【第6話:新たな生】
「んんぅ。ここはいったい…」
眩しさに少し目を細める。
目覚めるとそこは草原だった。
気持ちの良い晴れ渡るどこまでも続く青い空。
遠くで小鳥のさえずりが聞こえ、ほほをなでる風には花の香のアクセントがくわえられていた。
「夢…ってわけではなさそうだね」
思わずそう呟いてしまうのも無理はないかもしれない。
この一日二日の間に、普通では考えられないような事がたくさんおこったのだから。
「ここが異世界…。れむりあす?だっけ?」
ようやくこの数時間?の記憶がよみがえってくる。
異世界「レムリアス」。魔物が跋扈し、剣と魔法が存在し、その昔邪竜までもがいた世界。
(オレ生きていけるんだろうか…)
普通の日本人だったオレには荷が重く、不安が高まっていく。
(全部夢だったらいいのに…)
しかし、頬にあたる風や花の香、どこまでも続く地平線と踏みしめる大地の感覚、五感のすべてが現実のものだと訴えてくる。
「やっぱり現実なんだ…。あっ!パズは!?」
慌てて立ち上がり、キョロキョロと周りを探してみるが見当たらない。
あたりは背の低い草花があるだけで、かなり遠くまで見渡せる。
花が所々に咲いている広い草原。
遠くには森や街道のようなものもわずかに見えたが、パズが転生してくるまではあまり離れるのも心配だ。
セリミナ様のあの感じだと、オレの後に転生してくれるようにも思えたのでこの辺りで待つことにする。
とりあえず少し離れた所に湖のようなものが見えるので、そちらに向かってみることにした。
~
「綺麗な湖だな~。湖の底まではっきり見える」
直径200mないぐらいの小さな湖だったが、とても澄んでおり、何か幻想的な雰囲気を醸し出していた。
しかし、湖まで30mほど歩いただけなのだが、何か異様に体が軽いように感じる。
(そういえばハイスペックボディがどうとか言ってたな…)
にっこりとほほ笑む幼い少女の姿を思い出す。
(セリミナ様…。感謝してもしきれないんだけど…、最後に使徒とかなんか言ってた気がする…心配だ…)
そして、やっかいな事に巻き込まれなければ良いんだけどと、少しげんなりするのだった。
~
「そういえばオレ、見た事ない服を着てるな。これはローブってやつか?」
改めて確認してみると、少し暗めのベージュのローブにブラウンのブーツとグローブ、グレーのリュック?を背負っていた。
とりあえずリュックをおろして中を確認してみる。
干し肉数枚と水の入ったボトル、見たことない金貨と銀貨があわせて数十枚、羊皮紙の地図、ナイフ、木彫りの人形だった。
当面の水と食料があることに少しほっとしつつリュックを背負いなおす。
そして、腰にはローブにクロスされるかたちで2本の棒がぶら下がっていた。
武器と思われるその二本の棒を後ろ手に引き抜くと、いわゆる二刀流のような形で構えをとる。
「お。ラタンスティックそっくりだな。さすが神様ってとこか~。父さんに習ってた
父さんは要人警護を仕事とする警視庁警備部の警察官だった。
いわゆる
家を空けることの多かった父だが、家にいるときはいつも家族のこと、子供のことを優先してくれる良い父親だった。
ただ、職業病というか護身術や武術のこととなると人が変わり、練習の時は鬼のように厳しかった。
おかげでオレは、ジークンドー・カリ・シラットなどの武術を結構ほんいきで叩き込まれていた。
当時、父さんの「武術バカ」スイッチが入らないようにと、結構必死に弟と作戦を練ったりしたのは今ではいい思い出だ。
ただ、12歳の時に父さんが交通事故で亡くなると、その反動でまったくやらなくなってしまった。
ちなみに、父さんが亡くなって落ち込んでいるオレを見かねた母さんが、パズを知り合いから譲り受けてきたのが、パズとの出会いのきっかけだったりする。
話がそれたが、セリミナ様はそういうオレの記憶を読み取ってこの武器を選んでくれたのだろう。
材質は全然違いそうだが、カリで用いる60cmほどのラタン製のスティックに非常に似た感じに思える。
「でも、、こんな2本の棒きれで魔物と戦える気がしないんですけど…」
そこの所どういう考えなのか、セリミナ様には小一時間ほどお話を伺いたいと思ったのだった。
~
手に取った2本の棒を握る感触がなんか懐かしくなり、数分ほどダブルスティックシンブラタ(2本の棒を使った演武のようなもの)をしていた。
(しかし、、結構本気でやったのに汗一つかかないな…)
と思いながら何気に湖の
「あれ?今更だけど少し背が低くなってる??」
水面にうつった自分の姿をみて、少し小さくなっているような違和感を覚える。
ただ、比較するものがないのではっきりとはわからない。
それならばともう少し湖に近づき、覗きこめる位置まで移動する。
すると、水面に映る姿は15歳ぐらいの少年の姿。
「どうみても若返ってるよな…。というか別人だよね…」
セリミナ様に用意してもらった肉体。
少しショックではあるが、
その見た目は実際には160cmほどの身長に、透き通るような白い肌、ブルーっぽい瞳に漆黒の髪。
少し紺野優斗だった時の面影はあるが、整った顔立ちはハーフのようでまったくの別人だった。
「もしかしてパズも全然違う感じになってるのかな?」
少し心配になり、漏れ出た呟きには誰も答えてはくれなかった。
そして、小さいのにふてぶてしい態度の愛犬を思い出し、もう一度あたりを探してみるのだった。
~
辺りをしばらく探してみるがパズの姿はなく、異世界に一人ぼっちなのではと不安な気持ちが高まってくる。
しかしその時だった。
最初にいた草原の辺りに光の文様が現れて輝きだすのを発見する。
数秒後、光が収束していく頃にはオレは駆け出していた。
「パズ!!」
その光の文様からは30mほど離れていたが、一瞬でたどり着く。
そして目の前にようやく表れたシルエットは、何か大きく感じる存在感を放っていた。
(いったいどんな姿に…)
不安と期待が入り交じり、固唾をのんで見守る。
しかし凄い存在感とはうらはらに、現れたその姿は、、、普通のチワワだった…。
「異世界なのにチワワのまんまかよ!」
思わず突っ込んだオレはきっと悪くない。。
オレを見つけると一目散に駆け寄ってくるパズ。
そう。パズそのままの姿でだ。
そして胸に飛びこんできたパズを受け止め抱きしめる。
「パズ!」
顔の前までかかえあげ、その姿をしっかり目に焼き付けるように確認する。
「パズだ!ブラックタンの垂れ耳に、すげー目つきの悪い三白眼。ふてぶてしいその雰囲気までパズそのまんまだ!」
オレとしては喜びの声をあげたつもりだったのだが、直後に鼻に噛みつかれたのは見解の相違があったのだろう。
鼻にぶら下がるパズをひたすらなだめ、放してくれたのは5分後だった。
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