第39話

 


 ロイド歴三八八八年正月


 キョウサでは雪がよく降るので冬の間はアワウミの湖桟山城で春を待つ。

 そして旧アズマ家、旧ハッカク家、旧イシキ家、旧ミナミ家、それ以外の現カモン家家臣たちが新年の挨拶をしにカモンの義父殿と俺の元を訪れる。今年からは妻子同伴を申し付けた事もあって挨拶には正妻や側室をはじめとした一家総出でやって来る。

 主だった者の挨拶を受けると夕方からは今年もやってきました、カモン家名物の新年の宴だ!


 最初は食事メインで酒はそれほど出さない。妻子が一緒に新年会に出ているので家長が羽目を外す姿を見せないように配慮する。


「本日はよく集まってくれた。今のカモン家があるのも皆の働きによるものである。そして皆が外で働いている間、家を守る妻たちがいるからだ。今日は皆の妻子もこの宴に招いている。今日を契機に日頃家を守る妻たちを慰労し、夫婦仲睦まじく多くの子をなして欲しい」


 俺が宴会前の口上を述べると目に涙を浮かべる女性陣。男どもは俺の言っている事が分からないと言うわけではなく、妻子の手前威厳を保つのに必死なのだ。


「今日は男どもは置いておいて、女性陣に日頃の感謝の念を込めてこの酒を贈ろう。飲めぬ者は無理に飲む事はない、その場合は男が飲んでやれ」


 女性陣用の酒はやや黄みがかった色で盃ではなくガラス製のクリスタルのように透明なグラスに注がれた物が配られる。


「その酒は自生していた山葡萄から私が創り出した物で葡萄酒ワインと言う。まろやかな舌触りが特徴の酒だ、気に入ってくれると嬉しいのだがな」


 そう言って俺はアズ姫とソウコをはじめとした女性陣全員に酒が渡った事を確認する。

 女性陣はワインよりワインが注がれている透明なグラスに目を奪われているようで所々で驚愕の声が上がったり「こんな貴重な物で飲めませぬ」などの声が上がる。


「そのグラスは女性陣へ贈ろう。日頃の感謝の印だ」


 女性陣からだけではなく男性陣からも声が上がる。この世界ではまだグラスは珍しく高位の貴族でもこれだけの透明度のガラス製品を持ってはいない。

 つまり売りに出せばどれほどの金額が付くかも分からぬガラス製品を贈ろうと言うのだ、手が震えている者も中には居る。


 何とか女性陣の乾杯も済み、楽しく宴が進む。食事も進み幼子が眠気を覚える時間になるとアズ姫がソウコや妻子たちを引き連れて下がっていくとここからが毎年恒例の大新年会となる。俺とカモンの義父殿の前に行列ができ一通りの酒を受けた義父殿は意識を失う。予定通りだ。

 俺と義父殿に注ぐ為の酒だけが消費されていく。


「ソウエモン、子供たちはどうだ?」

「剣の才を持つ者が四人ほどいるな。他にもその四人ほどではないが太刀筋が良い者が何人かいるぞ」

「そうか、お前のお眼鏡に適う子がいるか」


 元冒険者で元奴だった何時も憮然としているソウエモンが少し楽しそうに話す。こいつ意外と子供好きらしい。


「さてと……」


 俺が話を変えると、場の雰囲気がピキリと緊張に包まれる。


「例の物を」


 小姓が抱えて来た大盃おおさかずきが二つ。昨年は四升の盃だったが飲み干されてしまったので三升の大盃と五升の特大盃とくだいさかずきを用意した。三升も用意した俺って優しいだろ?


「この三升の大盃を飲み干した者には『六鋼板当世具足』を与える」


 皆が息をのむ。俺はそんな家臣たちを見回し勿体付ける。


「・・・そしてこの五升の特大盃を、飲み干した者には・・・昨年討伐した魔物の骨から創った・・・『熊太刀』を与える!」

『っおぉぉぉぉぉ!』


 あの巨大な熊の魔物の骨を削り鍛え上げた太刀。『ミズホ鋼の太刀』よりも遥に高い能力を持つ逸品だ。

 今年の新年会では『熊太刀』が与えられると事前に情報を流しておいたので新年会が始まる前から皆がソワソワしていた。

 ソウエモンもこれが目当てでやってきているのだろう。


 今年はアズマ家の家臣が居ないのでヒョウマやクロウは居ないが、キザエモンが居るし元冒険者のソウエモンも参加している。

 大盃も特大盃も常識がある者は挑戦する事はないが、今年は一振りで城一つを建てるよりも金銭的価値がある『熊太刀』が景品となっている事で皆がシラフに近い状態で『熊太刀』争奪戦を見ようと酒を控えていた。


「先ずは大盃に挑戦する者は居るか?」


 皆自分の酒量を把握しており、特大盃どころか大盃にも挑戦する者は少ない。居ないようだ。

 それもそうだろう、『熊太刀』争奪戦を見る為には大盃に挑戦して飲み潰れるわけにはいかないのだ。


「なんだ、誰も居ないのか?」


 シーンと言う擬音がしっくりくる。

 皆『熊太刀』に目の色を変えている。仕方がないから真打を出すか。本当はもっと後に登場予定だったんだけどな。


「ならば特大盃に挑戦する者は居るか?」


 ゾクッとするほどの殺気が飛び交っている。誰が最初に挑戦するのか皆が固唾をのむ。

 バンッ、と床を踏み鳴らす音がしたのでそちらに視線を向ける。ソウエモンだ。


「挑戦させて貰おう」

「ソウエモンか、他の者は居らぬか?『熊太刀』は一振りしか用意できないのでな、挑戦者が複数居た場合は公平に順番を決めて挑戦をしてもらうぞ」


 俺の声に押されるように更に二人が進み出て来た。一人は言わずと知れたキザエモン。そしてもう一人はザンジ・オオツキ、『熊太刀』の材料となった熊の魔物を巧みに誘い込んで落とし穴に嵌めた武将だ。


「この『熊太刀』の争奪戦に相応しい顔ぶれだ。ではこれを引くが良い」


 俺はコヨリの先だけ出して三人に向ける。


「赤色を引いた者が最初の挑戦者だ」


 三人はそれぞれに顔を見合わせコヨリを掴む。そして俺が手を開けると赤い先っぽが見えた。


「うむ、先ずはソウエモンだな。ソウエモンがここで飲み干したならば二人は『熊太刀』を諦めてもらう。良いな」


 キザエモンとザンジが頷きソウエモンの前に置かれた特大盃に三人がかりで酒が注がれる。

 四升の盃の時も厳しかったが、五升となれば一人では持ちきれないのでソウエモンには二人の小姓が補助として付く。


「いざっ!」


 ソウエモンが気合を入れて盃の酒をグビグビと喉に流し込んでいく。今思ったけどこれでソウシンが急性アルコール中毒とかでポックリ逝ったら、前世だと有罪に成りかねないが逃げ道は用意している。だって強制なんてしてないもん。

 順調に飲み進むソウエモン。半分ほど飲んだ処で勢いが止まる。だが、目はまだ諦めておらず貪欲な視線が『熊太刀』を見据える。再び喉を動かすソウエモン、残り二升、一升半、・・・一升・・・・ドタンッ。

 盛大にぶっ倒れたソウエモン。


「次はどちらが挑戦するかな」


 小姓たちがソウエモンを引きずって行く。それを見送り再びコヨリを握る俺。

 コヨリによる抽選の結果、次のチャレンジャーはゼンジだ。ゼンジの前に特大盃が置かれ酒を注いでいく。


「ゼンジ。思い残すことはないか?」

「殿、某は死にに行くにあらず、生きて『熊太刀』を手に致しまする!」


 初めてこの大宴会に出席するゼンジはこの盃の恐ろしさをこれから嫌というほど味わうだろう。


「しからばっ!」


 勢いよく喉に流し込んでいく。ここまでは誰でもできる。残り四升半で顔色が変わってきた。幾らなんでも早過ぎじゃね?


「どうしたゼンジ、ここで終わりか?」


 呷る俺。ムキになるゼンジ。しかしゼンジは二升を飲んだあたりで盛大に特大盃をひっくり返しぶっ倒れた。次回は三升を目指して貰おう。挑戦したらだけどね。


「やはり真打は最後に登場か?」


 ゼンジが盛大に特大盃をひっくり返し三升ほどのミズホ酒で濡らした床を小姓たちが総出でふき取り犯人であるゼンジを乱暴に引きずって行く。その気持ち分かるぞ。

 そして登場したのはカモン家の酒豪ナンバーワンと誰もが認めるキザエモンだ。俺を除いてね。


「殿、いくら『熊太刀』を手放したくないとは言え五升はやり過ぎでは?」

「宴会の余興が盛り上がれば良いのだ!」


 キザエモンは飲む前に息を深く吸い込み、そして吐き出す。

 ゴクゴクと喉を鳴らし飲み進む。三升を過ぎたあたりで少し休憩を挟む。苦しそうには見えないのでキザエモンらしく緻密に計算して休憩を挟んだのだろう。

 更に飲み進み最後の一升、ここからは気力で飲むしかない。酒じゃなくてもこれだけ飲んだら凄い事だがキザエモンは決して諦めてはいない。まだ目に光があり強い意志を感じる。


「よくやった!『熊太刀』はキザエモンに与える!」


 特大盃を飲み干したキザエモンは虚ろな目をしているが、それでも飲み干したのだ。約束通り俺は『熊太刀』をキザエモンに手渡す。ワ国広しと言えども『熊太刀』ほどの太刀を持っているのはキザエモンしか居ないだろう。


 

 

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