第37話

 


 ロイド歴三八八七年八月下旬


 宇治田に布陣して直ぐに魔物の姿を拝むことができた。

 遠くから姿を見た限りは熊にしか見えないが、魔物は体の大きさや力が比較にならないほどになっており、そして何より生命力が半端なく高いのだ。

 だから望遠鏡では分かりずらいが近付くとそのおどろおどろしい威容に人間は圧倒されてしまう。


「兄様、あんな化け物がこのワ国にはいるのですね」

「ああ、俄かには信じ難いが、あれで中程度の魔物なのか?」

「はい、山奥にはもっと上位の魔物が存在します」


 コウザンは双眼鏡をのぞきながら話している俺とソウコに簡単に説明をしてくれる。

 しかし四足歩行している状態でも体高が五メートルはある熊型の魔物が中程度の強さだと言うことに驚いた。上位の魔物になるとどれほどなのか、想像しただけでゾクゾク、そしてワクワクする。


「今回は殿がお持ち下さった中筒を使いまする。中筒の十字砲火を浴びせれば如何に屈強な魔物と言えどひとたまりもありますまい」

「素材はできるだけ回収したいのでハチの巣にするのは避けて欲しいのだがな?」

「無理を言われますな。あの化け物を倒すのに手加減などできる筈が御座らん」

「言ってみただけだ……ちょっとだけ気に留めておいてくれ」


 溜息を吐くコウザンを横目に再び双眼鏡を覗く。

 そろそろ魔物の誘い込みが終わり新型の中筒の十字砲火の射程に入る。中筒は通常の鉄砲に使われる鉛玉をミズホ鋼の玉に変え更に口径を二〇ミリにしているし砲身も一・五メートルと長くしているので威力がこれまでの鉄砲よりも大幅に上がっている。

 そして、発砲時の衝撃に耐える為に砲身もネオミズホ鋼にしやや肉厚にしているので重量も跳ね上がっており、補助用の三脚がないと狙いをつけるのが難しい重さにもなっている。

 イメージとしては対戦車ライフルだ。

 因みにネオミズホ鋼と言うのは今までのミズホ鋼とタングステンの合金になる。ミズホ鋼と同じ体積でも重量が重くなるが硬度も向上しているので高威力となる今回の中筒以外にもヘル・シップなどに搭載している大筒にも採用している。


 熊の魔物は兵を見ると立ちはだかる馬防柵を物ともせず破壊して兵を喰らおうと迫る。それを巧みにいなし被害を最小にしながら巧妙に熊の魔物を誘い込む。


「うむ、見事な采配だ」

「指揮をしておりますは、ザンジ・オオツキに御座います。今までの戦いで被害を最小にできておりますのもあの者の指揮能力故に御座いまする」


 ほう、優秀な男のようだ。どれどれ……なるほど一九歳と若いが非常に有用な職業の持ち主のようだ。

 見事に熊の魔物を誘導するザンジ・オオツキ、そしてそのザンジ・オオツキを援護するエイベエの罠がさく裂する!

 ドスンッと轟音と土埃を立てて地面の中に熊の魔物が消える。あれは落とし穴だ。【罠士】であるエイベエの面目躍如である。

 罠にかかったとは言え、タダの落とし穴なので熊の魔物にあまりダメージはない。土埃が収まって行くと落とし穴の中で体勢を整えた熊の魔物がその後ろ足で立ち上がり上半身が穴からニョキッと生えている状態だ。

 二足で立ち上がれば一〇メートル以上になるであろう熊の魔物の上半身、恐らくは三メートルほどが見えている状態だ。つまりエイベエは七メートルほどの深さがある落とし穴を掘ったのか、一種の空堀だな。


 後方に控えていたエイベエが何やら叫んで右手を振り下ろすとダダーンッと轟音が響く。

 双眼鏡の向こう側には顔の一部が消し飛んで上半身のあちこちから血を吹き出し絶叫と言って良い悲鳴を上げる熊の魔物の姿がある。その絶叫は安全な場所で観戦している俺たちの耳にも突き刺さる様に届く。

 更に続く一方的な蹂躙は熊の魔物が動かなくなってやっと止んだ。


「今までの鉄砲では掠り傷程度しか与えられなかったのですが、中筒の威力は素晴らしいですな」

「中筒が魔物にも威力を発揮するのが分かって良かった。二〇丁を与えるので魔物の押し込めに上手く使ってくれ」

「はっ、有難うございまする」


 既存の鉄砲の射程と威力を向上させろと鉄砲鍛冶師に命じたら出来上がってきた中筒。採算度外視の試作品をそのまま一〇〇丁つくらせておいて良かった。


 熊の魔物は顔の半分が消失し更に上半身は穴だらけの状態でも辛うじて息は有った。恐ろしい生命力だ。


 最後には【剣闘士】の職業を持っている者が首を切り落とし止めを刺す。

 横を見てみると初めての戦闘を目の当たりにしたソウコが顔面蒼白となっている。相手は人間ではないがそれでも戦闘を初めて見たのだ無理もない。


「これが戦いだ。あの熊を殺さねば我らが殺される。戦場とはそういう所だ」

「……」


 これでソウコが鉄砲を扱えなくなっても良い。戦の怖さを知って尚鉄砲を扱うのでも良い。要はソウコが戦を舐めて自滅しなければ良いのだ。その為に今回連れて来たのだから、よく考えどうするかソウコ自身が決めれば良い。


 魔物は捨てるところがないと言われる。肉は食せば美味いだけではなく滋養強壮効果があり、内臓も色々な効果があるし、血だって貴重なポーションの材料になる。

 だからその場で巨大な体を解体することになる。冒険者であればこの様に全ての素材を持ち帰ることはできない。魔物を解体し高額な部位を持てるだけ持って帰るのが精一杯なのだ。それでも高額な報酬が期待できるのだ。

 今回は魔物を倒す為に投入された一〇〇〇人以上の兵が居るから出来る人海戦術で、残さず魔物の素材を持ち帰る。







 ロイド歴三八八七年九月


 キョウサに戻る前に京の都の屋敷でカモンの義父殿を訪ね、その数日後には熊の魔物の肝を献上する為に王に謁見した。熊の魔物の肝は薬として珍重されており肉よりも遥に滋養強壮効果が高いと言われている。

 王はたいそうお喜びになり俺にイドの国の国守を贈ってきた。このイドの国はハッカク家が国守をしていたが、ハッカク家が滅んで以降は空席になっていた。だからか俺に与える褒美として丁度良いと思ったのだろう。国守を贈れば俺が喜ぶと思っているらしい。


 また冒険者ギルドの代表者が御所に呼び出され今回のように魔物が人里を襲うことが二度とない様にと関白からお叱りを受けた。これは王の意向を受けたことによる叱責であり、次は無いぞと言う意味を持つ。

 つまり次に魔物が人里を襲えば冒険者ギルドの独立性は保たれないということだ。

 魔物が人里を襲ったのが王の御膝下であるヤマミヤの国のことだったので特に重く受け止められたようだ。


 イドの国は複数の勢力が分割統治しており土地は瘦せお世辞にも裕福な国とは言えない。だから国力も一二万石ほどしかなく最大勢力の国人でも三万石程度の石高しかない。

 このように決して豊かではない土地柄ではあるがイドの国の国人はその特殊な能力を使い外貨を稼ぐ。

 ハッカク家が滅んでからはどの勢力も半独立状態で国人間で勢力争いが起こり始めていると聞いている。


「また面倒な地の国守に任命されたでおじゃるな」

「王は国守を与えれば私が喜ぶと思っておいでのようです。困ったものです」

「王は良い意味で世間知らずなのでおじゃる」


 任じられてしまったものは仕方がない。国守になったからと言ってイドの国にまったく勢力のない俺が国人間の争いに割って入るのは得策ではないので暫くは放置することにした。あくまで暫くのことだ。


 王と謁見した翌日にはレイセンの境の町の有力商人たちとの面談が行われた。

 日本最大の港町であった境は現在俺の勢力下にある。俺は国内の取引に関しては多くをミズホ屋とイズミ屋を始めとした嘉東港に店を構える商人たちに任せているので境の商人とはこれまで深く関わっていない。

 境から齎される富をミナミ家から引き離すのが目的なので特別境の商人と蜜月状態になる必要もないし無下にすることもない。


「左近衛大将様におかれましてはご機嫌麗しく、我ら境商人一同お喜び申し上げます」

『お喜び申し上げます』

「うむ、皆も息災で何よりだ」


 境商人の集団は総勢一二人に及ぶ。彼らは境商人の代表格の大商人で実質的に境の町を支配している者たちだ。先のミナミ家との戦いでは多くの資金をミナミ家に提供しており可成りの損を出していると聞いており、勝馬に乗れなかった者たちでもある。


 境商人たちは俺が始めた外国との貿易の噂を聞きつけ、そのおこぼれに預かりにきたようだ。

 大陸には前世で言う上海に船団を送り貿易を行うのだが、嘉東港からだと今までの船なら片道一ヶ月はかかっていた時間がカモン家のヘル・シップであれば大幅に時間短縮できるのだ。

 そして何より俺はワ国の王から正式に貿易の許可を得ており、モグリの貴族商人や倭寇とはわけが違うのだ。


 先日、嘉東港に戻って来た船団が上海へ向かった時には俺の親書を持たせており、上海を治めている国の王の親書を持ち帰っている。

 俺が集めた情報では前世で中国とか呼んでいる国は現在複数の勢力が分割統治している。その中で上海を治めている国は呉国と言うらしい。前世の三国志などに出て来た国名だ。

 今後は北京付近を治めている燕国やもっと南下して香辛料を入手できる国とも貿易をしたいとも思っている。


 話を戻すが、上海へ赴いたカモン家の船団は交易の品としてガラス器、アワウミ産淡水真珠、絹織物、石鹸、乾燥ナマコ、ミズホ酒、麦焼酎を輸出している。

 これらの品は全て俺が創り出した物だが石鹸、乾燥ナマコ、ミズホ酒、麦焼酎は既に俺の手を離れ産業として成立しているし、アワウミ産淡水真珠と絹織物に関しても地場産業として育成をしているので数年後には俺が手を出さなくても輸出できる製品が出来上がるだろう。

 ガラス器だけは俺が創り出しているが、量としては多くない。輸出品の中ではアワウミ産淡水真珠、絹織物と並び高価な物になるのでドル箱だ。

 これらの商品については家臣の家にも金を落とす為に幾つかの権利を与えている。


 対して輸入する品は磁器や金・銀・銅だ。磁器は輸入すれば飛ぶように売れるし金・銀・銅は国内でも希少価値が高い金属として認識があるので鉱山を持たないカモン家としては外国から輸入することで国内の金銀銅相場のイニシアチブを握っておこうと言う意図があるし、何よりワ国の金銀銅を輸出する気はない。

 特にワ国の銅は純度が低く不純物が多く混ざっているのだが、実を言うとこの不純物が重要で銅よりも貴重な銀や金が少量混ざっているのだ。

 つまり国内の銅、特に銅貨は輸出するより一度俺の元に集め金や銀を抽出して銅として領通させる方が俺的には儲かるのだ。

 だからその内にカモン銅貨なんて作って流通させてやろうかとも思っている。


「嘉東港で荷揚げされる外国の品々を我らにも扱わせて頂きたいので御座います」


 嘉東港を造る時に境商人にも当然出資の打診をした。それに応えずに美味しい思いだけしたいとこの者たちは言う。この様な厚顔無恥な者たちに俺はどう対応すれば良いだろうか?


「嘉東港で荷揚げされておる他国の品々は持ち株比率によって分配しておる。嘉東港の普請に出資して居らぬ者に分配するは約定を違えることとなる。その方らは私にそのような不義理をしろと言うのか?」

「いえいえ、私どもは左近衛大将様の船を境の港にも寄港させて頂ければと、お願いに上がった次第で御座います」

「それは難しいな。境の港では喫水が不足しておる故、寄港できぬ。私が嘉東港を築いたのもその問題故だ」


 喫水とは水面下にある船体の深さのことなのだが、日本の港ではヘル・シップを寄港させれるだけの水深が確保されていないのだ。大型船にすればするほどこの喫水は深くなる傾向にある。

 だが、嘉東港を築いた理由はヘル・シップの喫水ではない。嘉東港を築き始めたころにはまだヘル・シップの喫水の問題は上がっていなかったのだ。しかしワ国のどの港でも水深が浅くヘル・シップが寄港できる港がないのも事実で、本当は九州の博多あたりに寄港できる港が欲しいと思っているのだ。

 話を戻すが、本当のことに嘘を混ぜれば真実味が増すことから境商人たちにこの様な話をしている。


「もっとも私が境商人の言うことを聞く義理もないしな」


 境商人はミナミ家に資金援助を行い王に歯向かった。その境商人を直ぐに許せば王は良い顔をしないだろう。何れは許すにしても一年も経っていない現状で何のペナルティーも科して居ないだけでも有難く思って貰わねば。


「その方らは王に逆らったミナミ家に資金援助をしていたのだ、罰を与えられても文句は言えぬ処を現状維持で済ませておるのだ、あまり欲張るでない」


 苦虫を潰していた境商人たちの顔から血の気が失せる。

 これ以上は藪蛇と喰い付いては来ないが、皆が納得しているわけではない。この一二人の中からどれだけの商人が俺に臣従し、どれだけの商人が敵対するのか、注視する必要があるな。


 

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