03:女学園の王子様(2)

 去年、彼女が生徒会長兼フェンシング部部長になってから、光の名声は本格的に学園中にとどろき始めた。

 勉強もできて、運動もできて、リーダーシップもある。その上、中性的な美人と評判になる容姿だ。

 男子の一人もいない女子校なのだから、これで人気が出ないほうがおかしい。

 光は、その「人気」を大いに利用した。

 中一のお気に入りの子――いちばんちっちゃくて、いちばん可愛い子に眼をつけては、一緒に遊びに言ったり、自宅に招いたりしていたのだった。

 ちょっとばかり、後ろめたさを覚えないわけでもなかったが。

「……ふぅ」

「光、あんた何気持ち悪い独り言言ってるの? ちょっと外に聞こえてたよ」

 突然、光に声をかけてきた女子がいる。

 更衣室に、いつの間にか入ってきたようだ。

「あぁ、茜」 

 さきほど、光と対戦したフェンシング部の部員だった。

「いつもの事だけど、光の趣味って特殊すぎよね」

「ははっ、そうかもね。でも、仕方ないんだよ」

 光は、長い脚に、黒く薄いストッキングを履いた。

 ワイシャツも身にまとう……が、スカートを履く前に、胸ポケットの定期入れを取り出した。

 そこには、通学定期券だけでなく、一枚の写真が納められていた。

 光は、もとから細い眼を、さらに細める。

「どうしても……思い出しちゃうんだ」

 光は、低い声で独り言を言う。

 写真には、小学校低学年くらいの女の子が二人、ツーショットで映っていた。二人とも髪が長く、同様にふんわりとした笑みを浮かべている。

 とはいえ、顔立ちは少し違った。

 一人は、小学生のころの光自身だ。

 今と同じく、男の子のようなきりっとした眉をしている。

 もう一人は、違う。

 髪も、肌の色もとにかく薄い。目鼻立ちは、はっきりしている。少々日本人離れした、それどころか人間離れした、人形のような女の子だった。

 主に、光の目線は、その人形のような子に注がれている。

「灯(あかり)ちゃん」

 光は、つぶやいた。

「妹さんだっけ、それ」

 茜の質問に、光はうなずく。

「灯ちゃんのためにも……僕、幼女には、ギリギリ清い関係で接するようにするよ。さすがに、警察に捕まりたくはないからね。あはは」

「ちょっとは真面目なこと言うかと思ったら……これかよっ! ハァ」

 と、茜はため息をついた。

 

「……あれ? 待って、茜(あかね)」

 光は、妙な気配を感じて立ち止まった。

 ちょうど着替え終わって、帰ろうとしていたのだが。

 茜の背中が妙に気にかかったのだ。

「どうしたの? 光」

 眼を凝らしても、何か見えるわけではない……が、茜の背中を凝視し、

「……」

 そして眼をつぶった。

 光のまぶたの裏に、何かの映像が一瞬だけ現れる。

 はっとして、茜の背中をつついた。

「茜、ホック外れてるよ」

「え……!? ウソ!」

「本当」

「やだ、どうしよう……ちょっと、トイレ行ってつけてくるね」

 茜は、踵をかえそうとした。

「トイレ? わざわざそこまで行かなくていいよ。僕がつけてあげる」

 光は、スカートに入っている茜のワイシャツを出した。

「え?! チョット!」

「大丈夫。誰も見てないから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る