第二話 第三世代型勇者

 例えば、残虐非道ざんぎゃくひどう吸血伯爵きゅうけつはくしゃく様が、どこかその辺のやかたに住んでいたとする。


 そして、彼が領民りょうみんを適度に殺戮さつりくして、その桁外けたはずれの強さと冷酷れいこくさを充分に、執拗しつようなまでに印象づける。

 そこで、たまたま館に立ち寄っただけの俺達が、情け容赦ようしゃなく伯爵を蹂躙じゅうりんし、カタルシス最高潮のまま次回予告に切り替わる。

 それを続けていれば良いだけの時代が、確かにあった。

 あるいは、夜寝ている間に俺の偽者がネガティブな情報を世間にれ流し、見ず知らずの可憐な少女がたった一人、住民達の非難を一身に受けても俺を信じ続けている。

 でもって翌朝起きてそのことを知った本物の俺が、衆人環視しゅうじんかんしの中で偽者を朝飯の前にちゃっちゃと片付けて、住民達の好感度がマックスを超えたところで次回予告に切り替わる。

 そんな時代も、確かにあった。

 ところが、最近は何をやっても上手くいかない。

「そうなんだよね。この間なんかカズマが道端に落ちていた財布を拾ったら、置き引きと間違えられて投獄されたよね。しかも、いつもなら即座に身の潔白が証明されるはずなのに、その時は断頭台に昇る寸前まで話を引っ張られていたし」

「だっ、おま、そこで無造作に地の文に反応するなよ!」

「なによ、地の文って?」

「あ、いや、その……何でもない」

 獣耳女盗賊は、不審そうな顔で話を続ける。

「まあ、結局は助かるからいいんだけどさあ。最初のほうからうつ展開が多かったら、『ああ、そういう運命せっていなのね』とか、割り切れるんだけどなあ」

「嬉しくはないけどな。しかし、確かに俺達は最初のうち順調だった」

「ああ、そうだね。それでいい気になった誰かさんがハーレム展開に持っていきかけたわよね」

「いや、そこは今関係ないから」

「それにしてもさあ、私達の最大の理解者で、妙に庶民感覚にあふれ、下々に変に理解のあるお姫様が、闇落やみおちしたのは想定外だったなあ。しかもさあ、あれってなんだかものすごく強引な闇落ちの仕方じゃなかった? 『朝起きたら太陽が黄色かったので闇に落ちました』って置手紙――それってどうなのよ。前振りが全然なかったしさあ。普通は少し前から悲しそうな表情とかチラ見せするよね。なのに姫様、前日は夜中まで大酒飲んで笑ってたじゃない? カズマに『わらわの酒が飲めんのかあ』って。何よ、わらわって。いつの時代の話? 農民が『だべ』って語尾を使うのと同じくらい、会話にひねりがないよね」

「……」

「それで、私達が地下迷宮をひたすら降りて姫君を救済するクエスト発生。まあ、それもいいんだけどさあ。妖精灯篭なかったら、暗くてなにやっているか全然分からないよね。灯篭の光の向こう側に魔物の姿が浮かび上がり、暗闇で剣か、魔法か、それに近い何かが閃いて、それで魔物が絶命して終わり、っていうシーンが延々続いているよね。これって、見ていて絶対に面白くないよね」

「見てるって、一体誰が――」

 俺がお約束のツッコミをしようとしたところで、人の話を聞かない獣耳女盗賊は、また急に別な話をし始める。

「ところでさあ、カズマって第何世代の勇者だっけ?」

 こうなるともう、彼女は寸前の話すら忘れている。

 俺は、内心やれやれと思いながらも問いに答えた。

「俺は第三世代だけど、それが何か?」

「ああ、だから初期設定がいい加減なんだね」

「あああん? なんだよ、それ!?」

「だってさ、第一世代が正統派の勇者様でしょう? 容姿からして格好良くて、向こうの世界での豊富な知識を応用しつつ、神から与えられた圧倒的な能力を駆使したりして、最後にはこの世界を破滅の危機から救うという、あの神々しいやつね。で、第二世代が最初のうちは全然ダメな男だと思われていたのに、途中で新たな能力に目覚めるタイプ。ギャップがなんか萌えるよね。そして第三世代が、どう考えても主人公にふさわしくない鬼畜な外道勇者が、因果律だけを味方にして成り上がるやつだよね」

「はいはい、どうせ俺は鬼畜な成り上がり者の外道ですよ」

「その程度のことですねないの。だいたいさあ、物語の進化ってどれも同じようなものでしょう? 例えばヤンキー物だって、最初のうちは暴走族のヘッドとその仲間たちの熱い友情物語でさあ、湘南なんか走っちゃうじゃない。その次に来るのが、平凡な主人公がなりゆきで不良と友達になってさ、その人間力で不良仲間を増やしていくやつじゃない。名前だけは特攻するとかしないとか威勢のいいやつ。それで、次は下種な主人公が舌先三寸のはったりと周囲の誤解だけで成り上がるやつだよね。その、カメ――」

 その瞬間、俺は全力で獣耳女盗賊を止めた。

「あ、馬鹿、それをストレートに口に出しちゃ駄目だろ! 大資本を敵にまわすだろ!!」


「なんで?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る