第16話
ロイド歴三八八二年七月。
夏も本番を迎えオノの庄の水田も青々し、そこかしこで農民の活気ある声が聞こえる。
「ご、ご領主様!」
水田の状況を視察している俺を見て農民たちが平伏する。
「そのように平伏せずとも良い。こちらは勝手に見させてもらう故に普通にしなさい」
俺は許可したが農民たちは作業に戻ることなく平伏したままだ。だから俺の護衛として付いてきているダンベエたちが作業に戻るように農民たちに再度促す。
現在はオンダ領から受け入れた流民に与えた田んぼの視察をしていたので彼らからすれば生きる糧を与えた俺に感謝しているんだろう。まぁ、それ以前に俺がオンダの経済封鎖をした事で農民も被害を受けたってのがあるので、あまり感謝されるのも尻がむず痒いのだけど。
アズ姫に関してはキザエモンとハルが俺を訪れた日より毎日部屋には行っている。その都度恐縮しまくるアズ姫とまともな話もできずにはいるが、近況などを俺一人が一方的に話して帰ってくるようにしていた。
そうしたら最近は俺の話に反応しクスリと笑ったり僅かだが話し返してくれるようになった。
少しずつ進歩していると思うので気長に待つ事にした。
そんな感じでアズ姫の事を考えながら視察をしていると左肩に激痛が走りフワッとした感覚の後に意識が暗転した。
ここは・・・・・・
そうか、俺はまた死んだのか・・・
また転生をするのかな?
俺はまたあの白い空間に居た。白い空間に居るという事は俺は死んでしまったのだろう。オバサンが出て来る前に俺が死んだ理由を考えるか。
確か馬に跨ってオノの庄の新しい田んぼで育てている稲の育成状況を視察していたんだよな。そして農民が畏まってしまって作業に戻すのに時間が掛かり、更に視察を進める為にダンベエたちと馬を進めていたら森の傍にさしかかった時に左肩に激痛が走ったと思ったら・・・そうか矢だ、矢を左肩に受けて馬から落ちて・・・意識を失たのか・・・そして気付いたらこの白い空間にってわけだ。
たった一二年の歳月しか生きていなかったけど、それなりに楽しく過ごしたし心残りがないと言えば噓になるが、親にも恵まれたし可愛い弟ドウジマルや妹ソウコたちにも会えた。
前世、いや、前々世に比べれば半分も生きていないが幸せに総量があるのなら間違いなく前々世よりも多いだろう人生を送れた。
これもオバサンが運を上げてくれたお陰だと感謝をしておこう。
さて、俺の死因が矢による傷が致命傷になったのか、または落馬で打ち所が悪く首の骨を折ったとかによるものだと思われるが、最大の原因は矢が俺に左肩に命中した事だ。
誰があの矢を放ったのか? 誰がそれを命じたのか? 色々思い浮かぶから質が悪いな。
俺に死んで欲しいと思っている者は多いだろう。
先ずはオンダ家の連中だ。当然だがオンダ家をほぼ死体にしているのは俺が仕掛けた経済封鎖なのでオンダ家の者たちは俺を恨んでいるのは間違いない。
だが、今更俺が死んでもオンダ家の運命が変わるわけではないし、寧ろ俺の弔い合戦だとかなんとか言ってテンションアゲアゲのキシンが正に鬼神の如く敵を薙ぎ払う未来しか浮かばない。
ただ、オンダ家の中には既にアズマ家と通じている者も多いし、忍のタナカ衆も潜り込んでいるので俺の暗殺を指示した事は事前に報告があっても良いだろう。勿論、極秘に進められた結果の暗殺であれば知るのは難しいだろうけど。
次はミズホの国の他の二勢力だな。ミズホの国にはアズマ家、オンダ家の他にクニシマ家とマシマ家があり、家柄で言うとクニシマ家が国守代なのでアズマ家に次ぐ家柄で、マシマ家の方はミズホの国の最大勢力になる。
共にオンダ家の経済封鎖の余波を受けているのは間違いなく、ミズホの国は昨年不作だったので米の高騰はクニシマ家とマシマ家も苦しめていると言って良い。まぁ、俺もそれを狙ってやっているわけだから恨まれても仕方がないと自分でも思わないではない。
だが、クニシマ家は忍を使っていないはずだから可能性的にはマシマ家の方が圧倒的に高いだろう。
後は近しい所でゼンダユウ・クサカなどのフジオウ擁立派かな。可能性としては他家に比べると低いとは思うが可能性を捨てる事はできない。
家中でも俺は嫡子として次期当主としての地位を固めつつあった。そんな俺が邪魔なのは間違いないだろう。
別に当主に成りたいと精力的に動いていたわけではないのだが、結果として次期当主としての知名度が上がっていたのは事実だし。
まぁ、アズマ家を金銭的に支えている俺なので俺が当主になる事で利益が得られないと思っている者以外は俺の次期当主について反対する事はなかっただろう。
だが、あのタイミングで俺を殺すのは下策だ。俺を殺すのであればオンダ家と決着をつけた後に美味しく頂けるタイミングで殺すべきだろう。態々オンダ攻めを目前にした今の時期を選ぶのは考えなしの愚考と言えるだろう。どうせ殺すなら脂がのってからの方が良い。
と、こんな事を考えてもせん無きことで死んだ俺にはどうでも良い事だ。別に俺を殺した者に恨みがあるわけじゃない。だって俺だって結果として多くの人を殺しているのだから俺は良くて他者は悪いなんて自己中な考え方はするつもりはない。
死する覚悟なく殺めるなかれ。あの世界で生きてきた俺の座右の銘だ。
「良い心がけですね」
そうだろう、俺もそう思う。・・・って居たの? 何時から居たのさ?
「ええ、居ましたよ。最初からね」
・・・今まで俺がグダグダ考えて居たのを見て楽しんでいたの?
「いえ、楽しんでなどいませんよ。只、感心していたのです」
そうですか。で、今度も他の世界に転生ですか? それとも同じ世界に転生ですか? 前々世の世界よりは前世のアズマ家のような家に生まれ変わりたいのですが?
「貴方は勘違いをされています。転生はありませんよ」
え、じゃぁ、転移ですか?
「転移もありません」
それじゃぁ、俺は消滅ですか?
「いいえ、そもそも貴方は死んでいないので転生をさせる必要はありません」
へ? でも、じゃぁ、何で俺はこの白い空間に?
「偶々ですね。今、貴方は現世で死にかけています。しかし周囲の者が懸命に看病した甲斐あって快方に向かっていますので安心して下さい。この空間に来たのは以前この空間での出来事が貴方の魂に刻まれておりこの空間と繋がりがある事で死にかけて弱った体から魂が抜けこの空間に引っ張られたからでしょう。意識が戻れば魂は自然と体に戻りますので安心して下さい」
丁寧な説明を有難うございます。
俺はソウシンとしてまだ生きていけるようだ。
「但し、今回貴方が負った傷は即死してもおかしくないほどの重傷でした。その為に貴方の体だけではなく魂も大きく傷ついてしまったようです」
え~、それってヤバくないですか?
「一命は取り留めましたが意識が戻っても全快するかは分かりません」
あれ~? それって半身不随とかの身体障害者になるって事?
「いえ、体を動かすだけであれば問題ありませんが、魂が傷つけられた事で魂の自己修復時に貴方の職業、そしてスキルに重大な変化が発生する可能性があります」
つまり俺の【創造生産師】が本来の性能を発揮できないと?
「それは貴方が目覚めてみないと何とも分かりかねます」
分かりかねます、って・・・俺は如何すれば良いのですか?
「どうしようもないでしょう。何れにしろ、貴方が目覚めた時に全ては確定します。その時のありのままを受け入れて下さい」
おぉぉぉぉいっ! そんないい加減でよいのかっ!?
「私にもどうにもできないのです」
何てこったぁ~っ!
分かった! 無理な事をどうにかしろとは言わないさ。だけど、一つだけ教えて欲しいんだ。
「・・・何でしょうか?」
俺に矢を放った奴を差し向けたのは誰なんだ? 気になるんで教えて欲しいんだけど。
「・・・知ってどうされるので?」
さぁ? 知らないという事が何だか気持ち悪いんで知りたいと思っただけで、知った後にどうするかまでは考えていないんだよね~。
「・・・良いでしょう。貴方が目覚めた後に分かるようにしておきましょう」
有難う。
「ではそろそろ時間のようですね。出来る事であれば貴方の今後に幸ある事を願っております」
・・・体が重い。重力を感じているようだ。あの白い空間では重力があるのかさえ不明な不思議な空間だったから明らかに違うのが分かる。
恐らく俺の魂が体に戻り意識が覚醒し始めているんだろう。
しかしあのオバサンは神様じゃないのかね? 俺の今後に幸あれ、か。願うって事はもっと上の存在が居るのかも知れないな。色々と制約があるようだから天使的な立場なんだろうか? あれこれ詮索しても始まらないな。今は命が助かった事を喜ぼう。
あれ・・・痛ってぇっ! 痛たたたたたたたぁぁっぁぁっ! 体中が悲鳴を上げている感じだ!
「・・・」
痛みで目が覚めてしまった。見た事のある天井だ。オノの庄の館の俺の部屋の天井に間違いない。
「・・・ぁ・ぁ・・ぅ・」
ん? えらく小さい声が聞こえたような・・・首を傾けるのも厳しい痛みが体中に・・・
「・・・誰か・・居る・・のか?」
「・・・」
「・・・体を・・動かすのも・・・辛い・・のだ っ! 誰か・・居るので・・あれば・・・顔を・見せよ」
暫くしてススーっと布すれの音がし俺の顔の上に見知らぬ女性が顔を出した。俺がこの世界に転生した短い人生の中でも最高に美しい顔をした少女と言って良い年頃の女性だ。
「美しいな」
「っ!」
「そなた・・・名を・・何と・・申すの・・だ?」
大怪我をして意識不明から覚醒して速攻で女性を口説くとは、俺もコマシになったものだと思ってしまう。だが、声を掛けたくなるような美人なのだ。
透明感のある白い肌にスーッと伸びた鼻筋、まるで俺の姿を映す為にあると思いたくなるほどの大きくて綺麗な澄んだ瞳、この世界では見慣れぬ顔立ちだが、前世でのテレビやネットで見たモデルのような美しさを持つ美女。俺はこの美女に一目惚れしてしまったようだ。これって吊り橋効果ってやつじゃないよな?
「・・・」
「美しい・・・ソナタの・・名を訪・・ねておる・・・のだ、・・言う・・が良い」
俺に名前を伝えるのを厭うように顔を少しそむけた少女に俺は全身全霊を込めて手を動かす。痛みが体を駆け巡り冷汗が毛穴という毛穴から飛び出す。
それでも俺はその美女の頬に手をあてる。力が入らなし手の感覚がまだ完全に戻ってきていないが、彼女の頬の暖かさが伝わってくるようだ。
「・・・アズ・・です」
そうか、この娘がアズ姫か。何だろう、初めて見た顔なのに親近感があったのはここ最近毎日通っていたアズ姫だったからなのか。
しかしこんなに美人なのに何で容姿に自信がないなんていって俺を避けていたんだよ・・・そうか、そうだよな・・・この今世、というか、ワ国の美人の基準は前世とは違うんだった・・・もっと早く気付くべきだったな、損した気分だ。
「ソナ・タが・・・アズ・・姫か」
「・・・はい」
「ソナタ・・が・看病・・して・くれた・・のだ・な?」
「・・・はい」
「何故・・もっと・・早く・・・くっ!」
「痛むのですか?」
「構わぬ・・・痛み・・・があるのは・・・生きて・・いる・・証だ。・・・もっと・・早く・・ぐっ!・・お前の・・・・・美しい・・顔を・・見たかったぞ」
俺は痛みに耐え切れず意識を手放す。
だが、満足だ。アズ姫の顔を拝めたし、あんなにも美人だなんて嬉しい誤算ではないが、本当にもっと早く話をしたかったな。
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