第8話

 


 ロイド歴三八八〇年九月。


 未だ夏が続いているかのような残暑が厳しいミズホの国アズマ領の一角で轟音が響き渡る。

 その音に驚き腰を抜かす者、身構え腰の刀に手をかける者、日ごろ武を誇って鼻息の荒い者たちが驚く様は見ているこっちを楽しませてくれる。


「・・・これは・・・ソウシン、説明せよ」

「これは鉄砲という武器で御座います」


 このワ国で一般的な防具の胴部分は薄い鉄板に漆などが塗られているものだが、その防具の鉄板にしっかりと穴を開けた鉄砲の威力よりも轟音に皆が驚いていた。

 そして俺が説明して穴が開いていると分かった時に二度目の驚きを頂きました。オッサンが驚く様は一回見れば十分であり、できれば可愛い女の子の方が見ていて楽しいのだけど、目の前にいるのはむさ苦しいオッサンばかりだ。残念!


「鉄砲は弓矢ほど射程が長くはないですが、この様に非常に強力な威力を発揮します」

「うむ、素晴らしい物よ。これを戦に用いるのに反対の者は居るか?」


 キシンは鉄砲の威力を褒めたたえ、兵装として認める発言をし家臣たちに異論の有無を確認した。家臣たちも目の前でその威力を見せつけられたのだから簡単には否とは言えないだろう。

 尤も、否と言われても兵装として認めさせるつもりだったけどね。


「して、この鉄砲とやらはどれほどの数を揃える事ができるのだ?」

「今ありますのは一〇丁のみです」


 場所を移して俺とキシン、そして大叔父のブゲンに奉行衆のヒョウマ・アズミが雁首を並べて鉄砲について話し合う。


「一〇丁ですか、少ないですな」

「いや、そうでもないぞ、あれだけの音が出るのだ敵を怯ませるのには使えよう」


 ヒョウマが数が少ないと言えば、ブゲン大叔父は音だけでも有効だと言う。


「扱うのにも熟練度が必要ですし数を揃えても次の戦いには間に合わないものと考えます。それと弱点がないわけでではないので」

「その弱点と言うのは何か?」


 キシンは弱点と聞き嫌そうな顔をする。そんな顔をするなよ、これでも織田信長は有効に使っていたんだぞ。


「まずは熟練度です。扱いが難しいので訓練をしっかりとした者でなければ扱う事かないません」


 標的に命中させるだけでもそれなりの力量がいるし火薬を触る以上はいい加減な訓練では危なくて触らせれない。暴発や場合によっては火薬箱に引火させ爆発なんて洒落にならん。


「ふむ、他には?」

「発砲するのに火を使いますれば「雨かっ!」」


 俺が言おうとした「雨が降ると使い物にならない」という言葉を遮りブゲン大叔父が大きな声で呟く。


「はい雨です。火薬には水気が天敵なので湿らさないようにする必要があります」


 雨が弱点だと知ると三人ともう~むと唸り出した。

 本当の事を言うと既に雨対策は出来ているが、そんなオーパーツを行き成り出すのは気が引けるので小出しにする事にした。


「天候に左右されるのは厳しいの」

「うむ・・・」

「されど雨さえなければ鉄砲の威力は魔法同様脅威ではある」

『左様ですな』


 キシンの言葉に大叔父とヒョウマが同意する。

 しかし魔法使いが居る世界だと聞いていたが、こうしてキシンの口から「魔法」という言葉を聞くと本当に魔法使いはいるんだなと今更ながら実感する。

 俺は実際に魔法を見たことがない。実際の所、戦闘に投入される魔法使いは多くないらしい。まず、魔法を使える者が圧倒的に少なく、更に人を殺せる規模の魔法使いはもっと少ないと聞いている。

 そして戦闘能力の高い魔法使いの多くは宮仕えのような堅苦しい仕事を嫌い、自由に行動できる冒険者になると言うのだ。冒険者は自分の才覚次第で高額な報酬を得られるので宮仕えよりよっぽど金になるのだ。

 あまり平野部には出てこないが山間部などには魔物が生息しており、この魔物を狩ってその素材を売るとかなり良い金になる。俺も商人から幾つか魔物の素材を入手しているが、非常に高額だったのを覚えている。


「鉄砲については一〇丁で良い。戦までに兵の熟練度を上げてくれ」

「分かりました」


 俺は了承の意を伝える。

 さて、キシンはこの一〇丁の鉄砲をどのように使うのかな? キシンの想像力が試されるぞ。






 ロイド歴三八八〇年一〇月。


 オンダ家が二五〇〇の兵を率いて領境を越えてきた。それに対する為にキシンは一五〇〇の兵を率いて出陣した。

 これだけの戦力差があるのだ、普通なら戦う前からアズマ家の負けは決まったようなものだが、キシンはこれまで戦で負けた事がない。キシンならやってくれると思い祈る。

 俺は還暦越えの内蔵助爺さんと留守居の役を任された。居留守じゃないよ留守居だよ!

 留守居役とはキシンが居ない間の館や城を預かる者の事で名目上は俺が館を預かっている。まぁ、実権は内蔵助爺さんが持っているのだけどね。


 キシンが居ないからと言って俺が何かするのかと言えばいつもと変わりがない。殆どの事は内蔵助爺さんがやってくれるし大事があれば呼び出されるが、そう簡単に大事があっては困る。

 と思ったら生産をしている時に内蔵助爺さんに呼び出された。


「お呼びだてし申訳御座らん」

「いえいえ。して、如何なる用向きでしょうや?」


 内蔵助爺さんは言い難そうに口を開く。


「先日の大雨によって・・・」


 二日前まで数日雨が降っていたのだが・・・まさか、火薬が湿気って使い物にならなくなった何て言わないよな?


「堤が決壊しましてオノの庄一帯が被害を受けたそうです」


 何だ火薬が湿気ったんじゃないのか。って、堤って堤防の事だよね、あかんやん!


「オノの庄一帯の住民に被害は?」

「決壊した場所に近い三世帯一八人が鉄砲水に流されて亡くなっております」

「それだけですか?」


 それだけと言っては亡くなった者に失礼だろうが、堤防が決壊して被害が三世帯だけだなんて信じられん。


「他に二〇〇〇人ほどが家を流され田畑が水没しております。この者どもは堤の決壊による鉄砲水に気が付き直ぐに高台に逃げたので助かったようです」


 は? 二〇〇〇人? それってかなりの被害じゃないの? てか、家を流されたって事は食料も流されているんじゃないのか? 家が流されたんじゃ風雨を凌ぐのも大変だろうし布団もないよな? マズイじゃん!


「家を流された者どもの内半数ほどは親戚などを頼り何とかなり申したが、半分の一〇〇〇人ほどが食料もなく困窮しております」

「直ぐに援助物資を送れないのですか?」

「送りたくても蔵にある米は殿への補給物資でして、余っている米は御座らぬ」


 ちっ、こんな時にオンダの馬鹿どもめ! どうする、ここで手をこまねいている間にも腹を空かせて死んでいく者が居るかも知れんのだ。

 ・・・そうか!


「私はオノの庄に向かいますが、内蔵助殿には後の事をお頼み致す!」

「行ってどうされるのか!?」

「少しでも民草を救ってきます」


 内蔵助爺さんは俺を真っすぐに見、数舜後ウンと頷く。


「後の事はこの老いぼれにお任せあれ。若は若のなさりたいようにしませ!」

「おう!」


 俺は直ぐに小姓たちと幾人かの部下に指示を出す。

 何時もは孤独を楽しんでいる俺だが、今回はそうは行かないので小姓と部下にはフル回転で働いてもらおう。因みに俺はボッチじゃないぞ、孤独が好きなだけだ。それにソウコが周辺をウロチョロしているから最近は孤独も味わえないんだ。

 俺は館を飛び出した。


「これは若様、ようこそおいで下さいました!」

「コウサク殿、今日は話している時間も惜しい。すまぬが直ぐに商談に移りたい」


 俺が向かった先は商人の店だ。俺の表情を見て店主のコウサク事、イズミ屋コウサクは真剣な面持ちで俺を奥に通す。


「して、本日のご用向きは?」

「うむ、オノの庄の事はイズミ屋もしっておろう?」

「はい、堤が切れ家々が流された事は存じております。」

「それでは話が早い。被災地に食料を送りたいのだ。それをコウサク殿の店で調達したいと思っている」

「それは無理で御座います。若様もご存じの通り我が店にある米はアズマ家よりの預かり米で御座います。いくら若様と言えど預かり米を戦以外の理由で動かすのは難しいのでは?」


 預かり米と言うのは戦が起きた時に商人が保有している米をアズマ家が手付を払って確保している米なのでアズマ家の戦が終わるまでは簡単に動かせないのだ。

 もし商人が目先の利益の為にこの預かり米を売り払ったりすれば処罰の対象になるし、もしそれがきっかけで戦に負けでもしたら商人は敗戦の責めを負わされる。更に言えばその噂が流れれば商人としての信頼が失墜するので商人としても悪手でしかない。


「分かっておる! 故に預かり米ではなく小麦、それに大豆を全て買いたいのだ」


 ワ国では小麦と大豆は家畜の餌とかになっており人はあまり食さない。だが俺は知っている。これらのものは米に変わる主食となりえるのだ、と。


「家畜の・・・それで構わぬのですな?」

「構わぬ! 今すぐこのソウシンに譲ってくれ!」

「分かりました。それらの物であれば私どもが保有している全てをお譲り致しましょう!」


 金を持ってきていないが俺とイズミ屋との取引は毎月五〇〇カンほどになるので信用があるし手形で問題ない。

 購入した食料は現地に運搬するようにイズミ屋に手配を頼んだ。だから護衛料を含めてすべて手形で支払いの約束をした。まぁ、現金なんて館に帰れば腐るほどある。言い過ぎではない。俺の資産は一〇億ゼムを越えているのだから一〇〇〇人程度の食料では大した出費にならない。

 他に幾つかを追加で注文してからイズミ屋を出るとミズホ屋にも向かいイズミ屋同様の取引をした。ミズホ屋は食品にそれほど強くないのでイズミ屋ほどの食材が揃わなかったが、それでも無いよりはマシだ。


「若、用意は出来ております!」


 館に帰った俺を部下であるキザエモン・ロクサキが荷台に多量の物資を載せて俺を待ち構えていた。このキザエモンは俺が元服した折りに経済衆として正式に碌を与えた元小姓頭だ。剣術とかは嗜む程度で基本は文官である。事実、キザエモンの職業は【算術士】だから経済衆には丁度良いだろう。そしてこういう事には役に立つ男だ。


「若、食料の方は如何で御座いましたか?」


 こいつはエイベエ・イズミという。キザエモン同様、俺の元小姓で今は経済衆として碌を与えている。平時には目立たないが戦となればその職業が役に立つだろう。


「若が交渉を行ったのだ、食料の方は問題ない!」


 俺の護衛をしているダンベエ・イズミがキザエモンとエイベエに聞こえるように吠える。このダンベエは脳筋で槍の腕では家中でも有数の男だ。だから経済衆として碌を与えているが基本は俺の護衛をさせている。因みにエイベエの兄でもありダンベエは長男でエイベエは三男だ。


 俺はキザエモンを始めとした皆に頷き、直ぐに出発する旨を伝え館を出ようとしたが、そこへコウちゃんたちが現れた。


「何もソウシン殿が向かわなくてもキザエモンを向かわせれば事足りるのではないでしょうか?」

「母上、キザエモンは確かに優秀で上手くやってくれるでしょう。しかしながら現地では家もなく、食べ物なく、寝る時の布団さえない、そんな民草に一刻も早く安心を与える為には私の職業が役に立つのです!」


 俺が現地に向かう理由、それは俺の【創造生産師】にある。

 俺ならば現場にある木を使って時間を掛けず建物を建てるし、小麦や大麦を粉にするのも時間は掛からない。物創りの最上位職である俺であれば現地で皆の力になれるはずだ。

 すったもんだしてコウちゃんを何とか言いくるめた俺は気持ちを切り替えて出発しようとしたが、また邪魔が入る。


「兄様! 私も行きます!」

「ダメ!」


 もうね、ダメに決まっている事に一切の妥協はしない。災害現場にソウコのような子供を連れて行けるわけないだろ!


「ダメってなんですか! もっと言い方があると思います!」


 駄々をこねるソウコを一睨みして俺は不機嫌に口を開く。


「時と場所、そして自分の分を弁えない者を連れて行けるような場所ではない!」

「・・・」


 あ、何か目に涙を浮かべ始めた。


「・・うぅ・・う・・うぅ・・うわーん、兄様のばかぁぁぁぁ」


 ソウコは俺を馬鹿呼ばわりして泣きながら駆けて行った。


「良いのですか? 後が大変ですよ?」

「そう思うなら何とかしろよ・・・」

「無理です」


 キザエモン始め、ここにいる俺の部下たちが『無理』という言葉に反応しウンウンと頷いている。

 帰ってきた時の面倒を思うと今から頭が痛い。


 

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