第45話

 


 ロイド歴三八八八年九月下旬


 カモンの義父殿とホウオウの義父殿から連絡があり俺は上京した。


「それでは関白ナカトミ殿、権大納言オモテツジ殿はアサクマ家と手を組み二之宮を推し、権大納言ヒノコウジ殿は当然として右大臣ツキノコウジ殿が一之宮を推している状況ですか?」

「そうなるな」


 ホウオウの義父殿が腕を組み瞑目しながら呟く。

 先に挙げた四家は全てニバの国に領地を与えた四家だ。その中でもヒノコウジ家はセツの国も領有しているので京の都周辺では俺のカモン家を除けばホウオウ家を押さえて最大の勢力だ。


「それでお二人の推されるお方は?」

「麿たちの考えの前にソウシンの考えを聞きたいのでおじゃる」

「私の考えですか?」


 カモンの義父殿とホウオウの義父殿が頷く。

 俺の考えと言われても俺自身はあまり殿上のことに関わりたくない、とは言えないよな。一之宮と二之宮を敢えて外して誰を推すかと考えると三之宮は中務卿であるフワ家の縁者、五之宮は大学頭であるエイワ家の縁者。


 フワ家は今でいう王の秘書官だがイシキ家が京の都に攻めて来た時に王に従いアサクマ家に身を寄せている。それ以来アサクマ家に近付いており今更アサクマ家に敵対しようとは思っていないだろう。


 そうすると五之宮しか居ないが、五之宮はまだ八歳で王となれば側近の傀儡に成りかねない。出身家は従五位上と言う殿上に上がることも許されていない下級貴族のエイワ家なので上級貴族相手に喧嘩はできないと思う。

 エイワ家は博識の家であり現当主は京の都にイシキ家が攻めて来て王が逃げ出した御所の書院殿から貴重な書物や資料を運び出し焼失から書物を守り抜いており、王や貴族よりも知識が大事という感じの前世で言えば博士や研究者と言った感じの御仁だ。


 あまり情報がない三之宮と五之宮だが、タナカ衆が情報を集めてくれた。

 その情報を元に俺が味方するならどちらが良いかと考えるべきなんだろうが、共に一長一短があると俺は考えている。それでも敢えて選択するのであれば……


「五之宮です」


 俺の後方でシゲアキ・マツナカとコウベエ・イブサが息を止めたのが分かる。だが、彼らから静止がないと言うことは俺の選択を支持するのだろう。


「何故五之宮なのでおじゃるか?」

「三之宮の御生母はフワ家出身。そしてそのフワ家は最近アサクマ家と近しい関係にあると聞き及びます。後々のことを考えるのであれば後腐れがないエイワ家の御出身である五之宮が良いかと」


 ぶっちゃけてしまえば五之宮には有力な貴族が誰もついていないのが理由だ。蟄居中の四之宮でさえイシキに近い貴族が援助しているのだが五之宮にはそれさえないのはタナカ衆の集めた情報により分かっている。

 つまり五之宮ならカモン家やホウオウ家が最有力の後援貴族となれるのだ。


「ならば良し」


 ホウオウの義父殿が頷き呟く。後方のシゲアキ・マツナカとコウベエ・イブサの2人も頷いているようだ。


「では、カモン家とホウオウ家は五之宮を次代の王として奉じることとするでおじゃる!」

「うむ、エイワ家の当主ガンゼン殿とは親交がある故、ガンゼン殿には私が話そう」

「アズマ家には?」

「キシン殿には麿から手紙を送るでおじゃるが、ソウシンからも手紙を送って欲しいのでおじゃる」

「分かりました。では、コウザン・イブキには京の都の警戒を厳にするように指示しておきます」


 この会議の後、ホウオウの義父殿がエイワ家の当主ガンゼン殿と会いガンゼン殿を説得し五之宮を次代の王として奉ずる旨を伝えた。

 俺の予想通り当初ガンゼン殿はかなり否定的な言動を繰り返したようだが、根気よく説得するホウオウの義父殿に応じたようだ。その後はエイワ家の屋敷と五之宮にホウオウ家から護衛の兵が付けられ五之宮の傍には護衛として優秀なカザマ衆も配している。


 カモンの義父殿はと言えば、五之宮の即位を後押しするように宮廷工作宜しく貴族たちを説得して回っている。その説得に何家か応じて来たので彼らにも他の貴族に対して工作をして貰うことになっている。







 ロイド歴三八八八年九月中旬


 アサクマ家が動いたと報告があった。

 アサクマ家はイゼのニシバタケ家と同盟を結んだようだ。更にダイワの国を治めているツツミ家へ頻りに使者を出している。ツツミ家はここ最近は家内で勢力争いをしており外に目を向ける余裕はないと思うが、監視を強化するようにタナカ衆に指示をするとしよう。


「それでアサクマの北はどうなっているのだ?」

「カンダケ家、イモオ家とは不戦の約定を交わしたようですが、依然として一揆は頻発しております」

「一揆衆との休戦はないか?」

「現時点ではないと言えるでしょう」


 アサクマ家の泣き所は一揆衆、正式には新綜門願寺派しんそうもんがんじはと言われる宗教団体だ。

 アサクマ家が治めるオチゼン、カナ、ノウトの三ヶ国に根を下ろした一揆衆はカナの国に総本山を構え、全国に百万人以上の門徒が居ると言われる宗教団体が一揆衆なのだ。

 俺の治める国にも一揆衆は居るが俺は宗教には興味がないので俺の政策に反した動きをしたり敵対しなければこれと言って抑圧や弾圧をすることはない。だからか今の所は大人しい。

 もし俺の領内で一揆衆が活発に活動をするなら俺も腹をくくって一揆衆の根切をすることになるだろう。できればそのようなことにはならないように祈るばかりだ。


 家臣との評定が終わりアズ姫とタケワカの待つ奥に向かう。

 今日は天気も良く、残暑も一休みして過ごしやすい為か縁側で寛ぐアズ姫たちが俺を迎えてくれた。

 タケワカももうすぐ一歳になるのでつかまり立ちができるようになっている。


「また忙しくなりそうだ。アズ姫には寂しい思いをさせるが、堪えてほしい」

「お館様が忙しいのは仕方がありません。恨み言を言うことは御座いません」

「そう言ってくれると助かる」


 俺はタケワカを抱きかかえてから座り膝の上に座らせる。


「タケワカにも寂しい思いをさせるが、許せよ」


 タケワカは俺の膝の上にチョコンと座り大人しくしている。顔立ちも生まれた頃よりハッキリして男前の片鱗を見せる。標準的な顔立ちの俺とは違って将来は女泣かせの貴公子となることだろう。


「来月には湖桟山城に入る。冬の間は京の都と湖桟山城との往復だろう」


 今、俺たちが居るのはキョウサの国に築城した嘉東城だ。

 嘉東港を見下ろす崖の上に築いた堅牢な平山城だが、海沿いだけあって夏には海風が吹き内陸部よりも過ごしやすいので避暑地として使っている。

 カモン家の本拠地は一応旧ハッカク家の居城であった湖桟山城なのだが、湖桟山城は以前にシゲアキ・マツナカが指摘したように守り難い城なので改修を進めている最中でもある。

 嘉東城のように急いで築城する必要もないので改修作業は湖桟山城の守兵に交代で行わしている。

 湖桟山城は京の都にも近く、俺の領地であるアワウミ、キョウサ、イド、北イゼ、境の町のどこに行くにも交通の便が良いのが特徴なので要所ではある。

 まぁ、道の整備も進めているのでキョウサや京の都に行くには以前よりも早く行けるようになっているし、イドや北イゼ方面についても現在進行形で道の整備が行われている。






 ロイド歴三八八八年九月下旬


 アサクマ家に続きヒノコウジ家の動きも活発化している。

 ヒノコウジ家はセツの国とニゴの国の一部を領有しており、京の都のあるヤマミヤの国にも隣接しているためにアサクマ家よりも厄介と言えば厄介だ。

 ヒノコウジ家は表立ってカモン家と敵対することはないように動いているが、このまま行けば何れぶつかることになるのは誰の目にも明らかだろう。


 そんな折にカモンの義父殿から手紙が齎された。

 内容は来年にも王が退位すると表明したと言うもので、今までは表立って退位すると言われなかったが、この表明で次期国王争いが激化することになるだろうから早々に京の都に入るようにと言うものだった。


 予定では来月になったら湖桟山城に入る予定だったが、それを前倒しして湖桟山城に入ることにした。

 アズ姫やタケワカとの暫しの別れを惜しみ、後ろ髪を引かれる思いで嘉東城を後にする。

 道の整備をしたので翌日にはアワウミを船で移動する。随行の兵も少なく皆馬での移動なので移動速度は早いのだ。

 うむ、考えたらこの道を早く安全に荷物を運ぶことができればそれだけで経済効果も上がるのではないだろうか? そう考えたら嘉東港からアワウミ側の窓口の高島港まで線路を引き蒸気機関車を走らせるのも良いか、と思う。

 高島港は大規模な拡張工事も終わりキョウサの嘉東港と京の都を繋ぐ要所なので冗談抜きで考えようと思う。色々とインフラ整備案が出て来るので忙しくて工兵が休む暇がないな。


 たった二日でキョウサの嘉東城から湖桟山城に入った。

 この移動速度が物流にも生かされているので俺の領内は商人がひっきりなしに往来し盛況だ。


「お疲れの所申し訳ありませんが、可及的速やかに処理すべき案件が発生いたしました」


 湖桟山城の執務室で腰を降ろした瞬間にキザエモンとダイトウ・タナカが現れた。


「何事か?」

「は、ニシバタケが動きまして御座います。マツナカ殿とイブサ殿にも声を掛けておりますれば、早々にまかり越しましょう」


 そこにタイミング良くシゲアキ・マツナカ、コウベエ・イブサが執務室に入る許可を求めて来たので許可を出した。


「ニシバタケはツツミ家のヒサアキ・ツツミと手を結んだようです」


 ヒサアキ・ツツミ? 確かダイワの国を治めているロクロウ・ツツミの腹違いの弟だったと思うが、そのヒサアキ・ツツミがニシバタケと手を結んだと言うことか?


「ニシバタケはキエの国の戦力をダイワの国に向かわせるようです」


 なるほど、内戦状態にあるツツミ家をヒサアキ・ツツミに統一させてアサクマ家、ニシバタケ家、ツツミ家の三家でカモン・ホウオウの両家を包囲する腹積もりなのだろう。


「ロクロウ殿はそのことを?」

「薄々は気付いておいでのようですが、明確には」

「ツツミ家は当主のロクロウ殿の他にヒサアキ、イエオキ、ホウゼンの四つ巴の争いをしていたな?」

「はい、現状は四竦み状態ですが、ここにニシバタケが兵をだせば……」

「ヒサアキに流れが傾くか……して、ニシバタケが兵を出すのは何時頃だ?」

「は、一〇月後半と予想されます」


 さてどうするか?

 アサクマ家にニシバタケ家だけでも厄介なのにここにツツミ家が敵となればヒノコウジも含め俺の周りは敵ばかりになってしまうな。そんな状況にはしたくないからツツミ家をヒサアキが統一するのは邪魔するとして、それ以外にはどう動くべきか。

 先ずはニシバタケの出兵が出来ないようにするべきだろうが、どうするか……


「殿、以前より準備が進んでおりました太平洋艦隊を使いましょう」


 シゲアキ・マツナカが俺の考えを読んでか、太平洋艦隊を動かそうと持ち掛けて来た。

 太平洋艦隊とはヘル・シップを主軸とする艦隊で現在二艦隊の配備が済んでいる。本来は琉球沖縄方面の貿易の為に配備した艦隊だが、ヘル・シップをはじめとして完全武装しているので何時でも最前線に投入できる状態にある。


「太平洋艦隊を動かすのは良いが、名目をどうするのだ」


 ニシバタケ家は以前北イゼに攻め込んで来たがそれは王の仲裁で今は収まっている。それを理由に戦端を開くのは流石に無理があるので太平洋艦隊を動かしてニシバタケ家を攻撃する尤もな名目がいるのだ。


「ツツミ家のカナ姫を殿の正室にお迎えなされ」


 は? ……コウベエめ、俺を出汁にツツミ家の騒動に介入する気だな。


「なるほど、カナ姫はツツミ家当主であるロクロウ様の妹君、殿がカナ姫を正室に迎え入れれば大手を振ってツツミ家の騒動に介入できる名目ができまするな」

「待て、私には既にアズ姫と言う正室が居るのだ」

「殿ほどの大貴族であれば正室の二人や三人、問題御座いません」


 キザエモンもコウベエの発言の意図が分かったようでウンウンと頷く。

 ちっ、こいつらかねてから俺に側室を勧めていたが、ここにきて正室を勧めてくるとは!


「こちらはそれで構わぬが、ロクロウ様はカナ姫を殊の外可愛がっていると聞く。殿の正室にカナ姫を出すかが問題だな」


 シゲアキは既に俺がカナ姫を正室に迎えることが決定しているかのように言うが俺は一言もYesとは言っていないぞ。

 話はドンドン進み、結局俺がNoと言う間もなく、四人は俺の執務室を後にした。……俺が口を開こうとすると誰かが被せてきて俺は話せなかった。こいつら四人がグルになって俺に正室を持たせようとしていると思う。

 どうやら正室の件は最初からの出来レースだったようだ。


 

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