第60話

 


 ロイド歴三八八九年一〇月上旬


 戦続きで溜まっていた書類仕事をやっとやっつけた俺。

 久しぶりにアズ姫、カナ姫、ソウコ、タケワカたちとゆっくりとした時間を過ごす。

 アズ姫は来月には子が生まれるとあってお腹がパンパンだ。


「兄上、父上のご提案をお受けなさるのですか?」

「ん?ん~、未だ迷っておる」


 俺はタケワカを膝の上に座らせあやしながらソウコの質問に答える。

 取り敢えずアズ姫の第二子が男の子であれば前向きに考えようと思っている。しかし女の子であればシロウをアズマの嫡男に推すつもりでいるのだが、皆にはこのことは話してはいない。


「ソウコさん、そう言うことは奥では話さないものですよ」

「そうです、表向きのことはロクサキ殿やマツナカ殿とご相談されるべきことです。我らがとやかく申してはなりません」

「しかし……分かりました……」


 ソウコがアズ姫とカナ姫にたしなめられ少し落ち込む。

 最近ではソウコも嫁入り修行をしておりその所作が少し女の子ぽくなった。だが、鉄砲の鍛錬も続けており相変わらず良い腕をしていると聞く。


 俺の構想ではアズマ家には北陸から関東に進出して貰いたいと思っていたので俺がアズマを預かるとなると構想が崩れてしまう。

 まぁ、どちらにしろ一族経営なのであまり変わりないのだが、それでもカモンだけで広大な領地を持つのか、カモンとアズマで分割統治するのかで世の見方が変わる。

 カモンが大きく成り臣従してくる家もあるだろうが、反発する家もある。反発する家の筆頭は関東から信州にかけて大勢力を築いているブデン家だろう。

 ブデン……武田を思い起こす家名だ……

 アズマでもカモンでも北陸から東に勢力を伸ばせばこのブデン家と衝突は避けられない。

 このブデン家がオダ家を抑えオダ家が大きく成るのを防いでくれれば良いのだが、今現在はどうなるのか分からないのでこの二家の動向を注意して見守ることにする。







 ロイド歴三八八九年一一月中旬


 俺の次男が生まれたのでウメワカと名付けた。

 これにより俺はアズマ家を預かることを決心し、キシンにそれを伝えた。

 キシンは三ヶ国の国守任命のお礼言上に京の都に赴いていたのでその帰りにそれを伝えた。


「そうか、ではワシは隠居するとしようかの」

「何を仰る。父上はまだまだ若いのですからミズホでアズマの指揮を執って貰わねば困ります」

「ふ、こう言うものは機が大事なのだ。今なら煩い者共も声を潜めよう」


 それはゼンダユウのことだろう。

 フジカネを失った責めを負い腹でも切るかと思っていたし、切腹とまでは言わないまでも隠居はすると思っていたが、今でも家老の座に居座っているあの老害だ。


 自らの失態でアズマ家の嫡男を討ち取られたゼンダユウの求心力は低下したので、キシンはここで畳みかけゼンダユウの勢力を完全に瓦解させる気だ。

 今ならフジカネ派だった者たちも俺に膝を付きやすいだろう。

 それに旗頭であるフジカネがいない今、我を通す者は居ないだろうし、それでも我を通そうとする者は時勢を読めない者として権力の中枢からは遠ざかることになる。


 キシンは一旦ミズホに帰り俺がアズマ家を預かることを家中に報告すると共に反対勢力の説得にあたると言う。

 反対勢力と言ってもほとんどいないはずだから時間はかからないだろう。

 そして家中が纏まったところで隠居し俺にアズマ家を預けることになる。

 フジカネが死にキシンも相当参っているのが分かるので、隠居について強く引き止めることができなかった。

 戦国の世である以上は子が戦死する可能性は捨てきれない。それはキシンも知っているはずだった。

 だが、自分がその当事者になるとやはり堪えるようだ。








 ロイド歴三八九〇年正月


 歳が明けて王の譲位に伴う新王の即位の儀が行われ、ワ国全域から京の都に主だった貴族が集まってきた。

 この警備は当然のことだが、カモン家が差配している。

 そんな中で何件か騒動を起こした貴族もいるが、穏便にことを済ませて大きな問題になるまえに鎮静化させた。


「錚々たる兵、錚々たる備え、であるな!」

「真に、カモン様の武威は留まることを知りませぬな」


 上京し祝いの品々を御所に届けたノブナガが感嘆し、家臣のジュウベエ・アケチが相槌をうつ。

 この主従、いつか謀反を……気にするな、それはノブナガの考えることだ。

 ノブナガは上京し祝いの品々を御所に届けた足で俺に会いにきた。

 嫁入りに備えイチ姫をカモン家に送り届ける意味もあるが、俺の顔を見たかったようだ。

 残念ながら俺はイケメン揃いのアズマ家にあって人並み程度の顔立ちですが、何か?


「左大将殿、この鉄砲を譲って下され!」


 臆面もなくノブナガは言い放った。

 今現在、俺たちの前をカモン家の軍が練り歩いており、その武装を見たノブナガの言葉だ。中々の目利きのようだ。

 カモン家はこの即位の儀で五万の兵に赤、藍、金、銀の鎧を用意し装備させた。

 赤備え二万は騎馬隊。藍備えの二万は鉄砲隊。金備えの五千は騎馬鉄砲隊。銀備えの五千は騎馬弓隊だ。

 これらの部隊が京の都を練り歩き王の即位を祝う。

 そしてこの備えを見た各地の貴族たちがカモン家の財力と武力をその目に焼き付けた。

 それに対しノブナガはカモン家の最新式の鉄砲が欲しいと言い出す。境の商人から得られる南蛮渡来の火縄銃に比べれば遥に高性能の鉄砲なので欲しいのは分かるが、それは無理だ。

 使い古した旧式ならばある程度考えても良いが最新式の鉄砲を与えることは絶対にない。


「オダ殿、無理を申されますな」

「む~、左様か……」


 やんわりでもなく、ストレートに断りを入れるとノブナガは子供が欲しい玩具おもちゃを買ってもらえないような表情をした。

 そして目の前を練り歩く煌びやかなカモン家の軍に視線を戻し子供の様に見入るノブナガ。

 こいつ純粋に子供のような心を持っているから子供のような斬新な考えで強国を作ったんじゃないかな?そして子供のように癇癪を起し家臣を罵倒したんだろうな……


 これだけ盛大に即位を祝ったのは恐らく数代どころか十数代前の話になるだろう。カモン家の財力あってこその今回の即位式となったのだ。

 更に京の都、境港、嘉門港にはカモン家が用意した珍しい品々を売る商人を配置しワ国全域の貴族相手に商売をさせる。

 これによって商人には大きな商機が訪れ、その土地を治める王家、カモン家、ホウオウ家の三家の財政も潤うことになる。


 これだけのことをカモン家の財力と武力によって行ったことで諸貴族や使者がカモンの家をひっきりなしに訪れることになったのは言うまでもない。

 その中で九州の各貴族に対して大宰帥である俺は部下のヒサトキ・アマザキを送るので宜しなにと客をもてなした。

 九州の各貴族は笑顔で了承していたが、本音はウザいとでも思っていたのだろう。


 このように正月は忙しくしていたので毎年恒例の新年の大宴会は二月に入ってからとなった。

 正月早々に挨拶は受けたので二月は宴会だけとなるのだが、ここで一緒にシュテンの婚儀も盛大に行おうと思ったわけだ。

 しかも昨年末にキシンが隠居したので今年の新年の挨拶は旧アズマ家を併合しての大所帯だ。

 そしてキシンは京の都に居を移したのでミズホの国はブゲン大叔父に差配を任せた。

 ただ、ブゲン大叔父ももう年なのであまり長くこき使えないのが残念だ。


 他にカナの国にはアズマ家の家老だったゴウキ・クサカが入り国守代となり、ノウトの国にはアズマ家の奉行だったイチノスケ・コイズミが国守代として入った。

 そしてオチゼンはロクロウ・キウラに任せるが国守代ではない。

 ロクロウは旧イシキ家の家臣でキョウサの国人だったので交易のことを熟知しているのと兵を率いても良い将なのでオチゼンを任せることにした。ただ、彼は大きな功を立てたわけではないので国守代には任じていない。


 ここで各国の石高と人事を纏めておく。

 アワウミの国(八一万石) ⇒ 国守:俺、国守代:なし

 キョウサの国(福井県一部・一〇万石) ⇒ 国守:俺、国守代:キザエモン・ロクサキ(正四位上大宰権帥)

 イドの国(一二万石) ⇒ 国守:俺、国守代:リクマ・ナガレ(正七位上右兵衛少尉)

 イゼの国(六二万石) ⇒ 国守:俺、国守代:なし

 スマの国(二万石) ⇒ 国守:俺、国守代:なし

 キエの国(二八万石) ⇒ 国守:俺、国守代:ダンベエ・イズミ(正五位下左近衛少将)

 セツの国(二四万石・完全支配ではない) ⇒ 国守:俺、国守代:シュテン(正六位上左近将監)

 ニバの国(一四万石・半国支配) ⇒ 国守:なし、国守代:なし

 ミズホの国(六三万石) ⇒ 国守:俺、国守代:ブゲン・アズマ(従六位上左衛門大尉)

 オチゼンの国(五五万石) ⇒ 国守:俺、国守代:なし

 カナの国(三九万石) ⇒ 国守:俺、国守代:ゴウキ・クサカ(正七位上左京少進)

 ノウトの国(二四万石) ⇒ 国守:俺、国守代:イチノスケ・コイズミ(正七位上右京少進)

 ビバリの国(三万石・一部支配) ⇒ 国守:なし、国守代:なし


 完全支配が一〇ヶ国、部分的支配が三ヶ国の都合四一七万石を領有している。






 ロイド歴三八九〇年正月下旬


 現ウラツジ家当主のイサミ・ウラツジの妹で今年一二歳となるサキ姫がシュテンに輿入れしてきた。

 サキ姫はこの時代では美人と言われる容姿であり、俺のような美的感覚ではないシュテンも満足気だ。


 シュテンの婚儀は湖桟山城に特別に大きな広間を増設して行ったが、その広間にも入り切らないほどの来賓の数となった。

 そして婚儀に訪れた来賓たちにも鉄砲、弓、相撲の各競技会を披露し大いにカモンの兵の質を見せつけた。

 その翌日には家臣一同とその妻子を伴っての大宴会とビンゴ大会を行った。

 今年も妻子を含めての大宴会とした。ここでもシュテンの婚儀用に造った広間が役に立った。

 これらを三日間かけて祭りのように行ったことで裏方の者たちには少なくない苦労をかけたと思う。

 だから裏方の者たちにはしっかりと褒美を与えた。


 それからフジカネの妻としてミズホに居たミツナ姫は懐妊していたことが分かったので化粧領一〇〇〇石の待遇をもってそのままカモン家で引き取った。

 子が居なければミツナ姫も肩身の狭い思いをすることになるだろうから、実家のサンジョウ家に帰すことも相談していたが、フジカネの子を身ごもっていたのが分かったのでカモンで引き取ることにしたのだ。

 もし生まれて来る子が男子であれば城の一つも与え、女の子であれば有能な家臣や友好関係にある貴族家に嫁がせてやらないとな。







 ロイド歴三八九〇年二月上旬


 シュテンに引き続きシロウも妻を迎えた。

 その前日には元服してアツノリと名を変えている。

 そしてこの縁をもってカモンとオダの同盟が結ばれたのだ。この時にビバリにあるカモン家の領地(御牧城とその砦群)は正式にカモン家の領有を認めるとノブナガ直筆の書状を贈ってきた。

 そしてその返礼ではないがカモン家が働きかけ新王の名でオダ家にビバリの国守が贈られた。ノブナガが即位式に直々に出向き祝いの品々を届けたのも良かった、これが無ければ国守の任命はもう少し遅かっただろう。


 アツノリにはカモンを名乗ることを許した。

 但し、残念ながらアツノリはカモンの血を受け継いでいないのでカモン家の相続権はない。

 本来、アズマ家はカモン家の分家筋の傍流なので一族と言えないこともないが、流石に血が遠すぎるのだ。

 キシンの子だからアズマであれば問題ないけど、カモンはコウちゃんの子である俺とシュテン、それに俺の二人の息子たちにしか相続権はないのだ。


 アツノリは新王から正六位下大蔵大丞おおくらだいじょうの官位官職が贈られた。

 最近のカモン家は官位官職のバブルとなっている。

 仮にもし贈る官位官職がなくなれば令外官りょうげのかんを新設してでも贈って来るのではないかと思うほどだ。


 今後のアツノリはキザエモンの配下とし実績を積ませることにしている。

 戦場には……まぁ、出なくてもカモン家ではキザエモンのように家に貢献することで出世できる制度を用いているので問題ない。

 更に経済衆だけではなくコウザンに任している新城の築城も手伝わせる。

 アツノリは少しでも余裕があれば書斎に籠って出てこないので家臣たちに覚えて貰うためにも外で働かせるのだ。


 

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