無茶をしている。涼しい顔をしてはいるが、精神的にも体力的にもかなり消耗していることだろう。戦闘なんて今までほとんど経験がないし、体力や魔力の配分なんかできるわけがないし仕方ないのだろう。
「おっ、ユウヤのお望み通り。ヤツらのおでましだ」
ニールが前を指さして注意を促した。その先に視線を向けると目の前にはオーク達が整列するかのように並んでいた。
彼らに視線を定めて敵の数を把握する。戦闘する上で、相手のことを知るというのはとても大事なことだ。
「いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、はち、きゅう、じゅう」
数を数えてみると、その数はなんと十匹。
「さっきまで、多くて五匹一組だったのに。なんで今回に限って、大所帯で来るんだよ……」
割と絶望的な気持ちで呟くと、死刑を宣告するような楽しそうな声音で背後から言葉をかけてくる男が一人。
「じゃあ、俺達は後ろにいるから、がんばってねー」
「ユウヤ大丈夫?」
ナナは心配そうな視線をこちらに向けている。しかし心配はいらない。
こちとら商人の護衛やら何やらで、何度もオークとは相まみえている。いつもは多くて四、五匹くらいだけど……。だけど、男として一度口にした事を簡単に撤回するわけにはいかない。
幸いにして、オークたちは僕らを取り囲んだりせずに、律義に僕らの正面に集まっていた。これならいきなり背後を襲われる心配はない。
「まあ僕に任せて。二人とも休んでていいよ。でも、ちょっとやばそうだと思ったら援護してね……」
ヘタレと言われようが自分の命はおしい。確かにナナにいいところを見せたいという気持ちがあるけれど、下手に意地を張って命を危険に晒したくないと言うのが僕の本音だ。
自分に言い訳するように言葉を連ねながら、自身に『身体強化クイック』の魔法をかける。
腰に掛けている剣に手をかけ、大きく息を吐いた後に思いっきり大地を蹴り上げる。
そのままの勢いを持って、まず一番近くにいるオークを袈裟斬りの刑に処する。十分な手応えを感じた一撃だった。間もなくしてオークがドサリと地面に倒れた。
その瞬間、オークの一匹が僕の後ろに回り込み、手に持っている斧を振りあげ僕の脳天に一撃を叩きこもうとしていた。僕は咄嗟に横に飛んでオークの攻撃をかわす。
「遅いっ!」
すかさずそのオークの後ろに回り込み、心臓目がけて剣を突き出して二匹目を撃破。
ここで一瞬の間が空いた。いつの間にか残りの八匹が僕の周りを取り囲んでいた。
単体では敵わないと見るや、オークたちは複数での攻撃を仕掛けてくる。四匹とも同時に同じスピードで、おそろしいほど正確に同じタイミングで、斧を振り上げて僕に突っ込んでくる。
僕は斧の射程圏内に入った瞬間に、タイミングを計り空中へと離脱した。攻撃対象がいなくなったオークたちだが、動作に入った攻撃を止めることは出来ない。
その結果、互いに向かい合っている味方同士で相討ちをすることになってしまった。
第三者視点でみると、オークが味方同士を攻撃する喜劇にしか見えない。
「相変わらずだね。こいつらは」
僕は呆れたように言う。
「さて、残り四匹。いや三匹かな」
言葉を放つと同時に、一番近くにいて、どうするべきか迷ってオロオロしていたオークを斬りつけてやった。
「この調子なら余裕だ」
挑発するように眼前のオークに向かって言い放つと、残り三匹が横一列に並んで僕の方に向かってきた。
こういう時は距離を取りながら魔法で応戦出来たら便利なんだけどなあ。と愚痴をこぼしたくなるが、使えないものはしょうがない。
それでもこのまま三対一で戦うのは不利なので、一旦距離を取ろうと彼らから離れ、ナナたちがいる方向と別方向に向けて僕は走り出した。彼らも追ってくるが、人間にも個体差と言うのがあるように、彼らにも個体差がある。森の奥に入っていき、木と木の幅は人が一人しか通れない程に狭くなっている。
足下も雑草が茂っていて、道とは言い難い道を、木の間を滑るようにして僕は進んでいく。
「さてそろそろだね」
振り向くと、先程まで横一列で並んでいたオークたちは素早さの違いにより、バラバラになっていた。
ほぼ縦一列になっている。
「こっちは同時に何匹も相手に出来ない。だからこういう知恵を使うしかないってね」
一番初めに到着したオークを迎え撃って斬り倒す。二番目、三番目も同様に薙ぎ払っていく。
「うっし。これで終了っと」
一息つき、剣を鞘に納める。一仕事終えた感じで大きく伸びをしていると、僕が走ってきた方向からナナとニールの声が聞こえてきた。
「おお! ユウヤお疲れさま~。やっぱりユウヤはすごいね」
「やるな。この数をあっさりやっつけるなんて」
ナナもニールも僕を見直したかのように、手放しで喜んでくれている。
まあこれが実力だよ、なんて言ってやりたいところだったけど、実際のところはそんなに余裕のある戦いじゃなかったのでやめておく。
でもまあ鼻が高くなってしまったのは確かなわけで、
「まあね。これまで何度もオークをやっつけて来てるからね。オーク狩りのプロと呼んでくれていいよ」
こちらに向かってくるナナたちに手を上げて応えようとしたときだった。
「あぶないっ!」
ナナが、僕の背後を見つめて驚いたように必死の形相で声を上げて叫んだ。
その声に吊られるようにして振り返ると、どこからか現れたオークが僕の脳天目がけて斧を振りあげていた。
その斧を振り下ろすだけで、僕の命を簡単に葬り去れただろう。
仲間達の仇が討てると確信したのか、オークが雄叫びを上げた。
「グオオオオオオ!」
回避をしようにも間に合いそうにない。それでもなんとか致命傷を避けようと、両手を交差させて、両腕がどうなってもいいから頭だけは守ろうと防御行動を取る。
目をつむって自分起きる悲劇を待っていたが、オークの斧が僕に直撃することはなかった。
天から雷が降り落ち、オークは戦闘不能になっていたのだった。
「危ない所だったぜ。オーク狩りのプロさん」
溜息をつきながら呆れたように、ニールが僕に笑いかける。
この瞬間、オーク十匹を倒した。という偉業は僕の中でなかったことになった。この戦闘で僕の脳裏に残ったのは『油断して殺されそうだった所をニールに救ってもらった』ということだけだった。
「さて、陽も落ちてきた所だし、今日はこの辺にしておこうか」
淡々とした調子でニールが言う。
そんなわけで本日は鬱蒼とした木々に囲まれた森の中で、野宿するということになった。
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