【第16話:霧の魔物】

「うそ…。私の全力だったのに…」


 まさかあの魔法を受けて耐えられるとは思いもしなかったのだろう。

 オレだってあの魔法を受けて生きているアーマードベアに正直信じられない思いだ。

 そして言葉通り全力の魔法だったリリルは、息を荒くして苦しそうに片膝をついてしまう。


「リリル!大丈夫?少し休んでて。オズバンさんとパズは馬車とリリルを頼みます!」


 オレはそう叫ぶとアーマードベアに向けて駆け出していく。


「ユウトさん!?無理はしないでね!」


 走りながら片手をあげて答えると、一瞬でアーマードベアの前にたどり着く。


「でっけーーーー。3m超えてるんじゃないのか?今からこれと戦うとか正気じゃないよな~」


 と、どこか他人事のようなセリフを吐き出す。

 考えてみてくれ。

 大型バスやダンプカーぐらいの高さの熊が目の前にいるのだ。

 しかし、口元にわずかに笑みをうかべ、


「でも、、負ける気はしないな」


 そう小さく呟く。


「がぐぅあぁーーー!!」


 オレの呟いた意味がわかったわけではないのだろうが、怒り出すアーマードベア。

 両手をあげたかと思うと、右手を凄い勢いで振り下ろしてくる。

 それをオレは左に体を傾けて回避しながら、右のスティックで熊の前腕部を強打する。


 バシン!!


 アーマードベアに取っては何が起こったのかわからなかっただろう。

 自分の半分ほどの大きさで、体重だとそれこそ10分の1ほどしかない小さな人間が自分の右腕を叩き折ったのだから。

 しかも硬い皮膜に守られた前腕部の骨をだ。


「ぐがあぁ!?」


 痛みより怒りが全身を駆け巡り、アーマードベアは狂ったように攻撃を繰り出しはじめる。


「うわ!骨折もお構いなしかよ!?」


 人との戦闘に特化して練習をしていたオレは、野生の獣の、いや魔物の生命力を甘く見ていた。

 アーマードベアによる怒涛の攻撃の前に防戦を余儀なくされる。

 それでも負ける気はしなかったが、権能発動中のみ使える遠隔意思疎通でパズに援護を求める。


(ちょ、ちょっとパズ!適当に何か援護頼む!)


 そう伝えると、なんとかなるはず、がんばって~みたいな返事が返ってくる。


(くそー!後で覚えてろよ~!)


 オレがそこまで追い込まれていないのをわかっての事だろうけど、、、楽するなって事かぁ…。

 ~

 アーマードベアの猛攻を躱し続けていると、自分の体、そして魔力を纏っての戦闘に慣れてきた。

 おかげで攻撃をよけるのにも大分余裕がでてきている。

 ちなみに『見極める者』は体の使い方、魔力戦闘の練習のために既に切っていた。


「ん?そろそろ体力切れか?もう少し練習したかった気もするが仕方ない」


 5分ほど全力で攻撃して一発も当たらず、魔法で受けたダメージも小さくなかった為だろう。

 アーマードベアの動きがみるみるうちに鈍ってくる。

 反撃のチャンスと見たオレは、薙ぎ払うような左手の攻撃を、間合いを見切って踏み込んでかわす。

 そして噛みつこうとしてきた時に一瞬の隙を見つけ、


(よし!今度はこっちの番だ!習いたての魔力撃をみせてやる)


 と、反撃に転じる。

 この時オレは知らなかったのだが、『魔力撃』とは武器に魔力を纏わせて攻撃する技で、最初にアーマードベアの右腕を折った攻撃こそ魔力撃と呼ぶ。

 それを知らないオレは、魔力撃とは武術の発勁はっけいの要領で気を瞬間的に放出する技だと思っていた。


「はっ!!」


 そして魔力を武器に乗せて放つ攻撃をアーマードベアの鼻先に叩き込んだ。


 ズッパーーン!!!


「え??」


 すると凶悪な牙を見せていたアーマードベアの顔は木端微塵に粉砕されていた。

 ここまでの威力を想像していなかったオレは驚きと、その少しグロテスクな光景に一瞬たじろぐ。

 しかし、次の瞬間に驚きの光景を目にする。


 シシュ~~~!


 アーマードベアの大きな体は、一瞬で黒い霧状のものになり、霧散したのだった。

 ~

 予想外の出来事にその場で戸惑っていると、オズバンさんが近づいてきて、


「さすがだな。あのアーマードベアを子ども扱いじゃないか。俺ならたぶん死闘だぞ?ってか最後のアレはなんだ?」


 そしてお疲れさん!と声をかけてきてくれた。

 しかし、黒い霧になって霧散するという光景を見ても驚いた様子の無いオズバンさん。

 その後オズバンさんを質問攻めにしたのは自然な流れだろう。

 ~


「はぁ~。しかしユウトはなんかアンバランスだなぁ。あれだけの強さを持っているのに魔力の扱いをちゃんと知らなかったり、そして今度は霧の魔物を知らないときた」

「お兄ちゃん。これでユウトさんに命を救われたのは2回目なんだよ。そんな言い方できる立場じゃないでしょ?」


 と若干オズバンさんがリリルに説教されながらも、二人は色々と教えてくれた。

 まず、アーマードベアのような死ぬと黒い霧になって霧散する魔物は、普通の魔物とは区別して「霧の魔物」と呼ぶらしい。

 霧の魔物はただ殺戮の限りを尽くし、周囲に死を振り撒くだけの存在が多く、素材も残さないので冒険者からも忌み嫌われ恐れられている。

 だが本当に恐ろしいのは自我を持ったものらしく、こちらは国が動くレベルの強さのものもいるそうだ。


(しかし、、霧の魔物か…。あの存在と似ているよな…)


 オレはこの黒い霧に見覚えがあった。

 パズを殺し、オレを殺し、この世界に来る原因となった二つの存在。

 セリミナ様の言っていた「世界の裏側の存在」。

 何かうすら寒いものを感じたオレは、あの闇を纏った二つの存在と霧の魔物が被って見え、一人ゾッとするのだった。

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