06:銃弾の洗礼

 腹に響くような、苦しい重低音。

 映画やドラマで聞く、銃声そのままだった。

 一瞬遅れて、木々に弾丸が突き刺さる破砕音がする。光は、とっさに頭を下げた。

「ひっ……!? な、なに、これ……!」

「……このクソガキ! お前が私に大声で話しかけるから、こんなことになったのだぁ! いい加減にしろ!」

「あいたっ!?」

 金髪幼女は、光の頬をはたいた。

「き、キミのほうが、だいぶ大声なんじゃ……?」

「口答えするなぁ! ともかく……もう仕方あるまい。着いてこい!」

 金髪幼女に手を引っ張られ、光は芝生に着地する。

 すると、木々の向こうに数名の男達が立っているのが見えた。

 サングラスに、真っ黒いスーツ、その上ネクタイまで黒い。

 そして手には、銃を抱えている。こちらに銃口を向けて、いまにも引き金を引きそうだ。

(殺される……!)

 光の背筋に、寒気が走った。

「おいガキ、しっかりつかまれ! 舌を噛むぞっ」

 金髪幼女は、光の手をギュッと握った。

 次の瞬間、光の目の前の景色が、いきなりパッと変わってしまう。

 木々と芝生がある、ということには変わりない。

 ただ、男達は、すぐ目の前にいた。こちらに背を向けた状態だ。光たちを見失って、キョロキョロしている。

(一瞬で……こいつらの後ろに移動した……? いったい、何がどうなって)

 いわゆる、「瞬間移動」のようなものだろうか。そんなものを見せられ、呆然とする光。

 一方、金髪幼女の動きはすばやかった。

 ゴスロリドレスのふんわり膨らんだ袖から、瞬時にけん銃を取り出し、構える。落っことしてしまうこともなく、小さな手の中に銃が納まった。

 流れるような動作で撃鉄を降ろし、躊躇なく引き金を引く。

 合計三回、乾いた音が響き渡った。

 男達は三人とも、後頭部を撃ちぬかれ倒れる。

「ひぃっ……! ひ、人を……!?」

 目の前で、人の命が奪われた。

 光は、逃げようとするが、金髪幼女が手を離してくれず、できなかった。 

「……人だと? ふん、見当違いだ」

「え?」

 硝煙をフッと吹き散らしてから、幼女は銃口を男達の遺体に向けた。

 すると、遺体が煙のように消え去っていく。たちまち、後には何も、血液さえも残らなくなった。光は、目をこすった。けれど、何もないことに変わりはない。

「な、何だあれ……!? 死体は?」

「そんなものはない。あの肉体は、思念体ソートフォームに過ぎん。あの男どもは、MIBメン・イン・ブラックだからな」

 その単語は、光もどこかで聞いたことがあった。

 MIB……宇宙人やUFOの目撃者に対して、口封じをして回るという、謎の男達――そんな、都市伝説の類だ。

 目の前で見たのは、もちろんはじめてだが。

「MIBって……あれって、作り話じゃないのかい?」

「どちらでもいい。好きに思考しろ」

 金髪幼女は、手を離した。

 そして、銃口を光の胸のあたりに向ける。

「――お前も、この場で死ぬのだからなぁ」

「えっ……!?」

 光は、体を硬直させる。

 理解が、追いつかなかった。

「私たちの秘密を目撃した者を、生かしてはおけない。好奇心は、猫も殺すと言うだろう?」

「そ、そんな……!」

 あまりのことに、光の歯の根がカチカチと音を立てる。 

「せいぜい、自分の軽率な行動を呪うのだなぁ」

 ぐ、と引き金にかかった幼女の指に、力がこもった。

(逃げなきゃ……!)

 そう思っても、光は、銃口から目が離せない。背を向けて逃げることさえも、できなかった。

 幼女が、引き金を引く――

 しかし、それと同時に、光は腰を抜かして倒れてしまった。

 弾丸は、狙いをそれて、

「うあぁぁぁぁぁっ!?」

 光の肩をえぐった。

 灼けた鉄を押し付けられたような痛みに、光は叫び声をあげる。芝生の上で、のた打ち回った。

(この子、何なんだ……!? 本当に、殺される……!)

 この平和な国で、都会のど真ん中で、いきなり銃で幼女に撃ち殺される――そんな非常識な現実に、光は頭がクラクラしてくる。

「あ、あ、ぁ……!」

「骨の硬いやつだなぁ? 弾丸が跳ねていたではないか」

 幼女は、光のすぐ前に立つ。今度は、顔に銃口を向けた。

「骨のないところなら、問題はないだろう」

 今度はどこを撃つというのか――想像してしまい、ぞっとする。

(くそっ……! こんな可愛い幼女に殺されるなら……って、さすがにそこまで思い切れないよ!)

「さぁ、今度こそ、さらばだ」

 幼女が、引き金に手をかける。

「っ!」

 観念して、目をぎゅっと閉じた。

 しかし、その瞬間、光のまぶたの裏に妙な映像が現れる。

 また、「第六感」らしい。

 弾丸が撃ちこまれ、空中を突進する、そんなイメージだった。

 しかしその弾丸は、光に向けて放たれたのではない。

 MIBが銃を撃ち、そして、金髪幼女が背中に弾丸を喰らって倒れる――そんなイメージが、頭の中に現れたのだ。 

 はっとして、目を横に向ける。そこには、MIBの男が潜んでいた。幼女は、気づいていないようだったが……。

「危ない!」

 激痛は、いつの間にか意識の外に行っていた。光は、突き動かされる。

 そして、幼女をかばうように抱きついた。

「っ……?! お、お前、何をいきなりっ」

「だめ……だめなんだ!」

「はぁっ?」 

「灯ちゃんが傷つくのは、もう……! 僕が、守ってあげる!」

 光は、大声で叫んだ。

「誰だそれはっ、そんな奴は知らん!」

 幼女は、口をさらにパクパクさせていたが……。

 銃弾が、自分の背中を貫くだろうと悟って、光は今度こそ死を覚悟する。

 が、

「ぬ、そんな所にもいたのかぁ!? 小癪なぁっ!」

 ハイトーンボイスで叫び、金髪幼女も、光の肩越しにけん銃を向けた。

 幼女と、MIB。

 その二人の銃声が、ほとんど同時に響き、光の鼓膜を激しく揺らした。

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