第33話

 


 ロイド歴三八八六年一〇月下旬


 ニバの四家が動いた。秋の収穫を終えて直ぐにニバの国と隣接するセツの国へ八〇〇〇の兵で進軍したのだ。

 それに呼応しカモン家も兵を出す。兵力は八〇〇〇〇、ヤマミヤの国に二〇〇〇〇を駐留させ、二〇〇〇〇を四家の援軍として向かわせる。残った四〇〇〇〇はホウオウの義父殿を旗頭にカワウチの国に向かわせる。


 ミナミはセツの国、レイセンの国、カワウチの国の三ヶ国を治めているが、ニバの四家には二〇〇〇〇の兵を向けカワウチの国には三〇〇〇〇の兵を集めた。


 こちらは兵を分散させており、俺がミナミなら各個撃破を狙うがそれでも戦力不足は否めない。だから地の利を生かしての焦土戦術だが、補給線はそれほど長くないので地の利は有っても焦土戦術はあまり宜しくない。

 こうなる前に王に頭を下げておけば良かったのだろうが、愛娘を失った原因が王家にあることで王に頭を下げたくなかったのだろう。

 家を存続させるか、自分の我を通すか、を選択しなければならないのであれば、俺ならどうするだろうか?当事者にしか分からない葛藤があるだろうが、俺は選択を迫られるような状況を作りたくないな。


 俺は援軍二〇〇〇〇を率いてヤマミヤの国を抜けてニバの国に入る。ニバ四家の当主とは何度か顔を合わせた事があるが由緒正しい貴族の家を誇るだけの男たちだったと記憶している。戦場で指揮など出来ないだろうと思わせる者たちだった。


 セツの国とニバの国の国境沿いの地。連合軍二八〇〇〇対ミナミ軍二〇〇〇〇、数だけを見れば俺たち連合軍の方が上回っているが八〇〇〇は烏合の衆と考えるべきなので戦力には差はない。


「殿、権大納言様がお見えです」

「うむ、御通ししろ」


 キミオキ・権大納言・ヒノコウジ。俺の従姉姫を妻にしている男で、王からのミナミ討伐の勅令を受け予想通り泣きついてきたので金を融通してやった。

 そうすると他の三家も俺にすり寄ってきたので援助をしてやったが、このヒノコウジ以外の三家は俺に挨拶もしに来ない。

 まぁ、官位官職的に俺の方が下なので俺が挨拶に行くのが筋って言われれは筋なんだが、助けて貰う側が挨拶に赴いても良いと思うのは俺だけだろうか?もう少し待って来なければこっちから行ってやろう。


 着慣れない鎧を身に纏う青白い顔の若者が通されてくる。若いと言っても俺よりは年上で二〇代半ばだ。


「左大将殿、久しいですな、変わり無いようでなにより」

「権大納言殿もお変わりなく」


 向き合って座り軽く挨拶をする。


「アッという間にこの様な陣を構築してしまうとは、左大将殿の兵は噂に違わず優秀ですな」


 敵は籠城の構えなので俺は陣を構える場所に雨風を凌げる陣所を築き周囲を馬防柵で囲った。

 四家はその様なノウハウなどないから寺社などに入っている。工兵の重要性を知っているから兵には色々な工事をさせ日頃から工兵の腕を磨かせているのだ。決して兵を遊ばせておくのが勿体ないなどと思っていないのだ。


「我が兵の多くは工兵としての訓練を受けております故」


 何でもない話を少しするとヒノコウジの表情が引き締まる。


「此度の戦いは我ら四家に武功を立てさせようとの王のご配慮であると聞き及んでおります」

「その様に聞き及んでおりますな」

「今回の総大将は関白殿であるが、某は左大将殿の下知に従おうと思う」

「……それでは関白殿が納得されまい?」

「知っておるであろう、関白殿は喜捨寺に入ると毎晩どころか昼からも酒宴に浸っており戦う気は御座らん」


 タナカ衆からの報告で聞いてはいる。戦いもせずに何をしているのかと思う所もあるが、それが作戦なのかもしれない、と思っていた時期もあった。


「他の二家も同じような物で左大将殿が戦うと思っておられる」


 関白を始めとする三家は俺が援助した金で装備を整えたり兵を雇ったりせず自身の快楽の為に使っていると言う愚か者だ。暫くすれば王からお叱りの御内書が届くだろう。


「ニバの国に領地を頂き王へ御恩をお返しするには他の三家と歩調を合わせていては叶いません故、それに某にも野心は有りますからな」

「野心ですか?」

「左様、王の御恩に報いればそれ即ち武功を立てると言うことにて、さすれば今よりも多くの所領を許されましょう」

「その為に私の下で戦うと?」


 顎を小さく下に動かし頷くヒノコウジ。どうやらキミオキ・ヒノコウジは他の三家より少しは使えるようだ。しかし俺は支援を目的としているので、俺の下にヒノコウジ家を置くのは宜しくないだろう。


「なれば権大納言殿を旗頭としてカモン家は動きましょう。勿論、武功によって褒美は貰いますぞ」

「それで宜しいのか?」


 それが目的でこの話を持ってきたのだろ?

 俺も少しは腹芸が分かってきた。アンタらの様な家柄を重んじる人間が俺に頭を下げるにはそれなりの見返りを求めての事だろう。


「旗頭は権大納言殿、実戦指揮は我が家が受け持ちましょう」

「名より実をとると言う事ですな」

「レイセンの国は我が家に、セツの国はヒノコウジ家に、如何でしょうか?」

「ほう……カワウチの国はどうされるのか?」

「カワウチの国はホウオウ家に」

「ふむ、相分かり申した」


 メインはセツの国を攻めるニバ四家で俺は四家の一家であるヒノコウジ家の下で戦う。そしてホウオウ家はカモン家同様支援をとのことだったがカワウチの国のミナミ家をセツの国の援護に向かわせない為にホウオウ家がカワウチの国を攻めると言うのが筋書だ。

 戦った以上はその戦果に応じた褒美は貰いはするけど、働いても居ない奴らに何かを与える気はない。既にニバの国を四家に与えているのだからこれ以上の譲歩はする気はない。


 二日後、ヒノコウジ家が動いたのに合わせカモン家も動く。久賀下くがしも城を中心に防衛用の付け城が九城、その付け城を一つ一つ潰していく。

 そして三日で付け城七城を落とすと、ここで酒宴に興じていた三家が動き付け城の一つを包囲したと報告がある。

 三家が包囲した付け城は付け城の中でも最大規模で何故そこを選んだのか俺には理解できない。何か策があるのか?


 俺とヒノコウジの軍はもう一つの付け城を包囲すると、ここで時間を掛ける。今までの七城は一当て、二当てすると撤退をしているのであまり兵が損なわれておらず、久賀下城と三家が包囲している付け城には多くの兵が詰めている。

 つまり俺たちは無理をして戦うのではなく、この付け城を助けに久賀下城から援軍が出て来るのを待っているのと、三家が痛い目に合うのを待っているのだ。

 ニバ四家は傭兵を二〇〇〇人は雇えるだけの俺の支援を受けている。それに収穫後なので農民を徴兵すれば三〇〇〇人程度は軽く動かせたはずなのにそれをしたのはヒノコウジ家だけだ。他の三家は二〇〇〇人も兵を出していないし兵の多くは農民なので俺が支援した金が奴らの懐にそのまま入っている事になる。

 だから俺は三家には一切武功を立てさせる気はない。寧ろ滅べば良いとさえ思っている。





 ロイド歴三八八六年一一月下旬


 ニバ三家が包囲していた付け城に久賀下城から援軍が向かったとタナカ衆から報告があった。その後の報告でニバ三家は横やりを付かれ瓦解し這う這うの体で逃げ出したと報告が届いた。

 余りにも呆気なく逃げ出したのでミナミ家も士気が上がり俺たちの後背を突くべく動いているそうだ。

 邪魔者は居なくなった。ここからが本番だ。


「後方は私が五〇〇〇の兵で相手をしましょう。残りの兵一五〇〇〇とコウザン・右衛門佐・イブキを残します故、権大納言殿には城攻めをお頼み申す」

「相分かり申した!」


 ヒノコウジは自分の兵と俺の兵一五〇〇〇で付け城を攻め始めた。そのドサクサに紛れ俺は五〇〇〇の兵を迂回させ後背を突かんとしているミナミ軍に待ち伏せを仕掛けた。


「はなてぇぇっ!」


 エイベエの合図でミナミ軍に鉄砲が放たれる。それと同時にゼンジも弓隊に攻撃命令を出し鉄砲と弓の十字砲火に曝されたミナミの兵はバッタバッタと倒れて行く。

 鉛玉と矢を鱈腹お見舞いされ混乱の極致にあるミナミ軍は統制が取れておらずここにダンベエの部隊が突撃をかける。

 ミナミの兵を逃がすわけには行かない。時期的に兵糧攻めが難しいので逃がせば久賀下城に逃げ込まれるだろうから面倒だ。折角、向こうから出向いてくれたのだからここで久賀下城の兵力を削いでおく必要がある。


「殿、終わり申した。次は安孫子あびこ城に向かいます」

「うむ」


 ヒノコウジが攻めている範城は今も戦闘中だが、ニバ三家が包囲していた安孫子城に向かい攻める。

 今回は安孫子城からも兵が出ているので、今が攻め時だ。

 安孫子城の城門を火薬で爆破し雪崩れ込む。暫くすると再び爆発音がし、本丸から火の手が上がる。

 夕方には城主の首を取ったと報告があった。だが、ここで思わぬ報告を受ける。ダンベエが負傷したのだ。幸い命に関わる怪我ではないが、暫くは前線に出す事はできない。


「申訳御座いませぬ。このダンベエ一生の不覚」

「怪我を負ってしまった事を今更言っても仕方がない。暫くは養生するが良い」


 

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