『ノッキンオン・ロックドドア』ネタバレありレビュー

谷藤たにとうさん、読みましたよ、『ノッキンオン・ロックドドア』」


 開店していた谷藤屋のレジに谷藤さんの姿を見つけて、開口一番、僕は報告した。


永城えいじょうさん。今回も楽しんでいただけましたか?」

「ええ、もちろん」僕は、レジカウンターを挟んで谷藤さんと向かい合って、「今まで読んできたものとは少し、いえ、だいぶ毛色の違うミステリでしたね。作者が若いためか、文章が軽やかで今風、とても読みやすくて、確かにこれは僕よりももっと若い人、中学生なんかが読んでも間違いなく楽しめるでしょうね。表現はおかしいですけれど、絵のない漫画を読んでいるような。もちろん褒め言葉ですよ」

「はい。キャラクターや情景が、すっと頭に入ってきます」

「そうなんです。で、キャラクターといえば、探偵や脇を固めるキャラクターも、これまで読んできたミステリとは随分と違う。垢抜けていますね。これも、いい意味で漫画チックな」

「そういったところも、若い読者の支持を得られそうですよね」

「エキセントリック、まではいかないけれど、いい具合に浮世離れしたキャラクターたちが、超本格派の事件の謎を解く。こういうミステリは、ありそうで、あまりなかったんじゃないですかね。作者の若さと、本格ミステリに対する造詣の深さが、いいバランスで組み合わさった傑作だと思いますね」

「確かに、中堅どころ以上のミステリ作家には、謎はともかく、このキャラクターは創造出来ないかもしれませんね。『ノッキンオン・ロックドドア』には七編の短編が収録されていましたけれど、永城さんはどれが一番好みでしたか?」

「そうですねぇ……」


 僕は少し考えてから、


「まず、第一話の、メインと同じタイトルの『ノッキンオン・ロックドドア』これにいきなり出鼻をくじかれましたね。谷藤さんから、作者の青崎有吾あおさきゆうごのスタイルは、バリバリのド本格、美しい論理、なんて聞いていたものですから、豪快なトリックに仰け反りました」

「あはは。でも、絵の一枚だけが赤く塗られていた理由。ドアから剥がれ落ちたペンキの粉。とかから犯人を割り出していく過程は美しかったですよね」

「ええ、それは確かに。でも、第二話の『髪の短くなった死体』からは、谷藤さんの言葉通り、ロジックがメインになっていきましたね。僕が一番好きなのは、『ダイヤルWを廻せ!』ですね。犯人が金庫を逆さまにした、しなければならなかった理由。それにまつわる周辺の状況設定まで含めて、隙のない論理に舌を巻きました。御殿場ごてんば片無かたなし、二人が追っていた別々の事件が最後に収束するところとかも含めて、実に完成度の高い話でした。短編にしておくのはもったいない気がしますね」

「短い短編で、惜しげもなくトリックを投入するというのも、ミステリ作家の矜持なんでしょうね」「さっき話に出した『髪の短くなった死体』も、短い中にトリックの覆しがあったりと楽しめましたし、短編にすることで、よりトリックが洗練されて印象に残りやすいというのはありますね。短編こそミステリの醍醐味、というのも分かる気がします」


 僕の話を、満足そうに頷きながら聞いていた谷藤さんは、


「ところで、永城さん」

「はい?」

「『ノッキンオン・ロックドドア』、誰かに勧めたりはされましたか?」

「えっ?」

「女の子のお友達とかに」

「あっ! そ、それはですね……」

「どうでしたか? 喜んでもらえましたか?」

「あ、あのですね……。僕の周りには、本を読むような女の子はいなくて、ですね……」


 嘘は言っていないはずだ。確かに僕には、本を読むような女友達はいない。それもそのはず、僕には〈女友達自体がひとりもいない〉のだから! 〈本を読むような女の子〉も〈プロレスが好きな女の子〉も〈サッカー好きな女の子〉もいない。いるはずがない。叙述的に虚偽の表現はしていないはずだ!


「そうなんですか……」


 と、谷藤さん、少しだけ暗い表情になってしまった。どういうことだ? もしかして、引かれた? 大学生にもなって、女友達がいないということに? まじかよこいつ。とか思われているのでは?


「残念ですね」

「えっ?」

「この本の面白さを、もっと大勢の人に知っていただきたかったので、残念です」

「……あ」


 そうだったのか。谷藤さんは純粋に、本を読む人がいない、ということを残念がっていただけだったのだ。それを、この僕は……。


「でも……」と谷藤さんは、「それじゃあ、永城さんと本、ミステリについてお話できる女性は、私だけっていうことですね」


 表情を一転、微笑みを浮かべた。えっ? それって……?


「永城さん、また今度来店いただいたときには、とびきり面白いミステリを紹介させてもらいますね」

「あ、はいっ! よ、よろしくお願いします! そ、それじゃあ、また」


 僕は一礼して、その勢いで店を出てしまったのであった。

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