第7話

 


 ロイド歴三八八〇年六月。


 無事に元服した俺はキミョウマルからソウシンに改名した。

 キミョウマルってのは幼名なので元服すると大概はこうやって名前が変わる。と言ってもこれは貴族階級だけで平民ではあまり改名はしないようだ。



 氏名:ソウシン・アズマ

 年齢:一〇歳(ロイド歴三八七〇年五月五日生まれ)

 性別:♂

 身分:ミズホ国守アズマ家長子

 職業:【創造生産師】レベル二三(一〇六二/二三〇〇)

 能力:HP七六/七六、MP二一五/二一五

 スキル:【鑑定】【物質抽出】【化合物生産】【道具生産】



 大分レベルが上がっているけど、流石に最近はレベルが上がるのが遅くなっている。経験値が溜まりづらいのだ。

 それに一応は体を鍛えているので一般的な生産職よりはHPの上がりも良いらしい。


 元服してからはキシンに正式に評定に加わる様に命じられた俺。

 日課の朝起きてからの槍の稽古をして、稽古が終わるとアズマ家の財政を支える為の生産活動をする。ただ、評定がある時は評定に出席するので生産が出来ない日もある。

 評定自体は毎日あるわけではないので基本は生産活動をしてるし、評定衆である俺の役職は『経済奉行』、この経済というのは俺が提案したのだがキシンが気に入って使っており、キシンが俺の為に制定した部局が経済方だ。つまりは今まで通り物創りをしろってことだね。


「兄様、これはどちらに置けば宜しいのですか?」

「ん、それは向こうの棚に置いておいて」


 ソウコが俺の工房で試作品や材料の片付けを手伝い初めて早二年、ソウコが俺の工房に出入りしているとしったコウちゃんが色々煩かったけど今では諦めたのか何も言ってこない。

 俺の事は諦めてドウジマルに手をかけてもらおう。


「午後からは町に行かれるのでしょ? ソウコも連れて行って下さい」

「父上のお許しがなければ連れて行けぬと申しているだろ?」


 ソウコは俺だけが館を出て町に行けるのが不満なんだ。自分も行きたいとね。だけどキシンが許さないのよね、アイツ親馬鹿なのは俺に対してだけじゃなくソウコも相当可愛がっているんだよね。

 キシンの子供は三男八女、以前より二人増えて女の子は八人も居り皆に愛情を注いでいると思うけどその中でも長女のソウコを特に可愛がっているように俺には見える。

 この世界観からすればまず無いと思うけどソウコが反抗期でキシンに「お父さんなんて大嫌い」って言ったらキシンはどう反応するかな? 恐らく滅茶苦茶落ち込んで地面にめり込むんじゃないだろうか? それ位にソウコを可愛がっている。


「では父上がお許しになれば良いのですね?」

「ああ、父上の許可があれば問題ない」


 その言葉を聞くとソウコは工房から走り去っていった。・・・片付けしてくれるんじゃなかったのか・・・

 やっとの思いで片付けを終えた俺。気付くともう直ぐ正午となるところだったので食事を摂り町に行こうと館の門を潜ろうとした時、呼び止められた。


「兄様! ソウコも一緒に連れて行って下さい!」


 そのくだりは先ほど聞いた。


「父上の「お許しを貰いました!」・・そうか」


 あの親馬鹿キシンがソウコの外出の許しを出したのか?

 その問いに対する答えはソウコの後ろに居並ぶ二〇人ほどの護衛たちを見て納得した。


「父上に何と言って許しを貰ったのだ?」

「大した事は言っていません。許して貰えないと父上を嫌いになるかも・・・と呟いただけですよ」


 納得した。ソウコはキシンの扱いを心得ているようだ。八歳でこの聡さ、末恐ろしい。

 もしかしたらソウコは傑女になる素質があるのか? 悪女じゃなければ良いのだが・・・

 そんなことよりこの護衛を引き連れて行くのかと思うと溜息がでるぞ。


 館を出て先ず向かうのはミズホ屋だ。ミズホ屋は俺がミズホ和紙を卸している商人で出入りの商人の中で一番付き合いが長い。


「これはこれは、若様御自らこのようなむさ苦しい所においで下さいまして、このミズホ屋デンベイ望外の喜びで御座います」

「喜んで貰うのは良いが、それほど仰々しくされると引くぞ」

「ははは、これは失礼致しました。・・・もしや其方のお方は」

「妹のソウコだ。宜しなにな」


 俺の影から顔を出してミズホ屋を見ていたソウコを見止めたミズホ屋にソウコを紹介する。


「ミズホ屋デンベイに御座います」

「ソウコじゃ。宜しなに頼む」

「表を騒がしておるが暫く我慢してくれ」


 俺がそう言うとミズホ屋は店の外を覗いて目を白黒させる。俺の小姓と護衛が三人、ソウコの侍女二人と護衛が二〇人、店先の通りを占領しているのだから営業妨害も甚だしい。


「・・・取り敢えず奥へどうぞ」


 やや引きつった顔で俺たちを奥に誘うミズホ屋。

 奥座敷に通され上座に座る俺の左手にソウコが座り右手に小姓のトウマが座る。更にソウコの後ろに侍女が座る。何時もと違う雰囲気にミズホ屋の店の者も緊張した面持ちでお茶を出してくれた。

 俺は無造作に湯呑を手に取りお茶を飲むが、今日はソウコの侍女がソウコのお茶を毒見してから渡しているのでミズホ屋もちょっと引いていた。

 アズマ家の長男の俺が毒見していないのに何その過保護さ。


「ゴホン。・・・さて、早速だが例の物は既に?」


 俺は雰囲気を変える為にズバッと本題に移った。


「はい、今お持ち致します」


 ミズホ屋の合図によって座敷前の縁側にソウコなら軽く入れるほどの重そうな木箱を運んできた。

 二人がかりで運ばれてきた木箱を店の者が釘を抜いて開け放つ。中には藁が敷き詰められており、その下に大事なものが有るのが伺える。

 ミズホ屋がその藁を払いのけ目的の物を取り出す。

 長さは一メートルちょっと、黒い金属部と木の組み合わせが特徴の細長い物を一つ手に取り俺の前に持ってきたミズホ屋の顔は「どうだ!」と言わんばかりに誇らしげだった。


「入手するのに苦労しましたが、若様のたってのご要望でしたので知り合いの商人に無理を言って分けて頂きました、南蛮渡来の鉄砲で御座います」


 鉄砲。五歳の頃からミズホ屋に探させ五年越しでやっと手に入れたぞ!

 俺はその黒光りする重厚な鉄砲を手に取り色々な角度に持ち変えて眺める。


「兄様、それは何ですの?」


 首を傾げ可愛い仕草で俺に質問をするソウコ。真剣に鉄砲を見ていたが、そんなソウコを見て和むぜ。


「これは鉄砲という武器だ。とても大きな音がして矢のように遠くの敵を打ち倒すものだぞ」

「まあ、武器なのですか? それにしては尖っていませんのね?」


 思わず笑いが漏れる。鉛玉と火薬を込めなければ何の役にも立たないのだからソウコの疑問は当然だ。


「驚きましたな、若様はその鉄砲の事を何処でお知りになったのでしょうか? このミズホ処か京で見られる様になったのはつい最近ですのに」


 あ、ヤバい。俺が前世の知識があるとは言えないし、ソウコの職業が【狙撃手】なんていう銃のスペシャリストだって言う訳にもいかないしな。


「ははは、どこかで聞きかじったのだろう、私もよく覚えていない。ははは」


 笑って誤魔化すに限る。ミズホ屋は眉を顰めていたがそれ以上追及はしなかったので話を変える。


「代金は幾らになるか?」

「はい、一丁が五〇カンとなりますので、一〇丁で五〇〇カンになりまする。それと鉛玉が一〇カン、火薬が一〇〇カンとなりますので締めて六一〇カンとなります」


 ミズホ屋の提示した金額を聞いた侍女は辛うじて声をださなかったが目を剥いて驚いていた。無理もない、六一〇カンは六一〇〇万ゼムで大金だ。

 アズマ家の石高は約五万石なんだが、六公四民なので税収は約三万石だ。そして三万石を商人に卸したとして凡そ七億五千万ゼム(七五〇〇カン)になる。

 アズマ家の石高収入の約八パーセントに相当する金が動くのだ、しかも元服して間もない俺がその金を動かそうとしているのだから目を白黒させても無理もない。

 因みに俺の小姓は最早慣れっこのようで微動だにしなかった。


「では明日、正午までに館に頼むぞ」


 俺はミズホ屋に鉄砲と鉛玉と火薬を明日の午前中に館に届けるように申し付け店を後にした。

 そしてもう一人出入りの商人の店を訪ねて途中で団子を見止めたソウコにねだられ団子を食べてから館に帰る。たったそれだけだったがソウコは見聞きする物全てが珍しかったようで館へ帰り着く頃にはヘトヘトに疲れており途中でかなり辛そうだったから俺が背負って帰った。

 ソウコの侍女が自分が背負うと言ったが、妹の面倒を見るのも兄の務めだし俺が背負ったが、流石に自室に帰った時には足がガクガクだった。


 

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