宗教と畿内騒動と……
第36話
ロイド歴三八八七年七月
キザエモン・主計頭・ロクサキ
若がカモン家の家督を継いでアワウミとキョウサ、そしてセイレンの国守となった事で私も城持ちとなる事ができた。
もう若とは呼べぬな、今のソウシン様は十仕家のカモン家当主であり、左近衛大将様なのだから。
しかもご自分の才覚だけで今の地位に上り詰めた稀代の英雄だ。
そんな殿にも頭の痛い事はある。
今はその頭痛の種が殿の前に座っている。
「左大将様におかれましてはご機嫌麗しゅう」
殿の機嫌は麗しくない。こいつが現れるまでとは間逆だ。
「西城上人も変わりなく何よりです」
この西城上人なる年寄りは京の都にほど近い元坂という地を本拠地とする炎暦寺という寺の門跡で天満宗と言う宗派の最高位の人物でワ国全域に渡り数十万の門徒の頂点だ。
西城上人は先ずは世間話をし出す。いきなり本題には入らない。殿も当たり障りなく対応する。
顔には出してはいないがイラついているのが分かる。
「左大将様にお助け頂きたいのです」
西城上人が本題を切り出した。
話の流れから元坂の港の荷量が減少しており困っている様だ。
「ほう、元坂港よりの税が?」
「はい、元坂の荷量が減っており町の者の仕事が減っております」
元坂の地はアワウミの国の一部なので本来であればアワウミを治めるカモン家が税を徴収する権限を持っている。が、何事にも例外はある。
その例外が元坂なのだ。
「西城上人におかれては私にどうされよと?」
アワウミの国守となった殿は炎暦寺と不可侵の約定を交わしており炎暦寺どころか元坂に関しても手出しが出来ない。炎暦寺に自治権を持たせているのだ。
そしてその約定を交わす時にはカモン家の所領では関所を廃し関税を取らぬ故、元坂も関税を撤廃するように要請したが断られている。寺社、特に権力を持った寺社は荘園から信じられないほどの税を取り立てていることがあるが、炎暦寺も御多分に洩れない。しかも元坂は北陸からの物資を京の都に運搬する時の荷揚げ拠点となっていた港なのでその利益は膨大だ。
だが、殿が元坂の近くの港を拡張し京の都までの道路整備を行ったので関税を取る元坂はあっと言う間にさびれてしまった。
「カモン家でも関税をかけて頂きたいのです」
何ともフザケタ言い分である。
そもそも関税が減少するのは分かっていたので、その補填として金一万五千カンを毎年炎暦寺に寄進するので元坂を始めとするアワウミの荘園をカモン家に返還してほしいと頼んだ。しかし炎暦寺はその申し入れを断ってきたのだ。
金一万五千カンと言えば五万石程の所領から得られる税(三万石分)の米を全て売り払って出来るほどの大金だ。炎暦寺にはカモン家以外からの寄進もあるだろうし、実質的な実入りはその倍にもなろうに、よほど今まで搾取してきたのだろう。
「荘園をカモン家にお返し頂ければ以前提示させて頂いた条件の寄進をしますが?」
「それは今でもお断りさせて頂きます」
話にならんな、殿は表情は変えて居らぬが内心では腸が煮えくり返っているはずだ。
「関税の撤廃は当家の政策の柱であります故、申し訳ありませぬがご要望にはお応えできかねます」
「如何あっても、ですかな?」
殿は首を左右に小さく振り、溜息を吐く。西城上人も同様に溜息を吐く。
西城上人はそれ以上何も言わずに帰って行かれたが、これは波乱の予感がする。
「キザエモン、タナカ衆に炎暦寺から目を離すなと申し伝えよ」
「畏まりました」
殿は炎暦寺だけではなく全ての宗派において仏の教えを信じていない節がある。対して神に関しては何やら思う所がある様に見える。
しかし神社仏閣共に分け隔てなくかなり寛容な対応をされている。
だが、敵対すれば容赦なく根切りするだろう。
殿は常々民草を心の安寧のために宗教は存在するのであって、その宗教が武力を持ち戦いに人々を誘うは存在意義を自ら放棄したに等しい、と仰っておいでなのだから民草を争いに誘う者どもには容赦しないだろう。
ロイド歴三八八七年八月
嘉東港が盛況だ。常に船が出入りし荷物がひっきりなしに船から降ろされていく。
城の普請も順調で嘉東港を見下ろす高台の上に城郭が築かれていくのが分かる。
アズ姫のお腹も順調に大きく成っている。侍医は順調だと言っているがそれでも心配だ。
「殿、乳母をそろそろお決めになりませんと」
「良く分からんからハルが決めてくれ」
「何を仰いますか!」
目くじらを立てて怒られてしまった。ハルが言うには乳母は生まれて来る子の最初の家臣であり幼い頃の養育者であるので下手な者を乳母にするわけには行かないらしい。
だから真面目に考えろと言われた。
それに男児用と女児用に候補者を何名か選んでおいて、生まれて来た子の性別や才能によって最終的に乳母を決めるそうだ。
「キザエモン、最近子を産んだ者を集めてくれ」
「家臣の中からだけではなく、他家の者も呼ばれますのが宜しいかと存じますが」
「うむ、家柄はそれほど気にする必要はない。我が子に愛情と情熱を注いでくれる者を集めてくれ。私が面談を行う」
「畏まりました」
一五日ほどして集められた乳母候補と面談する。何と二一人も集まっていた。
その中から三人、最終候補として残した。
一人目は京の都のカモンの義父殿の推薦で、長年カモン家に仕える家の者なので京風の礼儀作法に明るい。
二人目はミズホの頃からの家臣の嫁で三人の子を産んでおり子育てはお手の物で豪快な性格で肝っ玉かぁちゃんって感じだな。
三人目はホウオウの義父殿からの推薦でミナミ家の元家臣で今はホウオウ家に仕えている者の嫁で、俺が言うのも何だが可成り逞しい体型をしている。
生まれて来る子が女の子であれば一人目、男の子であれば二人目か三人目を乳母にしようと思っている。
そんな事に頭を悩ませていたら京の都から早馬がやってきた。
「魔物が人里を襲っているだと!?」
「昨年までの戦乱で冒険者が少なくなっており魔物の討伐が間に合っていない様です」
「未だ冒険者が戻って来ておらぬのか?」
「はい、一度腰を落ち着けてしまえば京の都に戻る必要はないようです。更に上位の冒険者でありました『巨人の剛腕』が冒険者を引退しておりますれば」
つまり俺にも責任の一端が有るわけか。『巨人の剛腕』は今や俺の直臣として孤児や奴隷の子供たちの教師をしているからな。
京の都の守りについているコウザン・イブキからの報告では魔物の生息域であるヤマミヤの国とアワウミの国そしてイドの国の三国の国境に近い山岳地帯からヤマミヤの国方面に魔物が流出しているそうだ。
このヤマミヤの国は京の都がある国なのでコウザンからの報告があったのだ。
魔物を見てみたいので俺も現地入りをしようと思う。
身重のアズ姫を残して出兵するのは心苦しいが、魔物を見る機会など滅多にないので好奇心が勝ってしまう。
「兄様!ソウコもお供します!」
「・・・」
鉄砲を肩に担いだソウコが俺の前で仁王立ちする。
「私の傍から離れないと約束できるのなら連れて行こう」
「っ!します!約束しますので連れて行って下さい!」
ソウコも一四歳で分別の付く歳になっているし、何よりソウコの鉄砲の腕前は家中随一だ。【狙撃手】は伊達ではない。まぁ、俺の傍に居れば俺の結界で守る事もできるし大丈夫だろう。
ダンベエとエイベエのイズミ兄弟と兵五〇〇を率いてキョウサの国からアワウミの国に入りアワウミを船で南下し湖桟山城に入る。
ハッカク家の本拠地でシゲアキ・マツナカが指摘した攻め易い城を払拭するべく今はコウベエ・イブサの指揮の下、改築が施されている最中だ。
そこで兵五〇〇を追加し、総兵力一〇〇〇でヤマミヤの国の宇治田を目指す。現在この宇治田で魔物を防いでいるのだ。
宇治田までは特に何もなく到着した。
幾重にも張り巡らされた馬防柵と土嚢が何ヶ所も破壊されているので補修作業がそこかしこで行われていた。
「態々御体をお運びにならずとも某にお任せ下されば宜しいものを・・・」
コウザンは俺の姿を見て苦虫を潰した。危険な前線に出て来るなよ、と言いたげだ。
「そう言うな、右衛門。新型の鉄砲を持ってきたぞ。旧式では威力がなく魔物に軽傷しか与えられないだろ?」
「新型の鉄砲は有り難いのですが、このような場に三ヶ国の国守たる殿がお越しにならずとも」
「生きた魔物を見れる機会など滅多にないのだ、来ないわけには行かんだろ?」
「左衛門殿(ダンベエ)、兵部殿(エイベエ)、御止するのが貴公らの役目であろうに・・・」
「申訳ない、こうなった殿を御止する事は叶わず、故に我ら兄弟の身命に代えてもお守り致す所存」
二人もそうだが、キザエモンやシゲアキ・マツナカにも反対された。だが、それでも俺は魔物が見たいのだ!
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