11:高空のパンチラ

「落ちる……っ! 落ちる、落ちる落ちるおちるおちてるぅっっ!」

「うるさい、黙れ! 私に唾をかけるな!」

 とつぜん、スカイダイビングする羽目になり。

 怖がりながらも、光はかろうじて、冷静な部分を脳みそに残していた。

 とっさにナーシャをかばい、「お姫様抱っこ」のような形で抱えたのだ。その分、ナーシャの顔が近くにある。

 長い金髪が光の頬をくすぐる……というほど優雅ではなく、猛烈な向かい風で、柔らかい金髪が光をかきむしってきた。

 が、ナーシャは、

「ガキがでしゃばるな! 大人しくしていろっ」

 胸元からすり抜けてしまう。光の手を引っ張った。

(こんな所、落っこちちゃうじゃないか……! 一体、何をする気で――)

 光の疑問の答えは、その時、空の向こうから超高速で突進してきた。

 斜め下方に、巨大な飛行機が見える。

 一般的な旅客機と違って、窓もなければデザイン性もない。無骨な、灰色一色の機体だ。

「お、大きい……っ!」

 だんだんと、その機体との距離が詰まる。

 このまま落下し続ければ、あの機体と正面衝突しかねない。

「なーしゃ、ナーシャっ……轢かれるよ、このままじゃ……っ!」

「違うなぁ!」

 ナーシャは、大声で怒鳴った。

「あれが私達を轢くのではない! 私達が、あれをぶち破るのだぁっ!」

 ナーシャは、細い脚をまっすぐ突き出した。ゴスロリドレスのスカートは、完全にまくれ上がってしまって、やや不恰好だ。

(……可愛い下着だな)

 履きこみの深い、ジュニアショーツらしきものを、ナーシャは身に着けていた。そこから、未発達な太ももがにょきっと生えている。

(この辺は、年齢相応なのか……)

「こらっ! 何を考えている! お前とて、その浅ましいミニスカがめくれ上がっているではないかぁ!」

 ナーシャは犬のように吠えた。

「ごめん、ついっ!」

「もういい、いくぞ! しっかり手を握っていろ!」

「う、うわあああああっ!?」

 そして、ナーシャは飛行機と衝突する。

 しかし、潰されることはない。

 むしろ、ナーシャのパンプスに踏みにじられ、飛行機の外装が凹む。べこっ、という耳に心地よい音とともに、大穴が開いた。

「いたっ!?」

 光は、飛行機の内部に叩きつけられた。

 ナーシャは、平気な顔で直立し、そんな光を見下ろす。

「ばか者! コックピットに直接つっこんでやろうと思っていたのに……お前のせいで、妙なところを蹴破ってしまったではないか!」

「え……?」

 周囲は、倉庫のようなだった。飛行機の中の、どこからしい。 

「ナーシャ、こんなことして、いったいどうするの?」

 よほどの高高度なのか、光はかなりの寒さを感じて、肩をさする。ナーシャは、まったく平気な顔だったが。

「この飛行機は、米軍の爆撃機だ。腹に核爆弾を搭載している」

「……は!?」  

 光は、あごが外れるんじゃないか、と思った。口を閉じるのを、忘れてしまう。

「か、かく……核だって?!」

 そんな物騒の極限みたいなものを持ってくるとは、光は信じられなかった。

 ウソじゃないのか――と、すがるようにナーシャを見つめる。しかし、

「……米軍上層部は、宇宙人の支配下にある。東京を核で丸焼きにし、戦争を誘発しようというのだろうなぁ。全く、やることが大げさな連中だ」

「そんな……!」

 これでは、茜ひとりでは済まない。

 たくさんの人が、東京ごと死ぬ――光は、体をこわばらせた。

「無論、そんなことはさせんがなぁ」

 と、不敵に言ってのけるナーシャ。

「行くぞ。私の仕事ぶりを、よく見ておけ」

「ま、待って……!」

 ナーシャはトコトコと、小さな脚で、しかし平然と歩く。光は、慌ててそれに続いた。

 しかし、二人は歩くのを止める。

 その必要がなくなったからだ。

 機体の内部隔壁が開いた。向こう側から、数人の人影が現れる。

 それは、小銃を抱えた兵士だった。

 彼らは、躊躇せず銃を構え、引き金を引く――

「っ!」

 光は、思わず頭をかばった。

「臆病者。それでは、見えないではないか。ほら、よく見ろ」

「え……?」

 光は目を開ける。

 そこには、床に倒れてぴくぴくと痙攣している兵士達の姿があった。

「!? ど、どうやって……!」

『簡単な話だ』

 ナーシャの声が聞こえた。

 しかし、それは耳から聞こえたのではない。

 何しろ、ナーシャは口を閉じっぱなしだ。ただ、おもちゃをいじくり倒す子どものように、いたずらっぽく笑っているだけ。

 耳から聞こえたのではなく、頭に直接声が響いたのだ――と、光が気づくまで、時間はかからなかった。

遠隔交信テレパシーを送ってやったのだよ。今、お前に送っているようにな』

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