第24話

 


 ロイド歴三八八四年九月


 マジマ家からの降伏の使者が来る事無く出兵となった。

 シゲアキ・マツナカは説得に失敗したのだろう。あの後彼が金華城で確認できたのは数回で八月では一度も確認できていない。カザマ衆の調べでは当主アイノスケ・マジマの勘気を被って幽閉された可能性が高いと言う。

 まぁ、それならそれで構わない。彼はマジマ家に対し義理を通したのだ。マジマ家が滅ぶのは彼のせいではない。そしてマジマ家が滅んだ後でシゲアキ・マツナカを登用すれば良いのだ。


 大した抵抗もなく金華城に到着した。マジマ家は籠城を決め込んだようでここまで戦は二回しかなかった。その二回も戦と言うより弱い者虐めのように一方的なものだった。

 別に一方的な戦いだからって後悔はない。嫌なら戦わず降伏するなり逃げるなりすれば良いのだから、俺が気に掛ける必要はない。

 山の上にそびえ立つ堅城を見上げ、この山を登るのかと思うと気が滅入る。体育会系じゃないんだ、俺は。


「金華城の防衛門は一〇八ヶ所、二二通りの通路がありまする。その全てを封鎖するのは難しいと存じまする」

「包囲するは難しいか」

「なれば、総攻めにて落とすまで!」


 家臣たちがいきり立っている中、俺は一切口を出さない。

 今回の戦いは家臣に功を立てさせてやる必要がある。前回のオンダ戦で俺が呆気なく大平城の本丸を落としてしまったので殆ど功を立てる事ができなかったから不満が燻っているのだ。

 まぁ、褒美が欲しいと言っても役立たずでは褒美なんてやれない。褒美は金華城を落とすかそれなりの武将の首を取れば普通に出るだろう。

 ただ、これだけの兵をもって攻め滅ぼせないとなればグダグダ言っている奴らも自分の脳筋さを自覚できるんじゃないかな?

 などと考えているのですよ。奴らが攻め切れず疲弊した処に俺が出ていくのも良いかなと思う。真打は最後に登場なのだ。


「兵を三隊に分ける」


 キシンが兵を分散させると言うと家臣がざわつく。大平城の時も兵を三隊に分け一隊はキシン、一隊はブゲン大叔父、一隊は俺が指揮したのを思い出したのだろう。三人ともアズマ家だしね。


「西は左衛門に任せる」

「ははーっ!」


 左衛門とは左衛門少尉の略称で家老衆でフジオウの祖父に当たるゼンダユウ・クサカの事だ。筆頭脳筋だ。何時も俺を睨んでいる奴だ。

 自分の名を呼ばれゼンダユウ・クサカは喜色満面だ。


「南は左京、ソチに任す」

「おうっ!」


 左京は左京少進の略称で同じく家老衆のゴウキ・クサカの事だ。彼はどちらかというとフジオウ派からは距離を取っている。

 以前はオンダ家との領境の小部城の守りを任されていたが、長年の奉公が認められ今は羽鳥城を任されている。石高としては小部城の七〇〇〇石から羽鳥城の一二〇〇〇石となっているので可成りの加増だ。


「ワシは後詰を率いる」


 俺はキシンの部隊だし、ブゲン大叔父もキシンの部隊。俺がキシン隊にいるので俺の鉄砲隊もキシン隊の配属だ。


 翌日、西と南で戦闘が始まったようで喧騒が一キロメートル以上離れたここまで聞こえてきた。共に気合十分のようだ。


「ソウシン殿、どちらが先に本丸へ辿り着くか賭けましょうぞ」


 おいおい、ブゲンの大叔父よ、そんな不謹慎な事をしては、乗った!


「して賭けるは?」

「某が勝てば倅用の『六鋼板当世具足』を、ソウシン殿が勝てば某が秘蔵しておる『黒天目』を、如何かな?」

「『黒天目』?」


 何だそれ?


「ほう、ソウシン殿でも知らぬ物が在りましたか!」


 いや、俺一四歳の子供ですが? それにどんな人でも知らない事は腐るほどあるわ。


「『黒天目』と言うのは渡来物の茶碗で御座るよ」


 ほう、茶碗か。つまり、織田信長とかが収集した茶道具の様な物だな。てか、良いのか、そんな貴重な物を賭けの対象にして。


「以前、京へ赴いた時に手に入れた物ですぞ」


 いたずら坊主のように俺に笑顔を向ける大叔父ってどうなんだろう?


「それで構いませぬ、それで大叔父殿はどちらに賭けますか?」

「ワシは左京に賭けるぞ」


 まぁ、脳筋ゼンダユウよりは戦巧者と言われているゴウキに賭けるのは当然か。そうなると俺は脳筋に賭ける事になる・・・どう考えても嫌だ! アイツを応援する位なら普通に大叔父に『六鋼板当世具足』を贈呈するわ。


「ソウシン殿は左衛門殿で構わぬか?」

「いいえ」

「ほう、ソウシン殿も左京か? それでは賭けにならぬな」

「いいえ、私はどちらも本丸に届かぬ方に賭けまする」

「っ! 本気か? マジマの兵は高々一三〇〇だと聞くぞ。どう考えても守りぬく事、敵わんと思うが?」

「賭けを成立させる為ですよ。大叔父殿が左京殿を推される以上、仕方がないでしょう」

「・・・そんなに左衛門を嫌わんでも良かろう。ガッハハハハ」


 ブゲンの大叔父は一瞬呆けた顔をしたが、俺の意図が分かったのか大笑いをする。誰が脳筋なんかに賭けるかよ。


「但し、時間無制限では私の勝はありませんので、三日、今日を含めて三日目の陽が落ちるまでと言うのは如何ですかな、大叔父殿」

「構いませんぞ、双方それぞれ五〇〇〇もの兵を率いて落とせぬなどあり得ませぬからのぅ」


 掛かった。

 この金華城を大叔父殿は知らぬようだ。


 俺と大叔父が不謹慎にも賭けをしているもんだから、キシンは俺たちを半眼で見ていたのは無視しておこう。


 三日後、そろそろ夕日が落ち、夜が来る。そして完全に陽が沈む。


「大叔父殿、賭けは私の勝ちですな?」

「ぐぬぬぬ、えぇ~い、だらしのない! たった一三〇〇の兵を相手に何をしておるのかっ!」


 大叔父殿、金華城攻めでの最大の敵は兵ではないぞ。最大の敵はこの金華城自体なんだよ。攻め口は細い通路ばかりで幾つも門がある。門を破って進軍しても直ぐにまた新しい門が現れ疲弊を余儀なくされる。兵にとっては厄介この上ないのだ。


「大叔父殿、約束は守って下さいますね?」

「約束を反故にするような真似は致し申さん!」


 ムキになっちゃってぇ~。大叔父ちゃんカワユイんだから・・・キモッ!

 それよりもキシン君はどうするのかな? たった一三〇〇の兵相手に三日経っても金華城を落とせないなんてね。


 更に翌日、脳筋とゴウキ・クサカが呼び戻される。


「何たるブザマ!」


 キシン君、オコです!

 特に脳筋にオコです。

 ゴウキ・クサカは門を四ヶ所突破してかなり進軍していたが、時間切れだった。兵も三日間攻め続けで疲弊しているので中休みとしては丁度良いだろう。腹いっぱい食わせて睡眠をとらせてやろう。

 対して脳筋は門を一ヶ所突破しただけだった。力押しだけではどうにもならない事が分かってくれればいいのだが、脳筋の顔を見ていると全然理解していないようだ。


「ソウシンに兵を与える。アイノスケ・マジマの首をワシの前に持ってまいるのだ」


 キシン君、何時になくヒートアップ!


「父上、左京殿には引き続き南より攻め続けて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」

「左京をか?」

「はい、左京殿です」


 攻めづらい金華城の防衛網を四門も突破したんだ、評価しても良いだろう。脳筋の方は見るところもないけどね。


「殿! この左京に汚名返上の機会を!」

「ならば左衛門殿にも機会を与えるべきと存ずるが?」


 ブゲン大叔父やい、いらん事を言うなよ。ほら見ろ脳筋が嬉しそうにしているぞ。


「ふむ・・・」

「父上、左衛門殿にも同様に西を攻めて頂きましょう」

「ならばソウシンは如何するのだ?」

「兵五〇〇を率いて東より攻めまする」

「五〇〇だと?」

「ソウシン殿、それは些か兵が少ないと思うが?」

「大叔父殿、敵は一三〇〇、しかも多少は死傷して少なくなっておりましょう、更に三日間攻め続けられ疲弊もしているでしょう。兵五〇〇で構いません」


 俺の案は了承されその日の内に陣を離れた。夜の内に移動しておきたかったのだ。

 目指すは獣道。金華城が落城した時の為に用意されている城主の逃げ道。地元の猟師でさえ滅多に分け入る事のない獣道。前世で斎藤竜興を諫める為に竹中半兵衛がたった十数人で稲葉山城を落とした時に誰も知らない抜け道を使って稲葉山城を落とした。と思われるので抜け道を探させたら本当に抜け道があった。カザマ衆がこの金華城の周囲を虱潰しに探索してこの抜け道を探し出してくれたのだ。


 険しい獣道を進むこと半日、夜が明けて来た。マジマの警戒網に引っかからない為にここで休憩しまた夜間に進むことになる。


「しかしよく見つけたな。苦労したんじゃないか?」

「この程度の抜け道を探すなど然したる苦労では御座りませぬ」


 おー、流石はカザマ衆の頭目、言うね~。言うよねぇ~。


 陽が落ちた。西と南はまだ戦っているのだろうか?

 俺は何でこんな険しい道を登山してるのだ? 勘弁してくれ、俺は体力ないんだよ。


「若、門が見えました」


 コウタロウ・カザマが指さす方向に草木でカモフラージュされている……手入れされていない門が現れた。

 俺が頷くとカザマ衆が壁をよじ登って門を開けてくれた。便利なもんだ。

 門は二ヶ所だけ通って本丸のすぐ傍に出た。うん、カザマ衆便利だ。


「かかれ!」


 俺は部下たちに小さな声で合図する。そうするとダンベエはじめ皆が走り出して行く。俺の前をドドドドって走っていく。あ、俺を一人にしないでね、怖いから。

 暫くして城内が騒々しくなる。俺は物陰にかく・・戦局が見える場所で指揮をする。『ガンガンいこうぜ』


 小一時間もすると勝鬨が上がる。どうやら本丸を落としたようだ。まぁ、本丸に残っている兵は僅かしか居ないのだから直ぐに決着がつくだろうと思ってはいた。


「残敵掃討を」


 本丸内で部下に指示を出す。ふんぞり返っているわけではない。登山で疲れた体を癒しているんだ。

 本丸を落としてから三時間もすると抵抗もなくなりキシンが乗り込んで来た。


「ソウシンでかしたぞ!」

「ソウシン殿、お見事!」


 大叔父殿も一緒か。ゴウキ殿も居る。あれ脳筋が居ないぞ。


「父上、左衛門殿は如何致しましたか?」

「左衛門は怪我をしたので今は手当て中だ」


 はい? 何やってるの? 無能過ぎない?


「若、城内の牢でシゲアキ・マツナカ殿を見つけました」

「状態は?」

「命に別状はありませぬが、衰弱が酷いです」

「養生をさせよ」


 こまごまな指示を出すのも面倒だな。あとはキシンに任せて休みたい。


「ソウシン、疲れたであろう、今日は下がって休むが良い」


 おお、キシンちゃん分かってるじゃん。お言葉に甘えて休むとしますかね。


 

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