【第3話:恩返し】

 ズバーーン!!


 はじけ飛ぶ二つの人形。

 しかし、はじけ飛び床を転がるはずの二つの人形の姿は床にはなかった。


「ぐわ!」


 オレは間近で起こった小さな爆発のような衝撃に軽く吹き飛ばされ、一瞬意識を失いそうになる。


「ぅ・・・・。いったい何が…」


 すると目を疑う光景がそこにはあった。

 人形が宙に浮いているのだ。

 しかも何か闇としか言いようのないものが滲みだしてきおり、その闇はしばらくすると獣のような人のような形になり、なんと話し始めたのだった。


≪ふふふふふ。ようやく目覚めたと思えば出来損ないの弟の力に反発したからか≫


≪それが数百年ぶりにはくセリフか!くそ兄者が!≫


 その光景に理解が追い付かず、オレはただただぼーぜんとする。


(オレ、まだ寝てるのか?夢でも見ているのか?)


 どこか現実逃避をしそうになっている時、視覚の隅に眠そうな顔したパズの姿が目に入る。


(パズ!隠れてろ!)


 身振り手振りでパズに伝えようとするが、寝ぼけているのかそのままソファの上で二度寝をしてしまう。

 このままじゃまずいと、なんとかソファまでこっそり近づこうと動き出した時だった。

 とうとう二つの存在にオレのことが気付かれてしまう。


≪ほほう。ちょうど良い。目覚めたのは良いが宿り木の人形だけでは長く存在できぬ故、どうしようかと思ったぞ≫


≪なんだ?なるほど。それなら2-3刻なら維持できそうだな≫


「あ。コンニチワ。お二人はどちら様でしょうか?」


≪最下級の位格の分際で我に話しかけるとは無礼極まりないぞ≫


≪身の程知らずがー!≫


(どう考えてもまともじゃないぞ!どうする!?考えろ~考えろ~!)


 必死に打開策を考えるが逃げる以外どうする事もできないのは明白だった。


「失礼しました!それではわたくしはこれにて失礼させていただきます!」


 腰を90度曲げるようにして頭をさげ、そのままの姿勢でパズのいるソファの方に後ずさりしていく。


≪面白いやつだな。だが残された時間も少ないのでな。さっさとわれの贄にしてくれよう≫


≪ちょっと待て兄者!そいつはわしが喰らう。兄者はそのままでもわしより長く維持できよう。そやつはわしに譲ってくれ≫


「え!?生贄って何!?ぇ!?」


 目の前で起こっていることについていけずに、オレはパニックをおこしていた。

 二つの闇を纏った存在はそのままでは存在を維持できないようで、オレを生贄にしようとしているようだ。

 オレを巡って軽い争いがおこっている。


(オレって人気者~………泣)


 そして、言い争ってるのをチャンスとそっと動き出した瞬間だった。

 何か寒気が走って足が急に動かなくなる。


「が…。いったい何が…」


 《光栄に思え。その身をわれの贄にしてやると言っているのだ》


 《ぬかせ!お主に贄など不要だ!そいつはわしが喰らってやる!》


 突然現れた得体の知れない二つの存在。

 見えているのにしっかり認識できない。


「なんだ?なんなんだこれは!?」


 闇を纏った二つの存在がゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。

 とにかく逃げようとさっきから体を動かそうとするが足が竦んで動かない。

 いや、金縛りにあったようにまったく動かなくなっていた。


(やばいやばいやばい!なんだこれなんだこれ!)


 これはダメな奴だ!と頭の中で大音量で警笛がなっている。

 すると小さな影がその得体の知れない存在との間に割り込んでくる。


「ばうわう!ばうわう!」


 愛犬のパズ(チワワ)だった。


「パズ!逃げろ!おまえだけでも!」


 懇願するように言い聞かせるように何度も何度も叫ぶが、パズはその場所を譲ろうとしない。


「ばうわう!」


 必死に吠えて守ってくれようとしていたパズだったが、一睨みされるとオレと同じく金縛りにあったようで動けなくなる。


「くぅ~ん」

(あぁぁ。パズまで!もう、もうダメなのか…)


 二つの闇を纏った存在の間で何かが激しくぶつかりあいせめぎあう。

 しかし、その存在はもう目の前にまで迫っていた。


≪兄者はそっちの犬でも贄にすればよい!ほれ。魂を贄にしやすいようにしてやろう≫


 すると一つの存在の纏っている闇が、槍のように突き出されてパズの体をつらぬいた。


「ギャン!」


 パズはひと鳴きすると体を痙攣させ始める。


「あ・ぁ・ぁ。パズーーーー!!」


 叫び、駆け寄りたいがそれでも体が動かない。

 その一つの存在を殺すような視線で睨みつけ、泣き叫ぶ。


「おまえー!許さないぞ!絶対に許さないぞ!!」


 血が出るほど食いしばるがそれでも動かない体。

 悔しくて悔しくて情けなくて…。

 パズと過ごした10年以上の思い出が走馬灯のように駆け巡る。

 しかし、現実はさらに残酷だった。


≪うるさい奴だな。おまえも後を追えばよかろう。それ! さて、われは畜生で我慢してやるか≫


 そういった次の瞬間、オレの胸には無数の槍のようになった闇が突き刺さっていた。


「がふっ!」


 口から多量の血を吐き出し、だんだんと意識が遠のいていく。


(あぁ。こんなところでオレの人生は終わるのか…。パズ。最後に守ってくれようとしてくれたな。ほんと今までありがとうな)


 心の中でパズに語りかける。


(母さん。先逝く不孝を許してよね。出来のいい弟がいるから大丈夫だよね)


 続いて母さんに語り掛けているその時だった。


 ュィィーーーーーーン!!


 オレとパズのちょうど真ん中あたりの空間に、光の文様のようなものが輝きだす。


≪なんだこれは!導きの光ではないか!≫


≪ぐあぁ!兄者ぁ!≫


≪貴様ー!≫


 その輝きは闇を薙ぎ払い二つの存在を瞬く間に消し去ったのだった。


≪まにあいませんでしたか…。せめてわたくしのせかいに≫


 目の前で何が起こったのかもわからないまま、その言葉を最後にオレは意識を手放した。

 暖かい光に包まれるのを感じながら。

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