『猫には推理がよく似合う』ネタバレありレビュー

「やられましたよ、谷藤たにとうさん」


 ドアを開け、レジ前に谷藤ふうさんの姿を確認するなり僕は言った。谷藤さんの口は「いらっしゃいませ」の「い」の形のまま止まっていた。僕はそのまま彼女の前まで歩を進め、


「喋る猫が堂々と出てくるなんて、おかしいなとは思っていたんです。引っかかってしまいました」

「あ、『ねこには推理すいりがよく似合にあう』のことですね」


 そう。読み終えたばかりの当該作品の感想を聞いてもらうため、僕は谷藤屋を訪れたのだった。


「谷藤さんがあまり語りたがらなかったわけですよ。あれじゃあ、事前に入る情報の何がネタバレに直結してしまうか分からない」

「楽しんでもらえたみたいですね」

「はい。派手な殺人事件や舞台装置のない作品ですけれど、こういうのもいいですね。ちょっとしたからくりで唸らせられる。おしゃれですよね。エピローグ最後の余韻もいい読後感を残してくれました」

「『ねえ、花織かおりタンはどうしているの?』ですよね。私もあれは好きです」

「あと、作中でスコティが〈見立て殺人〉や〈ダイイングメッセージ〉といった本格ミステリ定番ガジェットについて、『なにがおもしろいの?』って主人公の椿つばき花織に問い質して、花織がそれらの面白さについて語る場面がありますよね。あのやりとり自体が花織の妄想だったわけですから、あれは花織自身が常日頃から思っていたこと、つまり、本格ミステリが大好きな花織自身も、心の奥底では、〈見立て殺人〉や〈ダイイングメッセージ〉というものに危うさ、疑問を抱いていたっていうことですよね。ミステリファンのジレンマみたいなものが垣間見えて面白かったですね」

「時刻表トリックがめんどくさい、とかもありましたね」


 ああ、ありましたね、と僕は谷藤さんとひとしきり笑ってから、


「でも、悔しいですね。一人称の文体や、あちこちに散りばめられた手掛かりから、この作品に仕掛けられたトリックを見破ることは出来ていたはずなのに」

永城えいじょうさん、ミステリを読んでトリックを見破った、見破れなかった、というのはミステリを楽しむうえで全然関係のないことなんですよ。『暮しの手帖』初代編集長の花森安治はなもりやすじも言っていますよ。推理小説を読む楽しみは、『犯人はまずこれではなかろうか、とほんのりよい気持ちになりかけたトタンに、意外又意外、夢にもおもわぬとんでもないのが犯人であるとわかったときの、あの名状しがたい陶酔的恍惚的ダイゴ味』にあると。この作品は犯人を当てるというよりも、叙述トリックがメインテーマですけれど、同じことだと思います」

「確かに、そうかもしれませんね。『第一部』の秘密が明かされる場面。あれを読んでいるときは、得も言われぬ不思議な恍惚感がありましたからね。事前にあのトリックを見破ってしまっていたら、あの気持ちは味わえなかったでしょうからね」

「そうそう、そうですよ。トリックを見破るより、素直に驚けるほうがミステリの読者としては格が上なんですよ、きっと。永城さんは最高最強のミステリ読者です」

「ありがとうございます、谷藤さん」


 思わずお礼を言ってしまったが、裏を返せば、トリックのひとつも見破れない鈍い人間なんだということなのではないか?

 何だか腑に落ちないままだったが、僕は谷藤さんの笑顔に見送られて家路につくのだった。

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