第12話 小さな音楽家の話 2

マリアの初ステージから数日後。


あの日からマリアはほぼ毎日来るようになった。そして僕がマリアに教えてる間はベラとローズで切り盛りしてもらう代わりとしてお昼時が終わってからマリアが来るまでの時間は僕が一人で対応している。二人はいいって言ってくれたんだけど僕の気持ち的な問題で。


そろそろ来る頃かなと考えているとふらりと女性が入店してきた。


「へぇ、あなたが…。」


僕のことを観察するように見て言った。


綺麗なお嬢さんだと思う。マリアと同じくらいの年だろう。綺麗な紺色の髪に翡翠色の瞳。肌も白くて綺麗だ。少し気が強そうだ。服は一般的で落ち着いたデザインだが、一目で質のいいものだとわかる。


「いらっしゃいませ。ご注文は?」


とりあえず注文を受ける。入店してきてすぐのお客さんで困ったら注文を聞く。開業してから学んだ鉄則の一つだ。


「そうね、ならコーヒーをホットで。」


「かしこまりました。」


彼女は注文をすると僕の目の前のカウンターに座った。何だろう。この人他のお客さんと違う気がする。


一度、アメーリア様の鎧を修復してからはたまに修復依頼が来るようになったがそれでもなさそうだし…。


サイフォンでコーヒーを淹れながら考えても答えが出ない。まあほっとこう。


すぐコーヒーはできた。彼女のまえにコーヒーとミルクを置き、カウンター上の砂糖の小瓶を少し寄せておく。


彼女は一口コーヒーを飲んでから口を開いた。


「上手に淹れるのね。今までに飲んだコーヒーとは大違いだわ。」


それはどうも。というか他の店のコーヒーがまずいだけだと思うけど…。焙煎も適当だし沸騰したてのお湯で淹れるから苦味が強く出るし。


「今日はね、お礼を言いに来たの。」


え?


「お礼よ、お礼。」


こういうのを突然っていうんだと思う。


何の脈絡もなく唐突に。


想像もしていなかった発言にポカンとしてしまう。

「マリアのことよ。あなたでしょう?演奏する場をマリアにくれたの。彼女からその場所を奪ったのは私なんだから…。」


彼女が話し始めたその時ーーーー


カランカラン。


ーーーードアが開いた。


「やっほー!リョウ!今日もお願い!飲み物はカフェオレで!」


入ってきたのはマリアだった。いつも通りちょっと騒がしい。


「ーーーーってあれ‼︎何でリースがいるの⁉︎」


訂正。今日はいつも以上に騒がしい。


それとやっぱり僕の目の前の彼女と知り合いらしい。


ーーーー


どうやら彼女はマリアと同級生の女の子。

名前はリース=スタンリー。伯爵家令嬢だ。

そして音楽部顧問にマリアを退部させる口実を与えた存在でもある。


「で、何でリースがここにいるの?」


マリアが心底不思議そうに尋ねる。


「あなたのことでよ。ここで演奏させてもらってるって聞いてそのお礼に。私のせいで部活できなくなったんだし…。」


「ばっかじゃないの。バーカバーカ‼︎」


「だ、誰がバカですって‼︎」


「だってそうじゃん。ーーーー


ーーーー



二人とも元気だなぁ…。あれからずっと言い合いしてるよ。


途中で巻き込まれそうになったから洗い物とか他のお客さんの相手とかして、二人はローズに任せてた。


って言ってもローズも離れたところから見てるだけだけどね。


ベラがそろそろ演奏の準備をしようって言ってきたから、キャットファイト一歩手前になってる二人からマリアを引き剥がして裏に連れて行く。


さてチューニングしようか。


ーーーーリースside


マリアが店の奥に連れていかれた。


綺麗な女の店員さんによるとこれから演奏があるらしい。


あの男の店長がマリアにレッスンもしてくれたみたいで「楽しみにしててね〜」って言ってくれた。


私は不安だった。演奏する場所を失ったマリアが変なところで演奏をするようになってないかって。彼女の家の財力では楽器はまず買えない。それでも楽器をやりたいから音楽部に入ったのだ。なのに私のせいで……


ふと顔を上げるとステージの照明がつき、マリアと店員2人が演奏位置についたところだった。


男女1人ずついる店員の男の方が合図をだし、曲が始まる。


ーーなんだろうこれ……。

今まで聞いたことないような曲。


マリアが弾くフルーノと男性店員が演奏している金色の緩やかなカーブがかかっている楽器が代わる代わる旋律を奏でる。もう1人が演奏しているのはフルーノに形が似た黒い楽器。同時に何種類もの音を出し、伴奏を1人でこなしている。


私が知っている曲は教会で使うような曲と儀式の時の曲だけだ。こんな楽しい音楽があるなんて私、知らなかった…。


うらやましいな。心配した私がバカなんじゃん。マリアすっごく楽しそう。



ーーーーリョウside


裏でマリアに今日の譜面を渡す。



「今日のはちょっと難しいぞ。僕とマリアで交互に旋律。ベラはピアノで伴奏をたのむ。」


2人から了解の返事をもらうとそれぞれ準備に入る。


とは言ってもベラもマリアももう楽器はステージにあるので身だしなみの確認くらいなんだけどね。


僕の今日の楽器はアルトサックス。


やる曲がジャズっぽい曲だから材質は銀。


ではなくミスリルです。ミスリルアルトサックス。まえにちょっとした遊び心でミスリル製のサックスのネックを作ってみたらいい音がなったんだよね。


せっかくだから純ミスリルアルトサックスも作ってみようってことで作った楽器。


世間の冒険者が聞いたら三回は気絶できるんじゃないかなーなんて思ってる。


まあいっか。さてそろそろ本番だね。

言ってきます。



ーー


演奏を終え、楽器を片付けてから戻ると、マリアとリース様が笑いながらカフェ・オ・レを飲んでいた。


仲直りしたみたいで何より。



これならリース様も責任を感じずにすむもんね。悪いのはどっかの勘違い顧問なんだし。



よし!これで一件落着


「ねぇ、リョウさん。私もここで奏者として雇ってはいただけないかしら?」



ーーーーーーしないようです。

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