第44話

 


 ロイド歴三八八八年八月


 一四歳になったソウコを連れてミズホの国の大平城に赴く。

 キシンの子供は一八歳の俺を筆頭に三男六女の子沢山だ。とは言えこのワ国の貴族ならこの程度の数の子供が居るのは珍しくない。

 一六歳のフジカネは既に元服しているし、俺と同腹のドウジマルも一一歳になっているのであと数年で元服するだろう。そしてキシンの長女であるソウコは既に一四歳で結婚してもおかしくない年頃になっている。


「兄上、ソウコは婚約などしませんよ」

「それは父上に言うんだな、私に言ってもせん無き事だ」


 俺がソウコを結婚させようとしているわけではないので俺に言われても仕方がない。ソウコとしてはキシンを丸め込む方法を俺に考えて欲しいのだろうが、あのキシンが、ソウコ大好きキシン君がソウコの結婚を言い出すなんて信じられないのは俺だけだろうか?

 一体、キシンはどうしたのだろうか?

 二人してキシンの執務室に赴くと、ブゲン大伯父、コウちゃん、ドウジマル、フジカネ、そしてキシンの側室でソウコの母親が俺たちを出迎えてくれた。


「父上、ご無沙汰しております。お変わりない様で何よりです」

「うむ、ソウシンも変わりないか?」

「はい、私も、そしてソウコも変わりありません」


 俺とキシンの挨拶が終わるとソウコも挨拶をする。そしてブゲン大叔父やコウちゃんたちに順に挨拶をしていく。意外とフジカネがまともな挨拶をしたのに驚いた。俺の事を兄上なんて言うんだぜ?

 取り敢えず当たり障りのない近況報告をしあって場を和ませる。そしてキシンがソウコの縁談について口火を切る。


「アサクマ家よりソウコを嫁にと言ってきた」


 ソウコを嫁に出さん、と言っていたキシンがソウコの縁談を持ち出したから可笑しいとは思っていたが、相手が北陸の大貴族であるアサクマ家とはね。


「当主の孫にあたるキゴロウ殿の正室にとの事だ」

「ソウコはソウコより劣る者の嫁になどなりませぬ!」


 噛み付いたソウコを一瞥しただけでキシンは俺に視線を固定する。

 しかし王の退位が持ち上がったタイミングで縁談、それもアサクマ家との縁談が持ち上がるとは、これは偶然か?


「キシンに問う、アサクマとは縁を結ぶべきか?」


 直球だな、無視されたソウコは不満げだ。

 しかしアサクマ家がソウコとの縁談を持ち出したのはあまりにもタイミングが良い。王の退位と絡んでいると考えるのが妥当だよな。


「現在、王家におかれましては少々厄介な話が持ち上がっております。それに絡んだ事かと……」


 俺が王家と口に出すとコウちゃんがドウジマル、ソウコ、ソウコの母親を伴って部屋を出て行く。良く分かってらっしゃる。こう言う処はコウちゃんはしっかりしている。


「して、王家にどの様な厄介事が起きているのだ?」

「王は近々退位なされるでしょう」


 皆、息を止めるのが分かった。


「次の王として有力なのが一之宮と二之宮です」

「……なるほど、二之宮はアサクマ家の」

「アサクマが上京するにはカモン家が邪魔、と言うわけですかな」


 キシンの呟き、そしてブゲン大叔父の推測。

 恐らくはブゲン大叔父の言う通りなんだろう。アサクマ家が上京するのにはカモン家の領地をどうしても通る必要があるし、俺がアサクマ家に味方すれば二之宮の王位継承はほぼ確定となるだろう。その為にソウコとキゴロウの縁談か……気に入らんな。

 これではソウコは二之宮の王位継承の道具ではないか。貴族の子女である以上は恋愛結婚など望むべくもないが、王が京の都を追われた時に兵も出さなかったくせに血縁者が次の王になれると見ると権力欲を出すなんて気に入らない。


「して、ソウシンはどうするのだ?」

「……カモンの義父殿とホウオウの義父殿が動いておられるので今は静観でしょうか」

「大納言殿に内大臣殿が動かれておいでか。……ならば、アサクマとの縁談は保留か」

「父上、保留などして宜しいので? 今月末に再びアサクマの使者が来訪される予定では?」


 ……雪が降る前に決着をって感じか。雪が降ってはアサクマは動けないからな。


「構わん、我がアズマがアサクマに合わす必要はない。フジカネもブゲンもそのつもりで居よ」


 アサクマ家の使者に明確な返答ができないとなれば下手をすればアサクマ家とアズマ家の間に遺恨が残りかねないのでフジカネの懸念も尤もな事だ。

 しかしキシンの言う通りアズマ家がアサクマ家の都合に合わせる理由もなければ、カモンとの繋ぎの為にアズマ家を利用しようとしたアサクマ家を嫌悪しても良いだろう。


 数日後、イゼの国のニシバタケ家が北イゼに攻め込んで来たと報告があった。そしてカザマ衆からビバリのサトウ家の動きが活発になっていると報告もあった。

 どうもニシバタケ家とサトウ家が繋がっているようだが、不思議だ。

 そもそも北イゼをニシバタケ家から奪ったのはサトウ家であり、ニシバタケ家とサトウ家は犬猿の仲とも言える間柄だ。その両家が手を組む……昨日の敵は今日の友、それとも敵の敵は味方、か?


「サトウ家は此方で抑えよう」

「有り難い話ですが、宜しいのですか?」

「サトウの兵がイゼに向かうとは限らぬ故、国境沿いに兵を終結させ警戒させるだけだ」


 アズマ家の兵が国境に集結すればサトウ家も兵をイゼ方面に動かすのは控えるだろうが、それによってアズマ家とサトウ家の衝突を引き起こす可能性をはらんでいる。


「ワシはお前の実父であるぞ、息子に少しは良い所を見せておかねばな」

「父上、此度の指揮は某にお任せ下され!」


 フジカネが鼻息を荒くしてキシンに詰め寄る。

 こいつ今回の出兵がサトウ家の動きを牽制するのが目的だと分かっているのだろうか? フジカネが指揮をしたら牽制用の兵力なのに武力衝突なんてことになりそうだ。少しは落ち着いたかと思っていたがまだまだだな。


「此度は牽制のみの行動だ。兵は別の者に預ける」


 不満そうなフジカネに言い聞かせるキシン。

 アズマ家の兵は傭兵だけで五〇〇〇ほどを動かす事になった。

 イドの国に対してカモン家は兵四〇〇〇〇を動かしているし、報告ではヒャクタケとコウブ以外の小国人の多くは此方に寝返ったし、ヒャクタケとコウブを滅ぼすなり降伏させるなりの決着も数日の内には付くだろう。


 北イゼのガンモもニシバタケをよく抑えている。報告ではニシバタケは二五〇〇〇の兵を動かしたが、ガンモが一〇〇〇〇の兵で籠城ししっかり抑え込んでいる。

 考えてみれば北イゼにも海があるし、港もある。太平洋艦隊でも組織して海上の制海権を手にしてニシバタケ家やサトウ家を牽制するのも良いな。うん、今度シゲアキ・マツナカに相談してみよう。

 それと太平洋側ではスマの国の国人であり九鬼一族モドキのハッキ一族がニシバタケ家と争っていたよな? ハッキ一族を此方に取り込んで水軍を強化するのも良いな。これもシゲアキ・マツナカと相談だな。







 ロイド歴三八八八年九月


 俺はミズホの国からアワウミの国に帰国している。

 ソウコも俺に着いて来ようとしたが、キシンがそれを許さなかったので今は大平城に居る。


 俺の帰国の前にはイドの国の平定も完了し、四〇〇〇〇の兵はそのままイゼの国に転戦しており、今頃はガンモの部隊とニシバタケ軍を挟撃しているのではないだろうか?

 そして太平洋艦隊についてもシゲアキ・マツナカと話し合った結果、早々に組織する事になり、ハッキ一族ともコンタクトを取る事になった。


「キクスイ・ヒャクタケに御座りまする。左近衛大将様のご尊顔を拝し恐悦至極に存じ奉りまする」

「サンザ・コウブに御座りまする。左近衛大将様のご尊顔を拝し恐悦至極に存じ奉りまする」


 イドの国人であり忍者一族の頭目であるキクスイ・ヒャクタケ、サンザ・コウブは俺に恭順の意を表し降伏した。元々根切にしようとも思っていなかったので降伏してくれて俺に仕えると言うのであれば嬉しい限りだ。


「以後の働きに期待すると、左近衛大将様よりのお言葉である」

「「ははぁぁぁ」」


 何でシゲアキ・マツナカを介して俺の言葉をこの二人に伝えるのかと言えば、所謂権威と言う物を二人に見せつける為だ。俺の官位官職は従三位左近衛大将、兵部卿であり、所謂殿上人なので官位官職のない二人には簾越しの俺がまるで後光がさしているように眩しく見える事だろう。


 これで俺の忍者軍団の規模は恐らくワ国一になったはずだ。タナカ衆にカザマ一族、俺に平伏して恭順の意を伝えるヒャクタケとコウブ、そして最初に臣従したハトリ、それ以外にイドの国の小国人忍者たち。


 これまではタナカ衆とカザマ一族しか忍者が居なかったので活動の範囲が限られていたが、イドの国の忍者たちが俺の家臣になった事で諜報活動エリアが格段に広がる。

 今後はタナカ衆に俺の本拠地であるアワウミの国、キョウサの国、アズマ家のミズホの国、京の都があるヤマミヤの国を担当させ、カザマ一族はイゼの国とビバリの国、そして東国が情報活動エリアになる。

 新規参入のイドの国の忍者はハトリがタナカ衆とカザマ衆の活動エリア外となっている近畿地方、ヒャクタケは北陸方面、コウブは中国方面、小国人衆には四国と九州を担当させるつもりだ。

 兎に角、カモン家の情報網が強化されたのは間違いない。


 

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