07:銃弾の洗礼(2)
「……?」
いつまでも、自分の背中に弾丸が刺さる気配はない。
光が後ろを向くと、そこには、額を撃ち抜かれたMIBの死体が。この幼女は、よっぽど射撃が得意らしい。
一方で、光の背中のほんのすぐ近くに、銃弾が一発、地面に落ちていた。
それは、MIBが、光たちに撃ち込んだ弾のようだった。
「あ、あれ……?」
光は首を傾げた。
確かに撃たれたはずなのに。
なぜか弾は勢いを失って、光も、幼女も、ぴんぴんしている。
「おい、お前……いったい何をした?」
幼女が、驚いたように問いかける。
「な、何って……? 僕、キミを守らなくちゃって、ただ夢中で」
何が起きたのか、むしろ光のほうが聞きたいくらいだった。
幼女の双眼は、丸く開いたまま。光の目を覗き込んでくる。
「……お前、気づいていないのかぁ?」
「だから、何がだい?」
「今、お前は……
いきなり、耳慣れない言葉を口走る幼女。光は首をかしげる。
「さ、サイ……なんだって?」
「お前、こういうことは始めてか? 今まで、手を触れずに物を動かしたとか、そういう経験はないのか」
光は、ぎくりと肩を震わせた。
何しろついさっき、同級生のパンツを、念じて動かしてしまったばかりだから。
すると、幼女は突然顔を伏せた。おなかのところを、細い腕で押さえている。
「くっ……!」
「どうしたの!?」
が、幼女は、いきなり顔を上げた。長い金髪を、ばさばさっと振り乱して、
「くっ……くはっ、はははははっ! これは……これはっ、傑作だぁっ!」
「え?」
「ふふっ、くふふふっ! はひっ、ひ、ひーっ……!」
涙を流して笑っている。
その幼女は、歳相応に肺活量が少ないらしい。大笑いが、すぐにか細い悲鳴のようなものに化けてしまった。光の腕の中で、幼女の胸が大きくなったり小さくなったりする。
「ちょ、ちょっと……大丈夫?」
「……んンっ、んくくっ。……あぁ、大丈夫だとも。はぁ、はぁ~~っ……ところでな、お前……私に、殺されたくはないだろう?」
幼女は、歯をむき出しにして、ニタニタ笑った。
「そ、そりゃあ、もちろん」
「そうかぁ。ふむ、学校での成績は優秀……運動能力が高い……リーダーシップもある。絵に描いたような優等生、か。悪くはない」
光は、口をぽかんと開けた。なぜだか、光の個人情報が知られているらしい。体をこわばらせる。
「鍛えれば、使い物になりそうだ。いいだろう、お前、私と一緒に来い」
「く、来るって、どこへさ?」
「私が行くところ、どこへでもだ。真崎光」
今度は、名前までも知られてしまった。
「お前は、私のような幼女が好きなんだろう?」
「……!」
「フっ。何せ、学校を飛び出して、バカみたいに走ってやってくるくらいだからなぁ?」
光は、頬が熱くなるのを感じた。
学園では、光は誰かに好かれることはあっても、その逆はあまりなかったのだ。
幼女は、光に抱っこされているのに、まったく物怖じせず、
「図星かぁ? そんなさわやかなツラをしておいて、幼女趣味の変態のようだからなぁ、お前は」
「そ、そんな、変態だなんて! 僕はただ、純粋に、ちっちゃい子が好きなだけで……!」
「知らん! お前の性的嗜好なんて、講義されても困るぞ」
幼女は、目を吊り上げた。
「……とにかく。私の下で働くというのなら、悪いようにはしない。どうだ?」
幼女は、じっと光を見つめた。ふざけているのではないらしく、少しも目をそらさない。
「き、キミは、いったい……!?」
「私はナーシャだ」
と、金髪幼女はふんぞり返った。
名前を聞いたわけじゃないんだけど……と、光は困惑する。
「ナーシャ……可愛い名前だね」
「そうやって、幼女を口説き落としにかかるのは止めろ。気色悪い」
ばっさり切り捨て、ナーシャは詰め寄る。鼻先と鼻先とが、くっつきそうだった。
「さぁ、決めろノロマ! 従うならば、お前の
「へ、兵士……!?」
光は、オウム返しをした。
その単語で、けれど、大体の事情は察せてしまう。
けん銃を操り、大の男――人間ではないらしいが――を、平気な顔で倒してしまう幼女。
家と学校の往復生活ではありえない、非日常の、裏の世界の闘争を垣間見てしまった。
そして自分は今、その世界に引きずり込まれようとしているのだ――と。
光は、答えに窮した。
金髪ゴスロリ幼女・ナーシャの無垢な顔。
そして、けん銃と、銃弾と、血液、死体――
それらが、光の意識の中でぐるぐる回っていた。
いくら文武両道で、才色兼備でも、光は、銃なんて見たことはない。
耳をつんざくような銃声、人が倒れ伏す重苦しい音――それが、今も光の耳にべったりと残っていた。
だが、
「分かっているだろうなぁ? 断るのなら、返礼は……これだ!」
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