第15話

 


 結婚初夜は散々だった。

 アズ姫はあれからうつ伏して泣きじゃくったので俺は如何してよいか分からずアズ姫付きの侍女に後を任せて別室に下がった。いくら考えてもアズ姫を泣かせた理由が分からない。

 部屋の中でまんじりともせず朝を迎えた。今日の清々しく雲一つない青空とは真逆に黒く分厚い雲がかかり大雨、いや暴風雨のような心持だ。


「若様」

「・・・ハルか、どうした?」


 乳母のハルが俺の表情を見て一瞬目を伏せる。暫くして申し訳なさそうに口を開いた。


「アズ姫様の事ですが・・・」


 アズ姫と聞いて俺の肩が大きく跳ねた。自分でもなぜこの様な反応をしてしまったのか分からない。


「アズ姫様は「良い。気にしてはいない。妻は一人でなければならぬ事もないしな」・・・はい」


 そうだ、正妻と相性が悪い夫婦なんていくらでもいるはずだ。俺が結婚したくなったら側室を持てば良いのだ。嫌な相手に無理やり嫁がされたアズ姫は不憫であるが、既に祝言を挙げてしまった以上、実家に帰す事もできない。不自由なく過ごせるように面倒は見させてもらうさ。

 暫くしてコウちゃんも俺の元を訪れたが、昨夜の事には触れず朝の挨拶をするとそそくさと戻って行った。皆が嫁に拒否られた惨めな夫と、哀れみや侮りの込められた視線を投げる。そんな気がした。

 その日は一日中部屋に籠って何もする気にはなれなかった。何度かハルが俺の様子を見に来たがその程度だったので一人じっくり考える事ができた。


 考えてみれば誰も知り合いのいない田舎の弱小勢力に京の名家の息女が嫁ぐのだ、親に売られたと思っているのかも知れないし、田舎者で不細工な俺の嫁になんかなりたくはなかったのだろう。

 もしかしたらアズ姫には心に決めた者が居り、俺との結婚で無理やり引き離されたのかも知れない。彼女には彼女なりの不満があるのだろう。俺なんかに嫁がなければ幸せな一生を送っていたかも知れない。

 ・・・ああ、後ろ向きな考えばかりが浮かんでくる。気が滅入るぜ。


 翌朝、俺はアズ姫とその侍女たちを連れてオノの庄に向かう。アズ姫は専用に創った牛車に載せて移動なので途中の村で一泊して翌日オノの庄に着いた。俺と家臣だけなら夕方には到着するが牛車ではそんなに速度は出ないので到着が翌日の昼過ぎになったのだ。

 その間、一度もアズ姫の姿を見る事はなかったし、俺も特に会いに行く気はない。嫌な事をむりにする必要はない。





 ロイド歴三八八二年五月。


 一二歳になった俺は順調に領地経営をしていたし、オンダ家への経済封鎖も順調だ。

 ミズホ屋やイズミ屋の話ではミズホの国周辺の米の値が昨年の三倍ほどに跳ね上がっており、オンダ家は農民から追加の税を徴収したそうだ。元々不作なので農民の手元にもそれほど米があるわけではない、そんな所に無理やり徴税され農民の流出が止まらないらしい。


 そこに俺がオノの庄に農民を受け入れると触れ回っている。農民には農地、家、農具を与え今年の収穫が得られるまでは米を支給するというものだ。身一つで逃げ出してきても大丈夫なんだ、大盤振る舞いだぜ。

 それから農民から離れたいという者には傭兵として受け入れると触れ回っているので傭兵も増えている。

 そういった事をするのが俺の情報衆だ。


 サヨに情報操作や後方攪乱をする忍者に心当たりがないかと聞いた所、何家か地に埋もれた忍びの家を知っていると答えてくれたので早速繋ぎをとる事にした。


 一家はミズホの国の山間部でひっそりと暮らすタナカ家だ。このタナカ家はサヨと同じ流れをくむ家だが家の格としてはサヨの方が本家筋となる。しかしサヨの一族は以前起きたオンダ家とマシマ家との戦いで滅んでおりサヨと一部の者しか生き残っていないらしい。生き残ったサヨはアズマ家に、他の者は分家筋のタナカ家を頼って暮らしを立てていたそうだが、俺ならばと推挙してくれた。


 二つ目の家は東国のカザマ家で、俺は一瞬北条家に仕えた風魔忍者を思い浮かべた。得意分野は後方攪乱や戦闘術で可成りの武闘派忍者軍団らしい。数十年前に主家が滅んでしまったらしく今は傭兵のような事をしているらしい。


 三つ目は家と言うよりは集団と言った方が良いらしい。主に河原に住む『河原者』と言われる集団でワ国全域にその情報網を持つと言う。但し、ミズホの国の河原者を引き入れる事ができても他国の河原者を引き入れたとは言えないらしい。

 前世の記憶にある浮浪者のような集団なのだが戦闘力はそこそこあるし、情報収集力も高いと言う。


 取り敢えず全部に声を掛けたらタナカ家は早々に良い返事を貰う事ができた。当主はダイトウ・タナカと言う四〇代の男で特に特徴のない顔をしている。雰囲気も空気のようで居るのか居ないのか分からない感じの男だ。

 タナカ家は総勢五〇〇人ほどの一族で俺はオノの庄に知行地を与え、正式に家臣の列に加えると条件提示する。


「タナカ家の各頭には一〇〇石、頭領たるダイトウには三〇〇石を与え私の傍衆に加える。他に条件に付け加える事はあるか?」

「その様に好条件を・・・」


 目を潤ませて俺を見てきた。そんなに好条件か? 頭が一二人に総勢五〇〇人の忍を雇えるのにたった一五〇〇石で良いのかと思ったほどだぞ?


「ソウシン様! 我が一族郎党、ソウシン様に忠誠をお誓いし身命を賭してお働き致す所存!」


 こうしてタナカ家が俺の家臣に加わった。


 河原衆からは良い返事が返ってこなかったが、カザマは後日頭領が俺に会いに来ると返事があった。

 そして今に至っているわけで、タナカはオンダの地盤を崩すのに良い働きをしている。オノの庄の人口は鰻上りだし田畑にする土地はまだまだ余っている。田畑を創る事はできても穀物を育て管理するのは俺には無理なので農民が増えるのは良い事だ。そして生産量が増えると養える傭兵の数も増える。今年の田植えを見るに秋の収穫が例年並みでも二〇〇〇〇石は見込める。傭兵は基本的に月収制で金を与えており俺が生産して稼いでいる金で賄えるので石高に頼る必要はないが、戦になれば兵糧を用意するのは領主の役目なので石高が増えるのは地味に嬉しい。





 ロイド歴三八八二年六月。


 キザエモンとハルが雁首を揃えて俺の元を訪問した。


「ハッキリ言わせて頂きますが、若はアズ姫をどう思っておいでですか?」


 藪から棒に何だ?

 俺がアズ姫をどう思うかなんて聞かれても答えようがない。このオノの庄に迎えてより顔を合わせた事などない。未だに顔さえ知らない子をどう思うかと聞かれても・・・


「別に?」


 としか答えられない。

 キザエモンとハルは顔を見合わせ、お互いに溜息を吐き合う。随分気が合うじゃないか。


「若様、キザエモンがお聞きしたのはアズ姫を正室とお認めになり子を成されるのか、とお聞きしたので御座います」

「そんな事言われてもアズ姫が私を避けている以上、無理強いはしたくない」

「無理強いでなければ?」

「そうだな・・・先ずは私の妻となる覚悟があるか、そして妻となる覚悟があるのであれば私はアズ姫を避ける理由は今のところないな」


 俺だって妻となったアズ姫とは仲良くしたい。だけどアズ姫が俺を避ける以上、無理強いはしたくないのでそっとしておこうと思っているだけだ。


「アズ姫様は若を避けているわけでは御座らん」

「左様、アズ姫様におかれましては、ご自分の容姿に自信がおありにならないのです」

「・・・はぁ?」


 何それ? 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 二人の言うにはアズ姫は背が高い大女、そして彫が深い顔立ちで美人どころか京でも有名な醜女だと言う。だから俺に顔を見られれば嫌われるのが分かっていたのでどうしても顔を見せられなっかったのだと言う。

 それを勘案し俺から歩み寄って欲しいとハルが言う。

 アズ姫も俺と話したい、だけど顔を見られたくない、そんな葛藤が情緒不安定にするのだと言う。


「という事は私を嫌っているのではないのか?」

「寧ろお慕いしておりますとの事です」

「そうか・・・ん? 何でアズ姫が私を慕っていると?」

「このハルが直接アズ姫様より伺いまして御座います」

「・・・そうか、・・・ならば折を見てアズ姫と話してみるか・・・」


 

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