第9話
前線から報告が届いた。
キシンは初戦に大勝し勢いそのままにオンダ家の昭島城あきしまじょうを落とす事に成功した。その後、護岸城(ごがんじょう)と石山城を次々に落城せしめ、現在は豊新城(ほうしんじょう)を包囲していると報告書には書かれてあった。
兵の損耗もそれほどなく、そう時間は掛からず落城するだろうともあった。
俺の事については、オノの庄の水害に対し救助物資を送り民を救った事を褒めていた。
そのオノの庄だが、援助物資を見たとたんにワーっと沸き上がった民だったが、中身が小麦や大豆だと分かるとあからさまに落胆したのを覚えている。その後俺が大豆から味噌と醤油を創り出し、小麦を粉にして小麦からはウドンやパンを創って配ったら泣いて喜んでいた。
何故か分からないけど味噌や醤油、それにパンの発酵は問題なくできてしまうのだ。本来なら発酵には麹菌のような微生物が必要なのだが俺はこの麹菌を持っていないし、【創造生産師】のスキルでは植物や生物を生み出す事はできない。なのに麹菌の代用ができてしまうのだ。これって俺のMPで麹菌の代用をしているの?って思ってしまう。
これは九歳の時にはできる事が判明していたので行き当たりばったりではない。俺の名誉のために言っておくが俺は勝算のない勝負はしない主義なのだ。
それと流されてしまった家については家の基礎として俺のスキルで土を硬く固めた上に近くの森林の木から木材を創って家を建てた。基礎の時もそうだったが森林で木から直接角材を創り出す俺のスキルを見た現地の者は顎が外れるほど口をアングリと開け驚いていた。
角材は一〇歳程度の子供であれば二人で運べるサイズだし、大人なら一人でも運べるから原木を運搬するよりはるかに運搬しやすいので被災者の殆どを動員して運搬はスムーズに終わった。
それから角材にした時に余った半端な木の破片を使って布団サイズの紙を創りそれを数枚重ね合わせれば布団の代わりになると使わせた。新聞紙やダンボールにくるまって寝ると結構温かいんだぞ! ・・・木って便利だよね。
そんな事をしていたら神様が俺を使わせたなどと言い出し始めた。確かに俺は神様のような存在のオバサンにこの世界に連れてこられたが決して神様の使いなどではない!
最近思ったのだが、麹菌の代用ができるのであれば俺は酒も造れるのでは、というものだ。だから実際に試してみたら何と麦からは麦焼酎ができてしまった。後は大豆で納豆もできた。
今まで味噌と醤油は俺が工房内で一人で食事をする時にこっそり食べていたが、今回の件で一〇〇〇人もの人が味噌や醤油の味を知ってしまったので広める事にした。
俺は俺や家族の命にかかわらなければこの世界の文化レベルを引き上げる気はない。やろうと思えばいくらでもできるだろうが、食事だろうが戦争だろうがレベルを上げてしまうと色々と不都合が出てしまうのではないかと危惧しての判断だ。
勿論、俺や家族の命にかかわる事があれば別だけどね。
そんなわけで不味い食事ともオサラバさ! 正直言うと食事の味付けにはかなり不満があった。食材の味を楽しむって言えば聞こえは良いが味噌も醤油もない以上、味付けは塩のみっていうシンプルさ。前世でハンバーグやカレーと言った食事を普通に食してきた俺にはとても不満のある味付けなのだ。
早速量産をして販売しよう。
ロイド歴三八八一年二月。
キシンが戻ってきた。豊新城を落として帰着したんだ。
帰着後は家臣たちに褒美を与えなければならないので論功行賞について頭を働かせているキシンはかなり忙しいようでコウちゃんが帰って来たのに顔をほとんど見ていないとご立腹だったのでそれとなくキシンには伝える事にした。
「父上が働きすぎだと母上がご心配されております。母上を安心させる為にも、何より父上のお体の為にも少しは奥でお休みください」
「ワシはそんな軟な鍛え方をしていないぞ。されど忙しさにかまけてコウにも会っておらぬな、今夜は奥で休むとしよう」
俺はウンと頷き、キシンに笑顔を向ける。夫婦の不仲を見るのは息子として気分の良いものではないからな。そうなる前に繋ぎ止めるのは子供の役目でもあるだろう、子は鎹とよく言ったものだ。
「そうじゃ、オノの庄の事、ソウシンの働きも天晴! 褒美を与えよう、何か希望はあるか?」
いきなり褒美は何が良い、って聞かれても考えていなかったしな。
「明日の昼に食事を一緒に摂る事にする。それまでに決めておくように」
明日の昼か、キザエモンたちと相談して決めるか。
しかし自室に戻ってキザエモンたちにその事を話して意見を求めると俺の好きなようにすれば良いと俺を突き放した。
まったくご主人様が悩んでいるんだ、少しは助言しろよ。
さて、どうしたものか・・・そう言えばまだソウコが俺と話してくれないんだよな。もう三ヶ月も前なのにいい加減機嫌を直しても良いだろうに。はぁ。
今回、キシンが落とした城は四城で、論功行賞の結果二城をアズマ家の直轄、二城を家臣に与え、その他の功がある家臣には金や物を与えた。
城については昭島城と豊新城はアズマ家の直轄として城代を置き、護岸城ごがんじょうには家老のコウダイ・アカサカ、石山城は家老のゼンダユウ・クサカに与えた。
増えた四城の内で最も重要な城は豊新城だ。この豊新城はオンダ家の喉元に突き付けられた剣のようなものでオンダ家としては厄介極まる城なのだ。
しかも城自体は小高い山の上に建てられているが、城下には平野が広がっており穀物の生産量が多く城下町が比較的発展しているので税収が馬鹿にならない。
お陰でこの四城の領地を合わせたアズマ家の石高は五万石から一気に倍近い九万石になっている。キシンはその事を誇らしげに語っていた。まぁ、戦争で荒れてしまった田畑もあればオノの庄が水没してしまったので実際には九万石もないのだけどね。
「して、褒美は何が良いのだ?」
翌日の昼食を一緒に摂っているとキシンが不意に語りかけてきた。
「はい、決まりました」
キシンは何が欲しい、早く言え、と視線で催促してくる。
最近の俺の中で不満があった事をいくつか書き出しその中から解決が難しい順に番号を振った。そして気付いたんだ、俺って意外と欲張りだったんだと。
なので俺の目的を果たす為にも必要な物を褒美で貰おうと。
「オノの庄を私にください!」
「・・・オノの庄を・・か?」
この世界に転生する時にあの白い空間でオバサンから職業を貰った。その時にこの世界で何がしたいか、と自問自答したのを覚えている。
あの空間では争い事から遠くに身を置き、命の危険が少ない、そんな職業を探したのを覚えている。
だからではないが職業は生産職にした。決して隠し職業だから【創造生産師】を選んだわけではない。
今でもあの時の気持ちに変わりはない。だとしたら俺が欲しいのは領地、ではなく、誰もが俺を必要とし俺が居ないと困る世界を創る事だ。
アズマ家の家督など要らない。フジオウに譲る気はないがドウジマルが居るので希望はある。キシンからドウジマルにアズマ家の家督が譲られれアズマ家がこのまま大きくなる土台を俺が支え、アズマ家の庇護下で俺は平穏に暮らす。できるかは分からないが、やってみてダメなら別の道を探そうと思うわけだ。
「良いだろう、オノの庄をソウシンに与えよう。開墾が進めばその土地の領有も認めよう」
「宜しいのですか?」
俺が望んでおいて何だが、土地を与えるという事はかなり重大事だ。先の戦で戦功を挙げたのに領地を与えられなかった者から不満が出る可能性もある。
金品を与え戦功に報いているとは言え、そういう感情は次から次に現れるものだ。
「水没して今年の収穫も危ぶまれる土地を与えたとて不満が出るとは思えぬな。もし不満が出ればその者に不毛な土地を与えるとしようかのう、はははは」
大叔父のブゲンもキシンと共に大笑いをしているが、そんな嫌がらせをしたらそれこそ謀反が起きるぞ。
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