第23話

 


 ロイド歴三八八四年六月

 マジマ家家臣シゲアキ・マツナカ


 アズマ家が戦の準備を始めたと聞いた。アズマ家の兵は傭兵なので何時でも好きな時期に動かす事が出来る。つまり此方が農民を徴兵できない時期に兵を動かす事が出来るのだ。事実、オンダ家はそうやって滅ぼされた。オンダ家に関しては米の高騰による財政圧迫もあり酷い状況だったはずだ。

 それは当家にも当てはまる。昨年の不作によって兵糧の蓄えは殆どない状況であり、戦の為に今米を買い込んでしまうと財政を圧迫する。しかも今年は平年並みの収穫が期待できるので米の値は落ち着くだろうから収穫後に米を売っても購入した米の半分の値にもならぬだろう。

 それも収穫できればと言う前提条件がある。アズマ家が九月に攻めてくれば農民に収穫させるか、農民を徴兵するかの判断を迫られる。どちらを選択してもマジマ家は窮地に立たされる。収穫を選択すれば農民を徴兵出来ずにアズマ家の万を超える兵と対峙しなければならないが、こちらは一〇〇〇、集めても一五〇〇程度だろう。逆に徴兵すれば一〇〇〇〇、いや逃げ出す農民もいるだろうから七〇〇〇と言ったところか、それでもアズマ家の兵数には敵わないがやりようはあるだろう。しかし収穫ができずにその後は財政破綻が待っている。

 一五〇〇の兵で万を超える兵を防ぎきる、か。金華城であればそれは可能だろう。いや、アズマ家の嫡男は火薬を使った戦いに長けている。それは先の大平城の戦いでも明らかだ。我らが鉄砲の有用性を見いだせずにいる時期に彼は鉄砲を実戦に投入しオンダ兵を殺戮した。我らが鉄砲をかき集めている時に彼は鉄砲ではなく火薬を使い城門を破壊した。何時も我らの一歩先を、いや、二歩も三歩も先を行く。


 ソウシン・アズマ。一四歳の若者。彼は先天性の職業を持っていると聞いたが、それが生産職であるとは調べが付いている。故に我らは戦闘職の次男フジオウ、同じく戦闘職の三男ドウジマルを警戒した。

 しかし我らの予想を覆しソウシンは一一歳という若さで初陣を果たし戦功を挙げた。そしてオンダを苦しめる為に米の値上げを行う。普通であれは米の値上げなどそう簡単には出来ない。だが、今のアズマ家はそれができてしまうほどの財力を持っている。そしてその財力を支えるのが生産職と我らだけではなくアズマ家家中の者にも蔑まれたソウシン・アズマなのだ。

 不気味でそら恐ろしげである。生産職と言えどもアズマ家の財政をたった一人で支え更に戦略家の片鱗を見せる麒麟児。

 私は事此処に至りやっと自分の判断の甘さを痛感した。ソウシン・アズマはこのミズホだけで収まる器ではない! ならばどうするか!? 敵対するのは愚の骨頂なれど大恩あるマジマの家を裏切るのは武士としての矜持もあり避けたい。さて・・・


 以前よりソウシン・アズマから内応の誘いがある。オンダ家が健在であれば一笑に付していたが、現在はそうもいかぬ。腹をくくる時が来たのやも知れぬ。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。やってみるしかあるまい。


 数日後、ソウシン・アズマより来月早々に会うと返事があった。ハッキリ言ってお会いして頂けるとは思ってもおらなんだ。中には内応したと見せかけ命を狙う者も居らぬとは限らぬ故、一々お会いしていては命がいくらあっても足らぬ。ソウシン・アズマ、彼の者は些か警戒心が足りぬようだ。それとも私がそのような事をする者ではないと踏んでいるのか?





 ロイド歴三八八四年七月

 マジマ家家臣シゲアキ・マツナカ


 ソウシン・アズマと私の会談の場はアズマ家とマジマ家の領境付近の農家である。私の供は二人、あまり多くの者を引き連れて行っては警戒され纏まる話も纏まらぬ。

 予定の時間より早めに到着しソウシン・アズマを待つ。

 数分後、予定の時間より早い時間にソウシン・アズマは現れた。ソウシン・アズマの供もたった三人である。彼は供の者に外で待つように指示をすると私の前に座った。肝が据わっているのか、それとも只の馬鹿なのか?

 しかしこうして面と向かって顔を突き合わすと分かるが若い。一四歳だとは聞いていたが本当に若い。この若者が今のアズマ家の財力の源かと思うとやるせない気持ちになるな。



「シゲアキ・マツナカに御座いまする」


 内応すると返事をしたのは私なのだから先に名乗りを上げるのが礼儀だろう。


「ソウシン・アズマで御座います」


 私の名乗りの後に彼も名乗り私に頭を下げる。まさか頭を下げるとは思っておらなんだ故に思わず声が漏れてしまった。私もまだまだだ。

 私は内応した者であり、彼は私が仕える事になる家の嫡男。頭など下げぬのが普通である。

 この会談を了承したのも、会談の場を領境にしたのも、会談の場とは言え護衛を近くに置かぬのも、家臣となるべき私に頭を下げるのも、この若者はどう考えているのだろうか?

 知りたい、この若者の考えを、考え方を知ってみたい。私の胸の底から熱い思いがこみ上げてくる。


「こうしてお会いするまでは信じられませんでしたが、やはりお若い」

「今年で一四になりました。この年であれば元服される方も多いでしょう?」


 確かに一四歳で元服されている者はそれなりに居るだろう。しかし・・・


「元服したからと言って大人になったわけではありませぬ、心が幼い者は幾らでも居りまする故」


 私の前に堂々と座る若者はニコリとしただけで何も言わぬが、その表情が全てを物語っている。

 この若者、ソウシン・アズマと言う武将は私と同じ事を考えていたのだろう。

 僅かな言葉しか交わしておらぬが、私の前に居るのは間違いなく成人である。しかも世の中を見通す目を持つ者だと私の奥底にある者が「けっして侮れぬ」と警鐘を鳴らす。


「さて、お時間もありませぬ故、本題に入りたく存ずる」


 私は動揺を見せないように話を進める。


「マジマ家は降伏致します。当主アイノスケはじめマジマ一族の命の保障と所領安堵をお願いしたく存ずる」


 彼は表情を変えず数舜の間瞑目する。


「それはアイノスケ・マジマ殿もご承知なのでしょうか?」


 主アイノスケは何も知らぬ。全ては私の一存であり、この会談で決定したことにマジマ家が従う効力などないのだ。

 だが、主家を守るにはアズマ家と敵対してはならぬ。目の前の若者は既にマジマ家を食い尽くす算段ができている筈なのだ。


「これから説得致しまする」

「説得する自信がおありで?」


 そんな自信はない。アズマ家には勢いがあるが石高はマジマ家の方がやや上なのだから、普通に考えればマジマ家の方が勝つと考える者の方が多いだろう。いや、間違いなく大多数が交戦派と言えよう。

 だが、戦えばマジマ家は十中八九滅ぶだろう。


「勿論で御座る。それ故にこうしてお願い申し上げております」


 自信が無くてもやらねばならぬ。


「マジマ家は国守たるアズマ家を蔑ろにし領地を横領していたのです、所領安堵は虫が良すぎませぬか?」


 流石にウンとは言わぬか、当然だな、私であれば手心を加えても半領召し上げが精々だ。下手をすれば当主の命も要求されかねない。

 ミズホの国を治めていたアズマ家を追い落とし下剋上を成したマジマ家を無条件で許すなどありえぬ。


「ではソウシン様の条件をお伺いしたい」


 この若者がどのような条件を出すのか、不安ではあるが、楽しみでもある。


「マツナカ殿、マジマ家が降伏するのであれば口添えはいたしましょう。されど降伏条件について私がここで話す事は何も御座いません」


 条件提示をしないだと? これは想定外だ。マジマ家を調略で手に入れれば彼のアズマ家での評価は高まるだけではなく次男フジオウを推す一派をも牽制できるのだから、功に逸って飛びつくものと考えていたのだが、口添えをするだけだと?


「早急に当主アイノスケ殿を説得し使者をお立て下され。所領安堵については保障しかねまするが、決して悪いようには致しませぬ。このソウシンの名においてお約束いたします」


 ・・・彼の考えが読めぬ・・・口添えしただけでも彼の功にはなる。だが、降ろしたのと口添えをしたのでは功の重さが違う。彼はそれをどう思っているのか?

 聞きたいが、聞くわけには行かぬ。そんな事をすれば彼は私の事をどう思うだろうか? 思慮の足りぬ者と評価を下げるのは想像に難くない。


「そのお言葉がお聞きできただけでお会いした甲斐が有り申した。何卒宜しなに」


 深々と頭を下げ今の私の表情を隠す。決して見せてはならぬ顔だ。

 彼は話が終わったとばかりに立ち上がり木戸の方に歩く。


「私は貴方のお眼鏡に適いましたか?」


 私を振りむく事なく、そう聞いてきた。

 十分だ、十分過ぎるほど彼の懐の深さを思い知った気がする。

 私などでは考えも及ばぬ天才なのだ。


「某の思う以上に」


 これしか声にならなかった。

 あの若者を敵に回してはならぬ、戦ってはならぬ、抗ってはならぬ。


 

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