第27話

 

 ロイド歴三八八五年七月中旬


 アワウミの国長沼城にほど近い土地でハッカクの軍を迎え撃つ。

 守りでも攻めでも鉄則がある。敵を勢いづかせてはいけない。だから機先を制する為に走り寄ってくる処に遠距離攻撃を仕掛ける。


 先ずは三〇〇〇人の弓隊が矢を放つ。それでも近づいてくるハッカク兵が一五〇メートルまで近付いたら鉄砲の射程となるので鉄砲で弾幕を張る。次々と放たれる鉛玉が一五〇メートル離れた場所を走っていたハッカクの兵を防具ごと貫き、バッタバッタと倒れる。

 ハッカク兵は怯んで走ってくる速度が緩んだが指揮官が鼓舞することで再び速度を上げる。だが、それは此方も承知のこと。二〇〇〇人の鉄砲隊を四つの隊に分け五〇〇人ずつ間断なく連射をする。エイベエも喜々として指揮をしている。


 総兵力二〇〇〇〇の軍の兵が一度に突撃することはない。ハッカク家内の名が有る武将がそれぞれ兵を率いているのでそういった集団単位で動くのが通常だ。

 多くの集団が一度にではなく、先鋒が居て本隊や後詰が居て他にも遊撃隊が居たりするので、全軍が一糸乱れず動くなど滅多にあり得ない。

 だから今回も先鋒として最初に突出してきた部隊を弓隊と鉄砲隊で蹴散らす。ハカックの兵はエイベエが予め設置しておいた罠や馬防柵に阻まれ移動速度が落ちているので無残な屍を多く晒すこととなった。


「殿、騎馬隊を投入する頃合いかと」


 俺はシゲアキの言葉に頷き騎馬隊に突撃の合図である音矢を放たせる。この音矢は放つと戦場でも聞こえる甲高い音を鳴らすので合図として採用している。俺の力作だ。

 音矢の合図を受けてコウザン率いる騎馬隊が轟音を立てて敵に突撃する。

 騎馬隊によってハッカク本隊が混乱に陥ると見るやシゲアキが歩兵隊の投入を促してくるので再び音矢で合図を送る。音矢の音はそれぞれで違っているので分かり易い。

 ダンベエが歩兵隊を進めると敵を半包囲状態にして面での制圧を始める。


「思ったより早く決着が付いたな」

「ハッカクが鉄砲の威力を甘く見ていましたことが大勝利に繋がりましたな」


 結局、ハッカクは五〇〇〇人以上の死者を出してほうほうの体で逃げて行った。ダンベエやコウザンはそのまま追撃戦に移りハッカクの被害を増やしている。


 今回の戦いでは確認できるだけでフゴウ家当主、アザマ家当主、オドロキ家当主、ヒマシガタ家当主が討ち死にしている。彼らはハッカク家の重臣なのでハッカク家は多くの重臣を失ったことになり、更には家臣たちの信頼も失うのだ。







 ロイド歴三八八五年七月下旬


 俺たちは殆ど空となった長沼城を大した労力も必要とせず落とすと、この長沼城を起点にハッカク家臣団の調略を開始した。元々調略はある程度進めていたのだが、アワウミの国に拠点を持った今、本気の調略を行うと早々に調略の成果が出てきている。


 シゲアキの話では初戦の敗戦でハッカク家の幾つか家臣の家が大打撃を受けておりハッカクはそれらの領地をハッカク家の安泰の為に接収しようと考えたようだ。

 普通であれば当主が死亡したらその子供や一族の者を当主とし家の存続を保証するのだが、どの家に対してもハッカクの一族を当主にと推しているとのことだ。俺でも分かるような悪手を打っている。

 これは俺にも原因があるのだが、それはそれ、これはこれなのだ。ハッカク一族が城主をしていた城を幾つか狙って落としたことでハッカクの一族から不満が上がった。これに対してハッカク家当主のタダヨリは家臣よりも一族を優先したということだ。





 ロイド歴三八八五年八月上旬


 アワウミの国にはワ国一番の大きさを誇る湖がある。この湖がアワウミというので国名もアワウミになったと聞いたことがある。

 俺たちが拠点とした長沼城はこのアワウミの東側にありミズホの国に通じる要所なので三〇〇〇の兵を長沼城に残し南下する。目指すはハッカク家の本拠地である湖桟山城だ。

 湖桟山城は大貴族ハッカク家の本拠地だけあって規模が大きく、その威容を俺たちに示す。だが、見た目は立派だが攻めやすい城だとシゲアキは公言する。


「規模は大きいですが、攻められると言う概念を無視した造りになっておりまする。某ならこの様な城を造った者を打ち首にしますな」


 随分と過激なことを言うがそれだけ攻めるに易しということだろう。俺は攻城の指揮をシゲアキに任せ見ているだけに徹する。

 先ずは大手門に取りつくと以前俺が使った火薬作戦で城門を吹っ飛ばす。そして兵が湖桟山城に雪崩れ込むと半日もせずに本丸を落とした。

 元々、湖桟山城に籠城していた兵は三〇〇〇人ほどでシゲアキが攻めるに易いと公言するだけあって大手門を破壊してからは抵抗も長くは続かなかったようだ。


「シゲアキ、デカしたぞ!」

「有り難きお言葉。されどハッカク当主であるタダヨリを逃がしてしまいました、申訳ありませぬ」

「構わぬ、次は京へと続く六陽城だ。頼んだぞ!」


 六陽城は京の都があるヤマミヤの国との国境付近にある城でハッカク家の当主が逃げるならこの城しかないだろう。恐らくハッカクとの最終決戦の地にもなるだろう。


 シゲアキの勧めで六陽城は包囲し、その間に北アワウミの国人衆に降伏勧告の書状を出しまくる。

 主戦場が南アワウミなので南の国人衆の多くは俺に降伏したか滅んだかハッカクと六陽城に籠っている。

 北アワウミの国人はたまたま主戦場ではなかったので初戦以降領地に戻っている者が多いようなので降伏勧告を送ったのだ。

 条件は知行の半分を召し上げると言うものだ。南の国人衆も降伏した者にはこの条件を突き付けている。ただ、知行を半分も召し上げるとその国人の部下の中から路頭に迷う者も多くでるだろうから、そういう者は望めば俺が金銭で雇用することにした。

 一度俺に牙を剥いた以上、何のデメリットもなく降伏なんて認めない。それであれば戦う前に降伏すればよかったのだ。あれ程ボロ負けした後で今更戦う前と何も変わらないなどと考える奴の気が知れない。


 降伏してこなくても問題ない。寧ろ降伏しない方が良い国人衆も居る。

 俺がキョウサの国を手に入れ、そして海を手に入れるには北アワウミを通る必要があるのだ。つまりミズホに繋がる長沼城からキョウサに繋がる道筋の国人衆は半知を安堵しても他の地に移って貰うことになるのでその時に揉めるよりは今の内に滅ぼすのもありかと俺自身かなりヤバい考えをしていると思う。


 北の国人衆の半分以上から降伏の意を受けた。中には条件の緩和を狙ってごねていたり、当主が俺に討たれて徹底抗戦を訴える者もいたそうだ。そういう奴らは無視だ。こちらが手をさしのべたという事実があれば滅ぼしても文句を言われるいわれもなくなるからね。


「左衛門大尉・カガミ殿で御座る」

「ロクゾウ・左衛門大尉・カガミで御座る。以後お見知りおき下さりますよう、お願い申し上げまする」


 この世界では髭面が流行っているのか、髭を生やした多くの者が俺の前に雁首を並べている。


「イブサ殿で御座る」

「コウベエ・イブサに御座いまする。カモン家への忠誠をお誓い致しそうらへ」


 こんな感じで八人の自己紹介を受けた。


「大義。ソナタらの今後の働きに期待する」


 俺は形式的な挨拶を終えて、一度皆を下げる。その後、コウベエ・イブサを呼び戻す。


「ソナタにはそこに居るシゲアキ・マツナカの配下として働いてもらう」

「某がマツナカ殿の?」


 このコウベエは【戦術家】という職業を持っている。だからシゲアキの【戦略家】と相性が良いだろうと思いシゲアキの部下にすることにした。

 コウベエが居たのにハッカク家が負け戦を繰り返したのはコウベエを軽んじていたからだ。ハッカク家当主が何故かコウベエを遠ざけていたようで、コウベエがハッカク家の中枢に居たらここまで簡単には勝てなかっただろう。


「今後は私がこのアワウミを治めることになるだろう。今はまだ明確にしておらぬがカモン家の方向性を策定する戦略衆を置く予定だ。ソナタにはその戦略衆の中核を担って貰いたい」

「某にその様な大役を!?」

「戦略衆の筆頭はそこのシゲアキだ。以後はシゲアキの差配を受けよ」

「ははぁぁっ! 身命を賭してっ!」


 コウベエは俺に平伏し肩を震わす。ハッカク家で不遇を囲っていただけにカモン家の中枢で働けるのが嬉しいのだろう。


 

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