第40話

 


 ロイド歴三八八八年正月


 家臣団の年賀の挨拶を受けると翌日には商人たちの挨拶が予定されていた。

 商人は全部で三〇人が集まっている。内訳としてはミズホ屋とイズミ屋の最古参御用商人をはじめとした嘉東港に店を構える一二人、アワウミの国とキョウサの国とイゼの国の商人が八人、そしてレイセンの国の境の商人が一〇人だ。

 嘉東港の商人は持株衆と言われ港の一等地に店を構える一二人の商人だけで最近増えて来た新参の商人は含まれていない。

 そして境の商人は実質的に境を治めている豪商たちのことだ。境の町は古くから商人による自治が行われており俺の目の前に居る一〇人の合議によって境は運営されているのだ。


「皆、よく参った。今年も宜しく頼むぞ」

「有り難きお言葉。ここに集まりし一同、カモンのお殿様に変わらぬご愛顧を頂けるよう努力致しまする」


 代表で返答したのはミズホ屋だ。この三〇人の商人たちの中にも力関係があり筆頭格はミズホ屋、俺が初めて取引をした商人だ。次席としてイズミ屋が控えている。


「うむ、今年は大陸交易の艦隊を増やす。既に二つの艦隊を増設し大陸に向かわせている。他にも今年の内に五艦隊は増やす予定である。期待して良いぞ」


 俺が艦隊の増設を笑顔で話していると商人たちの表情は二つに分かれる。

 一つは大陸との交易を増やす事で巨万の富を得られるであろう嘉東港の商人、一つは大陸交易を増やしても恩恵に与れない嘉東港以外の商人。

 だが、これは仕方がない。嘉東港に出資した商人を優先し利益を与えるのは当然のことで出資しなかった商人は先見の明がなかったのだから諦めてもらうしかない。

 とは言え、俺の領地の商人なのだから余り無碍に扱うのは宜しくないだろう。まぁ、境の商人にはもう暫く冷や飯を食わしておくけどね。


「境衆よ、そう嫌そうな顔をするな。大陸との交易は嘉東港に集中させる。その恩恵にあずかることができぬのは嘉東港を築く時に時勢を読めなかったソナタらの責任であるのではないか?」

「そ、それは・・・」


 境の商人の代表格である商人が口を濁す。


「大陸交易は嘉東港の商人の権利である。だがな、我が領内の商いはまた別だ」

「・・・と、申されますと?」


 俺はそう焦るなと勿体ぶり、小姓たちにワインを持ってこさせ商人全員にいきわたらせる。


「こ、これは?」

「それはワインと言う酒だ。口を付ける前に香りを楽しみ、そして口にふくんでからも香りを楽しむ酒だ」


 俺が香りの楽しみ方や飲み方を実際に見せてやる。だが、商人たちの興味はワインよりもワイングラスに注がれている。


「このワインは五〇樽用意している。そしてそのワインを注ぐワイングラスは一〇樽に一個販売する予定だ」

『ッ!』


 商人たちが色めき立つ。ワインも珍しいが何よりクリスタルのような透き通ったガラスのワイングラスは金になると考えたのだろう。


「三月に一〇樽単位の入札を行う。我が領内に店を構える全ての商人がその入札に参加できる権利を持つ。最低落札価格を上回り、尚且つ最高値を付けた商人にワインとワイングラスを販売する」

「ご領内全ての商人ですか・・・」

「領内全ての商人だ」


 ワイングラス何て簡単に作れる。これを餌にワインを売る。そして俺は商人に均等に権利を与える。その権利を有効に使う商人が俺との取引ができるのだ。さぁ、頑張って高値を付けてくれ。







 ロイド歴三八八八年二月


 とうとう炎暦寺が動いた。関税をかける事で商人が元坂の港を経由する事がなくなり関税が激減したのをいつまでも我慢できるような連中ではないのは分かっていた。

 だから関税を撤廃する事での補填を申し入れたのだが強欲な宗教団体にはそれが分からなかったのだ。いや、分かっていても俺から金を恵んでもらうのが許せなかったのかも知れないな。


 元坂の港から出航した私掠船がアワウミを行きかう商船を襲って金と荷物を略奪したのは二月に入ってすぐの事だ。

 俺は直ぐに炎暦寺に罪人の引き渡しを要求したが炎暦寺は断ってきた。炎暦寺の荘園で捕まえた罪人は炎暦寺が裁くと言って来たのだ。

 だが、これは言うだけで実際は略奪を行った者は元坂の町でのうのうと暮らしている。やつらのバックには炎暦寺が居るのだから安泰というわけだ。


「元坂を封鎖せよ」

「封鎖で御座いますか?」

「そうだ、炎暦寺を含めた元坂を陸上、湖上含めて蟻の子一匹通さぬように封鎖せよ」

「お待ち下され!それでは炎暦寺と争う事に成り申す!」


 焦ったように声を荒げたのは評定衆の一人であるジゴロウ・ガンモだ。ガンモ家は元々ハッカク家の家臣だったので炎暦寺の事はよく知っている事から焦って俺を諫めにかかったのだろう。


「炎暦寺が我が領内で略奪するのであればそれも致し方あるまい?」

「されど、炎暦寺には僧兵だけでも五〇〇〇は居ります、更に全国に数十万の門徒が居りまする」

「それがどうした?ガンモはこのカモンの領内で悪行を行った野盗どもを放置しろと言うのか?」

「い、いえ、それは・・・」

「この際だ、このソウシンの存念を皆に聞かせる。俺は宗教を否定はせぬしカモン家が定める法に従うのであればどの様な門派であろうと迫害はせぬ。されど法に従わぬ者はそれが誰であろうと赦す事はない。融和には融和をもって、力には力をもって対処する!」


 宗教に対してはどの国も慎重に対処している。下手に敵対すると手痛いしっぺ返しとして帰って来るからだ。宗教と言うのは非常に厄介な存在で宗教が火種となり何度も戦争が繰り返されてきた歴史もあるのだ。

 俺も敢えて宗教と敵対する気はないし、庇護して欲しいと言われればそれなりに対応はする。しかし宗教側が俺を拒否し敵対するのであれば、俺も全力でその宗教を潰す努力をするつもりだ。


 俺の決意を聞き評定衆は頭を垂れて従うしかない。それが出来ぬのであれば評定衆を辞して俺と戦う選択しかないのだ。


「左少将、兵力はどの程度必要か?」


 左少将とはシゲアキ・マツナカの事だ。彼の官職が左近衛少将なので最近は皆がこう呼ぶのだ。


「そうですな、地上に三万、湖上に二〇〇隻ほどで宜しいかと」

「湖上はザンジ・オオツキに任せる。地上は左衛門佐、補佐として侍従を」


 左衛門佐とは俺の直臣であるダンベエ・イズミの事で、侍従はコウベエ・イブサの事だ。


「速やかに元坂を包囲せよ。但し、決して炎暦寺の荘園内に入るでないぞ、野盗対策として領境を監視すると言うのが名目だ」

『ははぁ!』


 今の所は炎暦寺が商隊を襲ったと言う物的証拠はない。だが、タナカ衆の報告で奪われた物資が僧兵によって炎暦寺に運び込まれた事は確認している。

 俺の得意な経済制裁をフル活用し炎暦寺を締め上げてやる。それで自暴自棄になり包囲しているカモン家の兵に戦を仕掛けてくればこっちのものだ。


 数日の内に包囲網を築いた事で元坂は完全に孤立した。元坂から出ようとする者も、元坂に入ろうとする者も、全て包囲網に押し返され炎暦寺は外部と連絡が取れなくなった。

 ここからは我慢比べだ。







 ロイド歴三八八八年三月


 炎暦寺からは何度も使者がやってきた。彼らの主張は一貫して不当な武力行為を即座に止めろと言うものだ。

 だが、俺も一貫して野盗が蔓延っているのでその警戒をしているだけだと返答する。押し問答にもいい加減飽きて来た。

 それだけではなく、カモンの義父殿やホウオウの義父殿からも書状が来て何とか穏便にすませと言ってきている。


 そんな中、今日はワインの入札日となった。集まった商人は意外に多く五〇近くになった。最初の一〇樽の入札を行う。

 一樽は三〇リットル入りの一五〇万ゼム(一五カン)、そしてワイングラスは希少品なので三〇〇万ゼムと決めたので一〇樽の最低落札価格は一八〇〇万ゼムとした。

 最高値は境の商人が二二〇〇万ゼムだった。そしてこの価格が以後の落札価格の目安となり、五〇樽の販売総額は一億一三〇〇万ゼムとなった。


 これは初回なのでこれだけの高値が付いたが、今後はもう少し値が下がると考えるのが良いだろう。

 今回の入札では境の商人が奮起した。境の商人が四人、嘉門港の商人が一人、の五人が落札していった。ミズホ屋とイズミ屋には入札を控えるように事前に打診しておいた。ミズホ屋はミズホ酒、イズミ屋は麦焼酎をほぼ専売しているのでワインは他の商人に譲り商人間の軋轢を少しでも抑える意図がある。


 

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