第29話

 


 ロイド歴三八八五年九月中旬


 六陽城は呆気なく開城した。補給もなく頼みの冒険者も捕縛されては縋るものがない状況下で当主とその一族が争って最後は当主を殺して降伏してきた。

 だが、俺はハッカクの一族を許す気はない。許したとしてアワウミを支配下に置いた俺の家臣となれば内憂外患となって俺を悩ませることになるだろう。

 だから家臣を許す代わりにハッカク一門の男で元服している者は皆死罪、そして女子供は僧門に入れた。厳しいと言われようが、血も涙もないと言われようがそんな爆弾を抱いて過ごす気はない。


 これでアワウミの国は俺がほぼ手中に納めたことになる。六陽城が開城しても数ヶ所で抵抗している国人衆が居たが、彼らにはダンベエとコウザンに兵を与え平定させた。基本は根切だ。ハッカクとは立場が違うのだから普通に降伏できる状況下で徹底抗戦した一族を残していてはハッカクの一族同様に無用な禍根が残る。


 本当はこのままアワウミの国に留まって支配を確立したかったが、名目上は京の都を取り戻すのと、イシキ家の討伐なので早々に兵を纏め京の都に入ることになる。

 勿論、京の都ではイシキとミナミが一進一退の攻防を続けているので簡単に京の都に入ることはできない。

 以前からミナミには共闘しイシキを滅ぼそうと持ち掛けているが良い返事はない。


「どうやらミナミは京を治め、王権の略奪を狙っているようですな」


 シゲアキ・マツナカは普通のことだと言う感じでサラッとえらいことを言う。


「あの者は成り上がりで権力欲が強う御座れば、王が逃げたのを良いことに王となろうとしているのでしょう」


 コウベエ・イブサは京の都の隣の国であるアワウミのハッカク家に仕えていたから京の事情に明るい。

 ミナミ家は三ヶ国も統治しているが国守でもなければ国守代でもない、官位官職こそあるが従六位下修理大進とかなり低い。王家や十仕家に相当な献金もしているだろうがこの扱いだから王家を見限ってこれ幸いと王を名乗っても不思議はないと言う。


「そうするとミナミとも戦うことになるのか?」

「そう考えておくが宜しかろうと存じまする」

「義父殿もそうお考えですかな?」

「麿もミナミは簒奪を企てていると考えておじゃる。逆にイシキは簒奪ではなく王の一族を王に仕立て実権を握るのが目的でおじゃろう」


 京を臨める六陽城の一室で俺は戦略衆とカモンの義父殿を交え京への道筋を考える。

 通常はカモンの義父殿に軍関連のことを聞くことはない。だが、京のことはカモンの義父殿が一番詳しいし、イシキやミナミのこともよく知っているはずと思ってのことだ。


「ハッカクから得た財を全て売り払い兵を集めることは可能か?」


 俺の率いていた兵は二〇〇〇〇人、幾つかの戦いで多少減ってはいるが、旧ハッカクの家臣団の半知召し上げに伴い養えなくなった部下たちを俺が多く登用しているので二二〇〇〇程は投入できるだろう。しかしイシキが三四〇〇〇、ミナミが三八〇〇〇の兵を未だ率いており、そこに俺が二二〇〇〇を率いて行っても数では圧倒的に不利だ。

 戦の勝敗を決定する要因に兵の数は非常に大きなウェイトを占める。俺のスキルを活用すれば兵の数は問題にはならないが、俺のスキルは切り札なので最後まで切りたくはない。


「難しいかと存じまする。京周辺の傭兵はこのアワウミを含めイシキ、ミナミに流れておりますし、ミズホ周辺の傭兵はアズマ家とカモン家で押さえておりまする。更に遠方から傭兵を集めることは可能でしょうが、時間と金が掛かりましょう」


 金が掛かるのは問題ない。しかし時間が掛かるのはカモンの義父殿の手前あまり宜しくないだろう。

 ハッカクとの戦いが終わった今、時間を掛けていては王の心象も悪くなってしまう。


「殿、金は掛かりますが傭兵を雇う算段はありまする」

「金は気にするな。申してみよ」

「は、イシキ、ミナミに雇われている傭兵を引き抜きまする」

「なるほど、それであれば我がカモン家は兵を増強でき、イシキとミナミは兵の数を減らすか! 一石二鳥であるな! のう、シゲアキ」

「は、財政に負担は掛かります故、キザエモン殿の協力が必要ですが、良い案かと」


 俺は直ぐにコウベエの案を採用した。キザエモンは予想通り目くじらを立てたが、それしか案が無いと分かってくれたので渋々飲み込んでくれた。まぁ、金なら幾らでも儲ける算段があるから一時のことだと思って許してくれ。

 そして京の都で睨み合っているイシキやミナミの傭兵たちの間にはカモン家が倍の金で雇うと噂を流す。






 ロイド歴三八八五年一〇月上旬


 噂が噂を呼びカモン家の傭兵は六〇〇〇〇人を数えた。対してイシキは二一〇〇〇人、ミナミも二〇〇〇〇人ほどまで数を減らした。

 俺はコウザン・イブキに兵二五〇〇〇人とコウベエを補佐として預けミナミを押さえろと指示をした。そして俺自身が三五〇〇〇人の兵を率いてイシキを討伐に向かう。だが、イシキは戦わず京を放棄して自国へ後退し始めたので追撃をする。流石に戦力差があると判断し後退したようだ。

 どうも傭兵として雇った者には農民も混ざっているようで兵の質はあまり良くないが、そこは数でカバーする。


「攻めかかれぇぇぇっ!」


 イシキが立て篭もる城にダンベエが攻撃を開始する。

 俺の奴隷となった元冒険者の六人は俺の創ったポーションを使って無傷どころか捕縛以前よりあった古傷まで治り絶好調となった。だから彼らにも武功を立てよと前線に出している。奴隷には奴隷の首輪を付けるのが一般的だが、高い能力を持っている彼らには俺が創った細かい細工が施された金のチョーカーにしてやった。少しは彼らのプライドも保たれただろう。

 彼らに与えた金のチョーカーは一般的な奴隷の首輪と同様に主人に対し絶対服従の呪いが掛かっているので、彼らが俺に反逆する心配はない。こういう所は普通にファンタジーなんだよね。

 俺が創ったポーションなんて【薬師】の冒険者が目を剥いて驚いていた。本当に目が落ちるかと思うほどの驚きようだった。まぁ、ポーションと言っても死者以外はどんな傷も欠損も治せるポーションだし驚いただろうな。


 夕方ごろには本丸に攻めかかっていたのでもう直ぐ城は落ちるだろう。

 俺は落城するのを生産をしながら待つ。この生産をすることで今の傭兵たちを養っているので気張って生産している。これしないとキザエモンに殺されてしまうしね。

 俺の変化した職業のことを知っているのはキザエモンとダンベエ、家臣では二人だけだ。キシンとコウちゃんにアズ姫の三人も知っているがこれは三人に俺はどんなことがあっても無事だと言う安心感を与える為に教えている。

 キザエモンとダンベエには俺の職業を知ってもらい金儲けにおいては一切心配するなと言う思いからだ。


「殿、本丸が落ちたように御座る」


 俺が生産活動をしている横で座っていたシゲアキが落城を知らせてくれた。

 流石に目の前で生産活動なんかしているのでシゲアキも俺の職業が只の生産職ではないと考えているようだが、何も聞いてはこない。


「キザエモン、この品物を任せたぞ」


 シゲアキの向かいで座っていたキザエモンが頷き配下の者に俺の生産物を運ばせているのを背に俺は城に乗り込む。


「残念ながらイシキ当主のカンキチには逃げられてしまいました」

「構わん、このままニバの国を、次にキョウサの国を抑える。そして最後にニゴの国でイシキの息の根を止める。ダンベエにはまだまだ働いて貰わねばならぬ、そう焦るでない」


 兎に角、キョウサの国を抑えるのが俺の目的だ。このままイシキを潰す名目で突き進む。


 翌日、ミナミが京の都近郊から引きあげたとコウベエから報告が来た。

 どうやらミナミは京の都を手に入れるのは無理だと考えたのだろう。カモン家とは一戦もせず後退した。

 だから俺はコウザンに京の都周辺の治安回復を指示する書状を出し、俺自身はイシキ家討伐に兵を進める。






 ロイド歴三八八五年一〇月下旬


「殿、イシキより和睦の使者がお越しです」


 ブフッ! 今更和議かよ!

 思わず飲んでいたお茶を噴き出してしまった。すまんな、キザエモン。お前にお茶を掛けたかったわけではないのだ。

 キザエモンは懐から手拭いを取り出し俺が噴きかけてしまったお茶を拭っているが、コメカミがピクピクしている。後で甘い物でも創って贈ろう、こいつ甘いものが大好きなんだ。


「暫く別室でほかっておけ」

「は!」


 俺の指示に従い部屋から引きあげる家臣を見送った俺とキザエモン。


「宜しいので?」

「構わんさ、ケツに火が着いたんで使者を送ってきたんだろうが、私がその都合に合わせる義理はない」

「では、マツナカ殿をお呼び致しますか?」

「そうだな、シゲアキとダンベエ、それと義父殿も呼んでくれ」


 キザエモンが俺の指示の者を呼ぶように部下に指示する。

 暫くしてシゲアキとダンベエがやってきた。


「使者が参ったとか?」


 腰を降ろして早々にシゲアキが口を開く。ダンベエも知っていたようで無言で頷く。

 義父殿はまだ来ないが先に三人の意見を聞いておこう。


「シゲアキはどう思うか?」

「そうですな、恐らく降伏の使者でしょうな」

「降伏するとして条件は?」

「……当主カンキチは切腹、領地もこのニバの国は勿論のこと、キョウサの国は召し上げでしょうな。できればニゴの国も半分ほど召し上げたい所ですが、そこまですると徹底抗戦しかねませんな」

「キザエモンはどうか」

「マツナカ殿の案で宜しいかと」

「ダンベエは」

「もう少し暴れたくもありましたが、それで宜しいでしょう」


 三人はイシキの治めていた三ヶ国中、ニゴの国一ヶ国を残して召し上げと当主の切腹で良いと言う。後はカモンの義父殿だが、俺を含めて首脳の四人がそれで良いと考えている以上、イシキ家を滅せよと言われてもはいそうですかとは言えないな。


「ソウシン、イシキの使者が参ったとは誠でおじゃるか!?」

「義父殿、先ずはお座り下され」

「おお、うむ、そうでおじゃるな」


 俺の左に座っていたキザエモンが座を開けて義父殿を迎える。


「して、使者は?」

「別室で待たせております。恐らくは降伏の使者だと思われますが、会う前に此方がどこまでを譲歩するか話し合わねばなりませぬ」

「うむ、そうでおじゃるな……それでソウシンはどの様に考えておるのでおじゃるか?」


 シゲアキに先ほどの条件を話して貰うと義父殿はう~む、と瞑目しだした。


「それではカモン家が大きく成り過ぎるでおじゃる」


 意外や意外、義父殿はカモン家が大きく成るのが不満のようだ。


「王家と他の十仕家に対する配慮ですな?」

「マツナカの言う通りでおじゃる」


 配慮だと?


「王家は京の都周辺に大き過ぎる勢力があるのは好ましくないとお考えでおじゃる。先代王がイシキの家督問題に手を出したのもそういった経緯があるのでおじゃる」

「確かにカモン家はアワウミ、ヤマミヤ、ニバ、キョウサの四ヶ国、ヤマミヤは王家にお戻しするとしても三ヶ国を領有することになりまするな。三ヶ国の国力は凡そ一二〇万石、そこにアズマ家のミズホも加えれば一八〇万石を越え王家には脅威でしょうな」


 面倒臭い話だな。だったら人に頼まんと自分たちで何とかしろよな。


「では如何せよと? キョウサとアワウミを諦めることはありませぬぞ」

「ならばこのニバの国を反カモンの十仕家に分割譲渡するのはどうでおじゃるか?」

「反カモン?」

「ホホホ、十仕家などと言っておっても一枚岩ではないでおじゃる」

「なるほど、そうすれば王家の警戒心も下がり反カモン家の十仕家にも恩が売れますな」


 はぁ、何の働きもしていない奴らにニバを与えるのは気に入らんが、シゲアキも同意しているし仕方がないか。

 キザエモンとダンベエも否はないようだ。


「イシキ家家臣、ヒデアキ・右近将監・ムロガで御座います。兵部卿様に置かれましてはご機嫌麗しく」

「大して麗しくはないな。それよりも要件を申し述べよ。イシキ家掃討の兵を動かさねばならぬ、忙しいのだ」

「は、っははぁ。某、和議の使者として罷り越しまして御座いまする」

「和議とな?」

「は! 主、式部大輔はニバの国を貴家へ譲渡するのを条件に和議を結びたいと申しておりまする」


 ニバの国だけで俺に兵を引けと言うのか、話にならんな。


「シゲアキ、どう考える」

「話になりませぬな。既にニバの国は我がカモン家が支配しておりまする。和議であれば他の条件を出さねば相手にする必要は御座いませぬ。それに当主カンキチ殿の首を得るのは最低条件であり、首なくしては王家に対して面目が立ち申さぬ」

「……」

「右近将監よ、あまり欲を出すな、とソナタの主に伝えよ。カンキチ殿の首とイシキはニゴの国のみ残し召し上げとする」

「お、お待ちを!」

「一〇日与える。一〇日後までに回答がない場合は進軍を開始する。それ以降はイシキ家滅亡まで我が軍が止まることはないぞ」


 青い顔をしてヒデアキ・右近将監・ムロガは引き下がって行った。いや~気持ち良いわ。うん、性格悪いと自分でも思う。



 

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