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相田サンサカ

02:女学園の王子様

 4月――

 東京都千代田区、私立・和香(わこう)女学院の敷地内。

 都会の真ん中にしては場違いなほど、分厚いピンクのじゅうたんで、学校中が覆われていた。

 体育館では、ちょうど入学式が行われている。

 春の陽気のせいか、新中学一年生たちは眠そうだった。

 しかし……

『――続いて、在校生からの言葉です。生徒会長、真崎光(しんざきひかり)さん、お願いします』

「はいっ」

 という、アルトの声が響いた瞬間、生徒たちはいっせいに顔を上げた。

 生徒会長は、まだマイクを握っていない。肉声そのままだ。

 なのに、なぜか通りが良く、体育館中に鈴のように響き渡る。

 壇上に上った。

 女子高だから、生徒会長もとうぜん女子だ。きちんとスカートもはいているし、ブレザーの胸の辺りはむしろ、相応以上の丸みを帯びている。

 けれど、新入生たちの間にはどよめきが走った。

 その生徒――生徒会長の背は、平均よりも高い。背筋はぴんと伸びて、もともとの背丈を強調している。その上、黒いストッキングは、脚をすらっとして見せていた。

 マイクを持ち、壇上に向き直る。

 すると、新入生たちの間に熱いため息が漏れた。

 少しハネ気味のショートヘア。 

 鋭くとがった目で、しかし口元に微笑をたたえて、在校生たちを見つめていた。

「やだっ、ちょーイケメン……♡」

「あの人、ほんとに女?! なんで宝塚行かなかったんだろう……?」

 そんなざわめきを知っているのかいないのか、生徒会長は平気な顔だった。

『ご紹介に預かりました、真崎光です』

 そして、屈託のない笑顔で笑ってみせる。

『――当学園は、生徒の自主性尊重を重要な理念としています。ですから……自分のやりたいことにはけっして遠慮せず、精一杯に取り組む。そんな、かけがえのない六年間にしてください』

 話の内容自体に、変わったところはないが……

 新入生たちは、皆が皆、頬を赤らめていた。

『生徒会は、いつでもみなさんの助けになります。困ったことがあれば、気軽に声をかけてくださいね』

 ちょっとだけ顔を傾け、彼女は微笑んだ。

 その仕草は、緊張でドキドキしている新入生たちのハートを融かし、あるいは射抜くのに充分で。

 刹那、新入生の席から一層大きな歓声が上がった。

 いわゆる、「黄色い声」だった。

『みなさん、静粛に、静粛に!』

 司会進行の教師が、声を張り上げるが。

 生徒会長――真崎光が壇上を降りてしまうまで、いや降り切っても、新入生たちの大騒ぎは止むことはなかった。


 女学園で大人気の「生徒会長」だが、彼女の得意分野は見た目だけではない。

 彼女は、運動能力の面でも、女生徒たちのあこがれをひきつけて止まないのだ。

 

 体育館の一角では、フェンシング部が、学期初めの今日から、さっそく練習をはじめていた。  

 選手二人が、フルーレという長剣を構え間合いを取り合っている。 

 ――ただそれだけの、普通の練習試合のはずなのに。

 その周りには、異様な数の人だかりが出来ていた。

 彼女たちのお目当ては、誰にとっても明らかだ。

 一方の選手が、目で追えないほどの高速で、フルーレを突き出した。

 相手のフルーレを跳ね除け、心臓の辺りに突き刺さる。

 「試合終了(ラッサンブレ・サリュー)。勝者、真崎光!」

 そんな号令が響くと、何十人というギャラリーたちが甲高い歓声をあげた。

 勝者――真崎光は、ちょっとよろめき気味の相手選手の手を掴み、しっかり立たせる。握手するように上下に振って、それから、自分の黒いマスクを取り去った。

 クセのある髪の毛が、ふぁさっと、とがった形を取り戻す。

 こめかみには、細い汗が一筋だけ垂れていた。

「いや~……光は強いな。こっちの攻撃、当たらないし……今の剣も、ぜんぜん見えなかったよ?」

 と、対戦相手がマスクの向こうから言った。

「運が良かったんだよ。それより怪我はない? ……そう。よかった」

 光は微笑んだ。

 圧倒的な対戦技術。

 まろやかでスッキリした肢体。

 礼儀を忘れない誠実さ。

 そして、顔の造作――

 そのすべてが、ギャラリーの心を打ったらしい。またまた、黄色い声が沸いた。

 一人の女生徒が、ささっと光に駆け寄る。タオルを差し出し、

「部長さん、すごくステキでしたぁっ♡ ぜひ、使ってくださいっ……♡」

「ありがとう」

 ちょっと低めなアルトの声で、光は礼を言う。

 その声に痺れたのか、女子生徒は目がトロットロになり、へなへなとその場に崩れ落ちてしまった。

「みんな、気をつけて帰ってね」

 軽く手を振り、光は颯爽と踵を返す。すると……

「「「キャーッ!」」」

 という歓声が、また体育館に響き渡った。

 

 真崎光。

 その評判は、文武両道と才色兼備。

 光は、生徒たち全員の想い人。

 あるいは、この女学園の王子様と言っても過言ではなかった。

 

 体育館近くの、更衣室。

 真崎光は、着替えていた。

 ただし、自分の本性を、平気で、口から駄々漏れにしながら……

 「あぁっ……今年の中一に、萌え萌えロリロリな幼女が、一人くらいいないものかな……? いたらいいんだけどなぁ! ……あぁ、僕のこの渇き、疼きの酷いこと! 今年はいったい、誰で癒されればいいっていうんだ!? はぁ~っ……! あぁぁぁ、あああああああっ! 幼女、幼女、幼女、ようじょぉぉ……っ!」

 ――と。

 デカい声で、一気に言い終える。

 生徒会長にして、フェンシング部部長にして、学園の王子様――である光は、頭を抱えた。

 独り言を言い終わると同時に、肺から搾り出すようなイヤなため息をつく。 

「はぁ、あぁぁ……幼女ぉ……っ!」

 光は、黒いスポーツブラと、パンツだけを着た姿だ。地肌を露出しっぱなしだが、寒さは感じていない。

 それより、むしろ頭痛を覚えていた。

 「好みの幼女が学校にいない」、という心労のせいで……。

 更衣室には今、ちょうど光以外に人はいない。

 だからこその独り言だ。

 もし人がいたら、大問題だろう。

 とはいえ、ロリコンにはロリコンなりの悩みがあるというもので、光はさっきからため息ばかりついていた。

 原因は、今日から新年度を迎えてしまったことにある。去年は幼くて可愛かった中一も、中二になってしまった。

 そこまで大きくなると、もう光のストライクゾーン外なのだ。

 「うぅぅ、うぁぁぁぁっ……! ほんとうは、ほんとうは、中一でもギリギリっ! 欲を言えば、女子小学生が最高なのに……!」

 可愛い小学生を抱きしめる妄想をし、光は自分自身を抱いた。光のバストがつぶれる。

 「どうしよう。早く可愛い新一年生を見つけないと……っ! さっそく、今から探さなきゃ!」

 光の瞳は、すこし輝きを取り戻した。  

『自分のやりたいことに、精一杯に取り組む』。

 さきほど入学式で演説した内容を体言するかのように。

 どうやって、一年生を自分の物にすればいいか、光は頭をめぐらせはじめていた。 

 

 ――そう。

 光はここ数年というもの、中学一年生の中でも、一番未発達で一番かわいい生徒に眼をつけては、王子様的な容姿を活かして「手篭め」にし続けていたのだ。

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