第38話
ロイド歴三八八七年一〇月
キョウサの国に戻って直ぐにキシンから書状がきた。
書状にはビハリの国のサトウ家が兵を国境付近に集めているので援軍を頼むと言うものだった。
ビハリの国はミズホの国の東にある国で前世で言う尾張とか愛知県とか言われている地域だ。そのビハリの国を治めているサトウ家が兵を動かしているのでイゼの国を押さえて欲しいと書いてある。
イゼの国は前世では伊勢とか三重県とか言われる地域でイゼの国はニシバタケ家が国守だがサトウ家が北部地域を支配しておりそちらからも進軍して来る可能性があるのでサトウ家を後方から押さえて欲しいとの事だ。
ここは旧ハッカク家の家臣たちに出兵を指示するとしよう。旧ハッカク家の家臣たちは領地替えなどでアワウミの国の南部に領地を固めておりイゼの国との国境に近い土地を治めているので丁度良い。
戦力的には五〇〇〇ほどにはなるはずなので押さえ程度ならば問題はないだろう。
俺は直ぐに旧ハッカク家の家臣たちに出兵を指示し、それから後方支援として湖桟山城のコウベエ・イブサにも指示を与える。
旧ハッカク家の家臣たちも上手く行けば知行地を増やせるので奮起するだろう。
そしてコウベエには以前より懸案であったイドの国の調略を進めさせよう。イドの国は前世で伊賀と言われた国で幾つもの忍の家が存在しているので取り込んでおいて損はないだろう。
そしてそんな中、とうとうアズ姫が産気付いた。
俺に出来る事はないが、それでもいても立ってもいられないので館の中の執務室でウロチョロする。初産なのでハルが万全の体制を整えてくれているが心配は尽きない。
俺の初めての子だ。キシンやカモンの義父殿、ホウオウの義父殿は男子をと言っているようだが、無事に生まれて来てくれさえすれば男でも女でもどっちでも良い。
産気付いてから三時間ほど過ぎた。未だ産声は上がらない。子は、アズ姫は、大丈夫なのだろうか?
四時間が過ぎた、まだ生まれない。やきもきする。
五時間が過ぎた頃、生まれたと報告があったので直ぐにアズ姫と子の所に行く。
俺が部屋に近づくと侍女が障子を開ける。中ではハルが嬉しそうに俺を迎えてくれた。
「おめでとう御座います。元気な
「そうか!それでアズ姫は?」
「はい、アズ姫様もお元気です。今は疲れて眠っておりますが後程お声をおかけ下さい」
初めての出産で疲れ切ったアズ姫は子に初乳をあげたらそのまま眠ってしまったそうだ。生まれた子は乳母が面倒を見ている。その子を俺に見せてくれた。
小さい。これが俺の息子か。髪の毛も薄くシワクチャな顔で決して見た目が良いとは思えないが、それでも愛おしいと思える。正に天使だ。
ロイド歴三八八七年一一月
ミズホの国のアズマ家とビハリの国のサトウ家が国境付近で激突したと報告があった。イゼの国から出兵しようとしていた四〇〇〇の兵は俺の命令で出兵した旧ハッカク家の家臣たちが押さえた事もあり、キシンはビハリの国の兵に全戦力を向ける事ができた。
「して、戦況は?」
「は、初戦でビハリ勢を撃ち破ったミズホ勢は勢いに乗って追撃を行い、御牧城付近に攻め上っております」
「ふむ、援軍は必要か?」
「今向かっても主だった戦いは終わっておりましょう、それに良い顔をしない者も多かろうと存じます」
ゼンダユウをはじめとするフジカネ派の顔が頭に浮かぶ。あいつら俺がカモンの名跡を継いでキョウサとアワウミを治めているからってアズマ家をフジカネに継がせようと躍起になっていると聞く。
ただ、最近ではフジカネも落ち着いて来ており癇癪も起こさないようだし、書物を読み脳筋状態から脱却しつつあると聞く。このまま良い方向に成長してくれれば俺もフジカネがアズマ家を継ぐのに反対はしない。あれでも俺にとっては血を分けた弟なのだし。
「そうか、それでイゼの状況は?」
「イゼ方面は一進一退の攻防を繰り広げております。寧ろこちらに援軍を向かわせる方がアズマ家に対しても角が立ちませんし、イゼを押さえる事でアズマ家の援護となりましょう」
「なるほどな。で、援軍は誰に任せるが良いか?」
「……オオツキに兵五〇〇〇を与え援軍に向かわせましょう」
シゲアキは暫し黙考し、ザンジ・オオツキを推薦した。
ザンジ・オオツキは熊の魔物討伐で良い働きをしたので褒美として加増し今は傭兵の訓練を任せている。
「コウベエ殿もおりますれば、きっと良き結果となりましょう」
「うむ、それで良い。直ぐに手配を」
シゲアキは一礼し俺の執務室から出て行く。
さて、タケワカの顔でも見に行くとするか。タケワカとは先月生まれた俺の息子だ。もう可愛い過ぎてたまらんわ。
それからアズ姫はタケワカを生んだのを機に皆から「お方様」と呼ばれ始めた。俺にとって「お方様」はコウちゃんのイメージが強いので俺は今まで通りアズ姫で通している。
「タケワカは起きておるか?」
「先ほどまで起きておりましたが、今しがた寝てしまいました」
残念。でも寝顔も可愛いから良いけどね。
寝ているタケワカの頬っぺたをつんつんすると柔らかい感触が指先に感じる。これが俺の息子なのだ。
「体の方は大丈夫なのか?」
「はい、最近は気分も良くタケワカと過ごす時間も増えました」
アズ姫はタケワカを生んで暫く寝込んでいたが最近は起き出してタケワカと過ごせるまでに回復している。
アズ姫は寝込んだ理由は出産時の出血が少し多かったと言うことだったので、大事を取って休ませていたのだが流石に一月もすると元気になっている。
ロイド歴三八八七年一二月下旬
イゼのサトウ家を攻めていた旧ハッカク家の家臣たちとザンジ・オオツキは無事にイゼの国の北部を切り取った。アズマ家とサトウ家が御牧城付近で激戦を繰り広げていた為にサトウ家の援軍が見込めないのとザンジ・オオツキが五〇〇〇の兵を従えて援軍として到着したのが決め手だった。戦力差が倍以上になったことで防衛を早々に諦めサトウ家は撤退したのだ。
旧ハッカク家の家臣で戦功を挙げたガンモ家とジンドウ家、それとドウドウ家の三家は旧領を召し上げる代わりに切り取ったイゼの国に領地を与える事にした。
ガンモ家は三倍、ジンドウ家も三倍近く、ドウドウ家は倍チョットの石高となったのでハッカク家が滅ぶ以前の石高以上に回復している。
それとザンジ・オオツキも戦功を挙げているので知行地を増やしている。
「ニシバタケも愚かなことを」
新たにカモン家の領地となったイゼの国の北部地域。イゼの国はニシバタケが国守であるので横領した地を返せと言ってきている。
俺としては既に家臣に褒美としてイゼ北部の地を与えているし、仮に家臣に領地を与えていなくてもニシバタケにイゼ北部を渡す気はない。欲しければ自分で取り返せば良かったのだ。
アズマ家がサトウ家と戦をする前に自分たちで取り返しておけば俺もイゼの国に兵を出す事はなかったのだから。
「ニシバタケの言い分に耳を傾ける必要は御座いませんが、そうなるとニシバタケも黙ってはおりますまい」
「兵を出すと言うのか?」
「その可能性は御座いますが、先ずは王や他の十仕家にイゼの国の国守として彼の地の領有の正当性を主張するのではないでしょうか」
「では先手を打っておくか?」
「そうですな、イゼ北部の半国守に任じて頂くのが宜しいかと」
イゼ北部はサトウ家がここ二〇年ほど領有しておりニシバタケはそれを放置しカモン家の親族であるアズマ家に対し出兵するところだったのでこれを討ったと主張し、カモン家が動いたのはニシバタケに非があるのでカモン家がイゼ北部を領有する事を認めて欲しいとして国全体ではなく一部の地域の支配権を持つ半国守を要求すると言うのがシゲアキの案だ。
早速カモンの義父殿に動いてもらう事にした。
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