第3話

 鍵を取ってくるついでに去年のままだった掲示を回収しておいた。

 というのも、顧問の田賀先生に注意されたからだ。早く記事を差し替えておけと。それに笠置達はどうしたのかと一度だけ質問された。口元でごにょごにょと誤魔化しをしたが、田賀先生は訝しげにこちらを睨んでいた。怪しまれただろうか。

 その田賀先生の隣で、山入端が笑っていた。新入生の後ろに付き従う俺をからかう笑顔だ、間違いない。明日、笑うなと文句を言ってやろう。

 新入生は案外、見た目の割に物怖じしないタイプらしく、せっせと鍵を取って挨拶をすると部室に向かっていった。慌てて追いかける俺に山入端の笑みが深みを増したが、一生懸命見なかったことにした。

 ――そんなこんなで、部室である。

 まず、俺と新入生は机に去年の掲示を広げて顔を突き合わせていた。

「見る度に思いますけど、学校や生徒会が作りそうな掲示ですよねこれって」

「確かに。言われてみればそうだな」

 『学級便り』みたいな形で配布されてそうな内容だ。だがこれはたぶん年度末だからだろう。時期が時期だから、内容の選択肢がそこまで多くなかったんだろう。

「普段からこんな記事ばっかりってわけじゃなかったと思うけどな」

 ぽつりと掲示を見ながら零すと、意外なことに新入生から力強い反応があった。

 机に手をパンと置いて、「それですよ」と身を乗り出してくる。

 どれだ。あと近い。俺のパーソナルスペースに踏み込んでいる。不快じゃ無いってかむしろ喜ばしいが圧迫感があった。パーソナルスペース立ち入り禁止である。

「掲示の内容。普段どういう紙面を作っていたのか、先輩知らないんですか」

「知らん」

「やっぱり。このばか」

 何をそんなに興奮しているんだろう。この子は情緒不安定だったか。声を荒げてはいないが強い勢いを感じる。

 どうでもいいが女子に『ばか』と言われるとドキドキする。本当にどうでも良かった。妙に遠慮が無くなっているのは気になるけども。昨日の今日だというのに。

「四月の紙面を作るにしても、参考になるものが無いと……」

 新入生が呟いているのを聞いて、何が気に掛かっているのか理解できた。

 こいつ、本気なのだ。本気で四月の掲示をさっさと作ろうとしている。

 だが参考になるものと来た。四月も二週目なのに、一から掲示を用意しようというのかこの新入生は。それは流石に不可能だろう。完成が月末になってしまう。

 何だか労働力として俺が見込まれている気配をひしひしと感じるので、少し口を出すことにした。これでも昨晩いろいろと考えていたのだ。サボる方向性の候補ぐらい考えてある。

 四月の掲示は四月に作る物じゃない。だから、

「うちの部員が三月まで活動してたなら、作りかけの掲示ぐらいあるだろ。まずそれを探してみればいいんじゃないか。あとバックナンバー」

「それです!」

 途端に眼を輝かせる新入生。

 初対面で量産型女子中学生という印象を抱いたのは間違っていなかったかもしれない。クラスの女子もそうだが、同年代の女子の一喜一憂の激しさには目を見張る物がある。見てて楽しい関わって煩わしい彼女達の特徴の一つだ。かといって男子なら落ち着いているのかと言えば決してそんなことも無いし、この辺りの年齢全体に言える特徴かもしれない。きっと俺もその例には漏れないんだろう。

「先輩も探してください」

 ほら来た。

 さっそくがさごそと棚とか引っ張り出し始めている新入生の指示を受けて俺も重い腰を上げる。気分は下っ端だ。というか実際に下っ端だった。年上だが完全に新入生より立場は下である。情けない限りだが。

「はいよー」

 棚辺りのめぼしい場所は新入生が探していた。だから俺は机の下や壁と棚の隙間などの変なところを覗いて回ってみる。やる気ねえな。

 ――と、机や椅子の下を見ようとしゃがんで気付いた。不味い。スカートがチラチラしている。

 そういえば女子と部屋で二人っきり。これは非常に問題である。慌てて立ち上がった。脈拍数が上昇している。

 取り繕うように(何を取り繕っているのかは分からないが)、パソコン机の引き出しを開けて中を覗いてみた。奥まで見ても何も無い。意識が新入生の女性的な部分に向かうのを妨害しようと二段目を開けて、

「……ん?」

 違和感を覚えた。

 二段目を閉じて、一段目を開ける。確認のために一段目と二段目を数度、見比べてみた。

 ――やっぱりだ。

 一段目の引き出しの底の部分に両手を掛けて、悪戦苦闘してみる。力を加えるとほんの少し沈む感覚があった。気付きは確信に変わる。

 それから十秒ほど頑張っただろうか。引き出しの底――というか内蓋――がようやく外れた。顔を出すのは――掲示紙面?

「あ、バックナンバーありましたよ先輩」

 新入生の弾んだ声が背中に届くが、俺の頭は疑問で一杯でそれどころでは無かった。

 そこにあったのは四月の掲示紙面だ。部活の紹介記事が三枚に渡って書き記されている――が、未完成だった。

 ――どうして。どうしてこんなところに隠されている?

 その意味が全く分からない。混乱する頭では思考もままならず、ただ疑問だけが頭の中をぐるぐる回っていた。

「遠賀原先輩、それは?」

 答えの出そうにない問題に頭を悩ませている間に、新入生が隣に来ていた。俺の手に持っている物を覗き見ている。

 取り繕ったような笑顔で、俺は答える。

「ああ、四月の掲示みたいだな」

 嬉しそうに手を一度叩く新入生が、少し眩しく見えた。

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