第6話

 小塚さん(漫研の人の名前である)への取材を終えて、新聞部の部室に二人で戻ってきた。

 時間帯が時間帯である。これから作業というわけにもいかない。漫研についての掲示に差し込む文面は、二人で今晩それぞれの家で作ってくることにした。候補を二つにして、明日の放課後にどちらを選ぶか話し合うのだ。

 取材ノートや他の紙面などは写真だけ撮って、二人揃って部室を出る。

 職員室に向かって歩きながら、隣の睦野を見遣って、なんだかなぁと溜め息を吐いた。昨日と今日だけで、この睦野と関わっていて、ドッと疲れた気がする。

 これからもこいつに付き合って部活動をしなければならないんだろうか。

 笠置から頼まれたのはとりあえず初めの五日間だけ。それを過ぎればどうするのかは聞いていないが、笠置が五日間と言った以上はそれ以降に対する展望は、あの部長様の中にあったのだろう。

 笠置部長の考え次第では、睦野の今後の部活動はがらりと変わるかもしれない。

 ふとそんなことに今更思い立った俺は愛用のスマートフォンを廊下にも関わらず取り出し、ぽちぽちと笠置へのメールを打ち込んでいく。

 内容は数点。五日間を過ぎたあと、俺はもう部活しなくて良いのかということと、その後の計画はどうなっているかの質問。それに新入部員である睦野の話と、顔合わせなどした方が良いのかの確認。最後に四月の掲示の話だ。作りかけの部活紹介の掲示が完成しそうなので明日貼り出す予定だとの報告。それを適当な文面にしていく。

「先輩、メールですか?」

 何をしているのか気になったのだろう、睦野が横から聞いてきた。

 俺はスマフォを弄る手を止めないまま、

「ん-。おう。部長の笠置にいろいろと報告とかな」

「――部長さんですか」

 睦野は未だに会ってない部長の話だ。そりゃ苦虫を噛み潰したような顔にもなるだろう。

 そんなこんなでメールは完成し、送り終えられた。

「そういえば、新聞部って何人居るんですか」

「漫研と一緒だよ、俺も含めて合計五人。睦野も含めたら六人になる。ちなみに去年新設の部活でな、全員二年だ」

「ってことはその笠置先輩? が作った部活なんですか、新聞部って」

「笠置がってかあいつら四人が、だな。それはそれはたいそう仲の良い四人でなぁ……四人だけで部を作ろうとか話し合っているところに俺が転がり込んだの、すげえ懐かしい」

「それがどうして……」

 来なくなったのか。

 不満げにぼやく睦野だが、それは俺も不思議だ。

 だが、笠置に聞くことはしない。なんとなく、聞きたくないのだ。言語化できる理由は無いのだけれど、でもそれは理由が無いことを意味してはいない。

 基本的に俺は物事に頓着しない性格なのである。自己分析とはまた痛々しい話だが、たぶんそうだ。手塩に掛けたものが台無しになったとしても、苦笑一つで済ませられるんじゃないかと俺は思っている。

 だからそうだ。

 笠置に理由を聞かず、新聞部の問題がつまびらかにされ、結果的に俺が清掃係に送られる羽目になったとして。

 きっと俺は、頭を掻きながら、山入端の肩を叩きに行くに違いない。『これからよろしく』と。嫌だけど。

 ――そんな風に益体も無いことを考えている間に、職員室に辿り着いていた。

「鍵返しに行くついでに、顧問の田賀先生に今日の流れと掲示の話を報告しに行くから」

「はい、説明は任せても?」

「……しゃーない。先輩だし」

 簡単に睦野との会話を済ませて、扉を開ける。


 ★


「――しっかし、睦野が電車通学とはな」

 帰り道。

 田賀先生に漫研への取材をとりあえず済ませたことを報告して、明日の放課後に掲示を完成させて貼り出すと告げて帰路に着くと、もう辺りは暗くなっていた。

 駅まで徒歩で十五分程度。雑多に立ち並ぶ建物と行き交う車の明かりだけでも、通りは夜道らしい輝きに満ちていた。

 そこを睦野と二人、のんびり歩いている。

「意外ですか?」

「女子だとわりと珍しいんだよ、電車通学。そりゃ居ないわけじゃないけど。部活参加義務のせいで、どうしても遅くに帰る日ってのは出てくるもんだからな。夜道に女の子が一人、ってのはもう聞くだけで不安になったりしない? それでうちの高校、携帯持ってくるのは当然みたいになってるし、送迎アリが多いんだよ。男子より女子の方が遙かに心配なんだろう、親とか先生にしても。下手すりゃ顧問が送り迎えしてるとこもあるらしいし」

「送迎は……両親、共働きですから。帰っても家に居ませんし」

 少し寂しげに目を伏せる。俯く仕草に従ってさらさら揺れる髪は、率直に綺麗だった。

 女子と二人で下校している。良く考えたら人生で初めての経験かもしれない。だからどうということもないのだが、気は少し大きくなっていた。

 だから、

「じゃあ俺から田賀先生に頼んでみるか? 一人分の送迎ならそうそう時間は取られんだろうし、拒否されることもないと思うけど」

 先輩面を、してしまった。

 睦野は提案を聞いた端から申し訳なさそうな表情を浮かべて、断ろうとする。

「それは……悪いですよ」

「うーん。親も不安にならんのか、娘が一人で夜に帰るって? 集団下校なら心配要らないんだろうけど、そもそも女子が一人で部活に入るって時点で珍しいからなぁ」

「小塚さんだって、そうだったじゃないですか」

「漫研の人か……意外とそういう人居たのかね。俺が知らなかっただけか?」

「先輩、友達居ないから」

「居ないからね」

「否定してくださいよ」

「ははは」

 話がずれて愛想笑いで終わってしまった。失敗である。

 俺も睦野も、どこか声に張りが無い。身体はだるいし足取りも重い。二人とも、疲れてしまっていた。

 ついでに言ってしまえば、睦野に至ってはまぶたも重そうだ。眠たくなってきたのだろうか。

 不安なので睦野を見張りながらの歩行に切り替えておく。すると、睦野はぽつりと、

「小塚さん見て、どう思いました?」

 こちらに視線を向けずに、問い掛けてきた。どうやら頭は働いているらしい。足取りも重いが、ふらふらしているわけでは無い。ちょっと眠い程度なのだろうか。

「どうってなぁ……変な人だとは思ったけど」

「やっぱり、変ですよねー」

 それがどうしたのだろうかと、沈黙していると、

「私も、変なんでしょうか」

 自問するような声が続いた。

 漫研で見た光景を思い出す。たった一人で作業していた小塚さんと、見た感じ小塚さんが自分のためだけに揃えたであろう資料達。他部員のやる気の無いイラスト。

 アレは、孤独だった。

 その姿に睦野は自分の未来を見たのだろうか。新聞部が、だから。

「……」

 だからと言って、俺から何かコメントがあるわけじゃない。睦野が変か変じゃないか、そんなことはどっちとも言えるだろう。俺の中で睦野はイノシシのイメージだが、言う必要は無いし言えばキレられる。

 代わりに、というとおかしいが。

 駅が見えてきて、俺は聞いた。保険の意味で、睦野に、

「ところで睦野、最寄り駅どこ?」

「何ですか変態」

「センパイのニュアンスで変態て言うな。いや、一応な」

「何が一応なんですか――もう、」

 文句を言いながら、でも睦野は駅の名前を答えてくれた。不用心な子である。そこは幸い、俺の最寄り駅の途中の駅だ。杞憂に終わればいいなと思いながら、睦野の最寄り駅を覚えておく。


 ――そして予想通り、寝過ごしそうになった睦野を駅の前で叩き起こした。

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