イヤフォンと自販機
宮島奈落
第1話
照り返すアスファルトに目が眩んだら。
陽炎が揺らめいた。
暑いなぁ、と愚痴をこぼしたかったのだが、口を開くことさえ億劫になるほど暑い。
こんな日に買い物を頼まれるなんてついていない。
そういえば今日の最高気温は35度だっけか。
朝のニュースでやっていた気がする。
汗がつぅっ…と滴って、地面に落ちる。
アスファルトは濡れず、一瞬で蒸発する。
ジリッ……と、肌を焼く音が聞こえるかのようだ。
イヤフォンから流れる音楽は、ハードロック。
グロウル、シャウト、ホイッスル。
暑さと汗と夏の匂いと重低音が混ざり合う。
くらくらと回らない頭のまま、重たい買い物袋を抱えて歩いた。
「だめだ、喉、渇いた…」
熱と渇きでひりつく喉を掠れさせながら、どうにか言葉にする。
ふ、と視線を上げると、太陽の光を赤く反射する自動販売機が見えた。
急いで財布の中を確認する。
524円。
よし、買おう。
買い物袋を傍に置き、自販機の前に立つ。
水、お茶、コーヒー、炭酸、ジュース……
どれにしようか。
取り敢えずお茶にでもしておこうと投入口に硬貨を入れ、ボタンを押す。
カシャンッ
冷えたボトルを取り出し、お釣りを確認する。
違和感に気づいた。
少し多い。
前の人のお釣りの取り忘れだ。
「…あー、どうしよう?これ…」
金額にして20円。
警察に届けるには少ないが、取るのも何となく気分が悪い。
そのままにしておこうかと取り出し口に戻そうとしたその時。
「すみません!!」
白いワンピースにハイヒールのサンダルを履いた、麦わら帽子の女の人がばたばたと走ってきた。
「すみません、それ、私、の、」
はぁっ、と大きく肩で息をしながら続けた。
「さっき、とり、取り忘れ、て」
「あぁ、そうなんですね…、大丈夫ですか?」
ぜぇはぁと荒い呼吸を繰り返す様子に、さすがに心配になり声をかけた。
「は、い……、大丈夫です、はい。すみません」
にへら、と力なく笑った。
取り出し口から20円を手渡す。
「あ、ありがとうございます!」
何度も頭を下げて、立ち去ろうと向けた背を、俺は呼び止めた。
「あの、これ、良かったらどうぞ。俺別の買うつもりだったので…」
「え、いや、そんな、悪いですよ」
「いえ、ほんと大丈夫なんで。飲んでください」
真っ赤な顔で息を切らしているところを黙ってほかってはおけない。
半ば押し付けるようにボトルを握らせ、硬貨を投入した。
「え、あ…ありがとうございます…?!」
困惑しながらも受け取り、キャップを回した。
俺は炭酸飲料を選び、ボタンを押した。
ふと、振り向くと今さっき手渡したお茶を飲んでいるところだった。
滴る汗。
鳴る喉。
時折吹く湿ったぬるい風に靡く髪。
青い空。
入道雲。
イヤフォンから流れる音楽は、ハードロック。
グロウル、シャウト、ホイッスル。
暑さと汗と夏の匂いと重低音が混ざり合う。
カシャンッ
イヤフォンと自販機 宮島奈落 @Geschichte
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