第110話 死の回廊歩く俺
「さあ、行きましょう」
ルクサーナに連れられて部屋を出た。
廊下には息絶え絶えの兵士の姿が通路一面に広がっていた。
「あっ……えっ……」
俺はそれを見て思わず声をなくす。痙攣しながら白目をむき糞尿を漏らして倒れている兵士達がいた。
「汚いわね。始末しておいて」
ルクサーナは控えている付き人に言うと、倒れている兵士達を避けながら歩いて行く。
「こ、これは、俺が……?」
「そうよ。貴方以外に誰が出来るの?」
俺はやってしまった行為に愕然としてしまった。
1時間前。
ルクサーナの付き人が生肉の塊を持ってきた。
「これは?」
俺が聞くとルクサーナが説明してきた。
「これに貴方の祝福で菌を増やしてちょうだい」
「菌……どんな?」
「ボツリヌス菌 H型ね。そこから取り出したボツリヌストキシンを取り出して針に塗って頂戴。それで人形達に襲ってきた兵士を撃退するから」
「……ボツリヌス菌って危険じゃなかったっけ?」
「大丈夫よ。ボトックスって知らない? 美容整形でシワを取ったりするときに使われるのよ。まあ、それよりちょっと強いけど、ちょっと痺れさせて無力化するだけよ」
言われるままに生肉に
そして休む暇もなく人形達にも
「信吾。どうしたの」
「……頭がいたい」
「いっぺんに祝福を使いすぎたのね」
ルクサーナが俺の頭を抱き、頭を撫でてくる。
ちょっと嬉しいが頭痛で座ってられないぐらいだ。
「猊下! 襲撃です」
扉が開き、外を固めていた兵士達が叫ぶ。
「信吾。もうちょっと頑張って。このままだと最悪殺されるわ」
椅子にグダっと座っている俺を揺するようにルクサーナが声を掛けてくる。
俺は人形達に命令すると1体また1体、針を肉に擦り付けて扉から出て行った。
俺は震えながらルクサーナ問いただす。
「無力化するだけだって言ったよな?」
「ええ。そうよ」
何言ってるの? と言いたそうな顔で答えてくる。
「貴方がやったのよ。これは戦いよ。綺麗事言ってたら貴方が殺られるのよ」
「しかし……」
「いいこと? 争わない方法は2つだけ。相手の要求を全面的に飲むか、圧倒的な力を持つこと以外無いのよ。ここで圧倒的な力を見せつけなさい。少しの犠牲は必要悪よ」
ルクサーナは俺の手を引っ張る。
俺は力なくふらふらとルクサーナに付いていく。
「……どこに行くつもりだ?」
「司教枢機卿の部屋へよ。頭を抑えれば流す血の量も少なくなるわ。貴方も少しは楽になるでしょ?」
ルクサーナは笑いかけてくる。
この状況でどうして笑ってられるのか。
「ルクサーナ……いや、優子。どうしたんだ? 昔はそんなこと考えもしなかったはず」
「貴方何言ってるの? この世界の命なんて安いものよ。人権なんて言葉もないぐらい。環境や常識が変われば人の考えなんて容易くかわるのよ」
「でも……」
「人類の歴史を私は見てきた。過去も未来もそれほど変わらないわ。人の死は一瞬よ。私は生きていたいの。死んだ記憶を持った身としてはね」
俺は何も言えずに黙る。
優子は死に際に俺に生きて欲しいと訴えていた。その顔がルクサーナとダブった。
ルクサーナに連れられ死屍累々の廊下を歩いて行くと司教枢機卿の扉の前に立った。
「貴方が直接手を下すのは荷が重いようね。だから私が変わるわね」
ルクサーナが付き人と一緒に部屋に入っていった。
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