第111話 言いなりな俺

 ルクサーナは司教枢機卿の部屋に付き人と入って行くのを呆然と見ていた。


 ――俺はここにいた兵士達を軒並み殺してしまったのか。でも……殺らなきゃ殺られるって。一人殺すのも二人殺すのも何十人殺すのも一緒か。そもそも俺は街の人間達を病死させてしまったらしい。だが、実際にこの目で人の死を見るのは違うな……

 このままルクサーナに従っていて静かに暮らせるようになるのか?




 気を取り直して部屋に入って行くと司教枢機卿の上に馬乗りに跨ったルクサーナがいた。

 司教枢機卿は手足は痺れて動けないようで大の字になっていた。ルクサーナは心臓にナイフを突き立て司教枢機卿に向かって低い声で話していた。


「……両親を亡き者にし、私を襲った。それどころか弟を教化して私を暗殺しようとした。その報いよ」


 ルクサーナは司教枢機卿の目を見ながらゆっくりとナイフを沈めていく。

 司教枢機卿は言葉にならない悲鳴を上げながら、最後は口から血が溢れだし動かなくなった。

 ルクサーナはナイフから手を離すと俺に気付いたようで近寄ってきた。


「あら。ごめんなさい。嫌なもの見せちゃったわね」


 ルクサーナの口調は軽いものに変わり俺の頬に手を寄せようとした。

 俺は少し嫌悪感を覚え後退った。

 それをみたルクサーナは自身の手を見た。血塗れになっていることに気付いたようだ。

 ルクサーナは苛立たしそうに手を握ったり開いたりしながら付き人が持ってきた布に血を擦りつけた。


「さあ。今日はもう遅いわ。後は任せて私達は休みましょう」

「……」

「そうだわ。国軍も明日にはここを襲うかもしれないわね。あれを持ってきて」


 ルクサーナは側近に呼びかけ、俺の頭を胸に抱いてくる。


「もう少し、頑張ってくれる? この肉片を国軍が陣取っているところの水瓶に沈めてきて」


 ルクサーナは人形用のフォークに肉片を突き刺したものを数個お盆に載せて俺に押し付けてきた。

 俺は視線を肉片とルクサーナを交互に見ながら逡巡する。


「いいこと信吾。私が酷いと思うのならそう考えて貰っても結構よ。ただ、この争いは誰かが主導権を握らないと終わらないわ。殺らなければ殺られる。それに戦争になれば大勢の人が死ぬ。民間人も巻き込んでね」


 俺は震える手でフォークを握り人形に手渡し命令する。


 ――これで数千人の人がまた死ぬのか?


 人形達が出て行くとルクサーナは満足そうに俺と腕を組んできた。


「さあ、体を清めて休みましょう」

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