Chapter 15

 宮路はイギリスまで私に会いに来た3ヶ月後から、アメリカ・カリフォルニア州にある大学に、博士課程の研修という形で約1年半渡米した。私と頻繁に会うようになって間もない頃、教授から研修の話を聞き志願したのだと言っていた。

「まあほんとは、博士課程を終えてからポストドクターとして行ければ理想的だったんだろうけどね。けど、少しでも早く日本を出て、可奈が戻る頃には自分も戻れればいいなって思ってさ。さすがに可奈を追いかけて同じ大学に行くっていうのは、自分でも情けないと思ったからやめたよ。結局、可奈のマンションはしばらく空き家になっちゃうけど」

 宮路はカリフォルニア行きが確定した時に、笑いながら私にそう報告した。

 私は修士課程の2年目が始まる前の夏休みに、カリフォルニアまで宮路に会いに行った。彼はとても嬉しそうに、私を色々なところに連れて行き知り合いに紹介して回った。

 そして宮路は「可奈は俺の世界を広げてくれる」と私を大切そうに抱きしめて呟いた。

 ずっと昔に、私も真咲に対して同じ気持ちを抱いたことを思い出した。カリフォルニア北部の爽やかな青空を見上げながら、真咲はまだこの国のどこかにいるのだろうかと考えた。

 イギリスで宮路に愛してると伝えて以来、それが私の彼への気持ちを表す言葉なだと把握していた。 真咲に対しての一点の曇りもない愛情とは違うが、それでも“愛してる”以外に、私の宮路への感情を適切に表せる言葉は見つからなかった。

 私がその言葉で宮路に気持ちを伝えるたびに、彼は愛おしそうに私を見つめた。そんな彼の視線は時々、私に不可解な後ろめたさを感じさせた。

 私は博士課程1年として、宮路は博士号取得のための最後の仕上げにかかるため、私たちはほぼ同時期に横浜の大学に戻った。帰国後は、私のマンションで一緒に生活を始めた。私は24歳になっていた。

 親友の人見は私の帰国を心待ちにしていて、戻るとすぐにふたりで飲みに出かけた。高層ホテルのバーで久しぶりの再会を祝し、ポムリのシャンパンで乾杯をした。

 私が日本を離れていた間の状況をかいつまんで説明すると、「やっぱり、宮路さんと可奈はうまくいく気がしてたんだよねぇ」と人見は誇らしげに言った。「ま、初めてのカレシとの誓いなんて、きっとみんな夢見て散っていくもんなんだよ」

 人見は私が真咲のことを諦めたのだと思ったようだった。

 私は、フリュートの中の透明な金色の液体から次々と逃れ出る小さな気泡を見つめていた。

 人見はピスタチオの実を口に放り込んでひとり言のように続けた。

「そりゃさ、私だって、最初に可奈から泣きながら真咲のことを聞いた時は、世紀の大恋愛で10年後の再会の約束なんて、すごいロマンティックだなぁって思ったんだよ。でも実際にはさ、私たちみんな、その10年間の一日一日を四苦八苦して生きてるわけじゃん」

 人見はグラスをあおりシャンパンを注ぎ直した。シュワーと小気味のよい音がした。

「毎日辛いことがあったり、泣きたいことがあったり、幸せを感じることがあったりしてさ。そこには自分だけじゃなくて、否応なしに関わる人間がいるんだよね。10年放っておくってことは、そういうの全部ひっくるめてだよね?端的に言うと、あんたに男ができようが、あっちに女がいようが、その間は干渉しないってことでしょ?本音を言うと、それってどうなんだろうね……って思ってたんだ」

 私が初めて真咲以外の男の人と寝た時から、それは私も考えてきたことだった。真咲もほかの誰かを抱いているんだと悟った。

 私は自分に言い聞かせるように「真咲は何度も、私たちの出会いは早すぎたって繰り返してた。あと10年か20年遅ければって……」と呟いた。

 そんな私を人見は横目で見てから、視線を前に移して明るい声で言った。

「私が今ここで何を言っても、相手は15、6のガキの発言なわけだからフェアじゃないよね。とにかく、私が言いたいのは、現実に宮路さんとは距離を超えて付き合って、それで今に至るんだから、よかったじゃん!」

 人見は私を励ましたかったんだ。

 そう思うと、彼女には事実を知ってほしくなった。

「1年半くらい前、宮路さんに愛してるって初めて言われた時に、真咲の話をしたの。私は真咲を待ってて、どうしても諦めきれないって……」

 人見は大きくため息を吐いて「そうか、真咲のこと話しちゃったんだ……」と呟いた。

「私、あんなにまっすぐな宮路さんに、愛される資格なんてないって思ったの。だから、真咲の話をしたら離れていくかなって……」

 人見は再びため息を吐いて、バースツールの背もたれに寄りかかった。

「それでも可奈といることを選んだ、宮路さん……」と呟くと、人見は私に向き直り私の左肩をギュッと掴んだ。「ねぇ可奈。こんなにあんたのことを想ってくれる人なんて、もうほかにいないかもしれないよ!宮路さんを大事にしてあげなよ……」

 彼女の口元には軽い口調に思わせるための笑みが浮かべられていたが、彼女の眼差しは真剣だった。

 私はそんな彼女に真摯に答えるためにゆっくりとまぶたを閉じ、口元に笑みを浮かべた。

 わかってるんだけど……それでもね、どうしても私は真咲を諦めたくないよ……

 私の表情と沈黙で人見は私の意思を理解したようだった。彼女はそういう種類の私の理解者だった。

「そっか……」と人見はグラスをあおった。

 私も彼女に倣いグラスを空にしてから、ジントニックを2つ注文した。それから私はうつむいたまま罪を告白するかのように呟いた。

「時々ね、ふっと冷静になると、宮路さんに対しての自分の残酷さに嫌気がさすんだ。もし私と彼の立場が逆だったら……なんて想像もしたくないって思う。それでもね、宮路さんの腕の中にいると甘えちゃうんだよね……」

 私は自分のグラスにライムを絞り入れ、ジントニックをひと口飲んだ。

 人見もジントニックに口をつけ「ということは、やっぱりあんたは真咲しか見てないんだね……いい人だね、宮路さん」と言った。

 私は、うん、と頷いて「彼をできるだけ幸せにしてあげたい……」と本音をもらした。

 人見は急に明るい口調になり「私は先月、男と別れた」と言った。

「また?あれ?今回はどんな人だったっけ?」と私は笑いながら人見をからかった。

 人見の恋愛はいつも短期集中型だった。恋愛が始まると毎日のように一緒に過ごし、ケンカをして、ありったけの感情をぶつけ合って、別れる。彼女の恋愛は花火のようだった。

 私には、彼女が選ぶ男にはいつも共通点が多くあるように見えた。人見に頼る、甘えるのがうまい、まめな人。彼女がそういう相手を選ぶのか、それとも彼女が相手をそうさせるのかはわからないが、毎回似たような展開で始まって終わっていた。

「人見はいつも私の心配とか分析とかしてくれて私にはとっても心強いけど、そろそろ自分の幸せも真剣に考えなよ」と私は彼女に微笑んだ。

 人見は天井を仰いで「私には、いい人はいい男じゃないんだよねぇ……」と再び大きなため息を吐いた。

 人見は修士課程に進んだが博士課程には進まず修士号を取得次第、一般企業に勤めることにしていた。

 宮路は、予定外のアメリカ滞在のため博士号を取得するまでに少し時間がかかってしまったが、取得後はポストドクターとして研究室に残った。




 私は27歳になり横浜にある大学で博士号を取得した後、ポストドクターとして研究室で働いていた。その年は、真咲との約束の10年目だった。

 最初に疑念を抱いたのは、最後の生理から45日が経過した5月だった。

 論文作成や学会準備の手伝いに追われる日々で、食事も睡眠もまともに取れないことが頻繁にあったせいか、もともと生理の周期が不規則なことがあった。その上、副作用の頭痛がひどく日常生活に支障をきたしたため、その半年以上前に避妊薬の服用をやめていた。そのせいで、通常以上に周期が不安定になっていたこともあり、整理の遅れをあまり深刻に考えずに様子を見ることにした。

 しかしさすがに60日目になると、何か行動を起こさなければ、という気になった。2本入りの妊娠検査薬をふた箱購入し、その日の夕方に自宅で検査をした。2回とも陽性だったが、万が一の可能性を考慮して、もうひと箱を開け3回目のテストをした。

 やはり陽性だった。

 私は不思議と落ち着いていた。まず、自分の下腹部を触ってみた。だが何の異変もなかった。そこに私とは違う命があることが信じ難かった。

 次に、受精日がいつだったか考えると、すぐに思い当たる節があった。

 4月初旬に学会の準備が終わり、いつものように慌ただしく教授と発表者を送り出した後、宮路と部屋から一歩も出ることなく週末を過ごしたことがあった。私はその時期、妊娠の可能性が低いと思い込み避妊をしていなかった。その時に受精したのだろうと思った。

 産むかどうかの選択を考える必要はなかった。私には産まない理由が何ひとつ思いつかなかった。真咲がこの世に存在できなかった可能性を考えると、私にはそれだけで自分のお腹にある命を産む絶対的な理由だった。

 そして、私が一番気にかけたことは真咲のことだった。私の推測が正しければ、出産は来年の1月くらいになるだろう。12月23日にブリュッセルに行くことは到底不可能なことだった。

 私はまだ真咲との将来も、宮路との今後のことも何も決めてはいなかった。自分がどうしたいのかもわかっていなかった。それでも、どうしても10年目の約束の日に真咲に会いに行かなくてはならない、私はただそう思い続けて生きていた。その決心が揺らいだことは一度もなかった。

 それが思わぬ妊娠によって阻まれることになってしまった。

 次に考えたのは、出産のタイミングと論文のスケジュールだった。最悪の場合、今手がけている研究の努力が全て水の泡になってしまう可能性もあるので、早い段階で教授に相談する必要があった。

 最後にどうやって子どもを育てていくかを考えた。私の両親、特に母は、宮路のことを気に入っていた。その上、両親はふたりとも私の仕事を応援してくれていた。出産しても問題なく助けてもらえるという甘い期待ができた。それは子どもを産み、ひとりで子育てをする私にとって大きな精神的な拠りどころだった。

 恐らく宮路に告げれば、最初は動揺するが最終的に妊娠と出産を受け入れるだろうと思った。でも私はこのことが、彼と一生を共にするという約束になるのはどうしても納得がいかなかった。この妊娠は私が真咲を諦める理由にはなりえなかった。私は宮路の意見を聞く前に、すでに子どもを産む決断を下していた。だから、これは私の問題として考えなくてはならない、と強く思った。




 仕事の邪魔をしないように午後7時を過ぎるのを確認してから、化粧品メーカーで研究員として働いている人見に電話をかけた。毎晩かなり遅くまで仕事をしていて、なかなか私と会う暇がないとよく嘆いていた。

 3回目の呼び出し音の途中で「もしもし、可奈?」と人見が小さい声で電話に出た。

「あ、ごめん。まだ仕事中?」と私は人見の口調につられ小声になった。

「うん。でも少しなら大丈夫だよ。元気?」

 彼女の声の様子から、周囲に職場の人がいるのだろうと想像ができた。私はできるだけ早く電話を終えなければと考えた。

「あのね、私、妊娠してるみたい」と単刀直入に言った。

 人見は驚いて言葉が出ないようだった。

 しばらくの沈黙の後に「で、どうするの?」と聞いた。

「産むよ」と私は即答した。

「宮路さんのことはどうするの?」

 私は普段よりも早口になっていた。

「まだ話してないんだ。さっき検査したばっかりだから」

 人見は数秒の間の後「宮路さん、きっとプロポーズするよ」と言った。

 私もその可能性を考えていた。彼の人柄を考えると、確かにそういう流れがより自然に思えた。

 私は「……うん。でもそれは……無理」と小声になった。

「ふーん……でも、一緒に育てるの?」

 そう質問する人見の声音には、苛立ちが含まれるように感じた。

「もし彼がそうしたいなら」

「そんなの、考えなくたってわかるじゃん」と言い放った彼女の語調にははっきりと怒気が表れていた。

 私は返す言葉がなかなか見つからなかった。

 人見はいつもの口調に戻り「ごめん、可奈。私もう行かなきゃいけないんだけど。とりあえず、おめでとう」と明るい声を出した。

「うん、ありがとう」と私は微笑んだ。

 人見は「宮路さんをあんまり傷つけないであげなよ」と呟いた。

「……うん、わかってる」

 私はそのために、この事実を今夜どう打ち明けるか、彼が帰ってくるまでに綿密にプランを立てようと決心していた。

 人見は「明後日の夜、私から可奈に電話するから。今は自分の身体を一番に考えなね」と優しく言って電話を切った。




 その夜、宮路は午後11時過ぎに帰宅した。

 玄関のドアが開き「ただいま」と普段通りの宮路の声が聞こえた。

「おかえり」と私は機嫌よく玄関まで出迎えた。

 宮路は「どうした?なんかあった?」と私の笑顔を見て尋ねた。

 恐らく、何かいい買い物でもしたのかな、というくらいのつもりだったのだろう。

 私はにっこりとして「私、妊娠してるみたい」と、今日の夕食はおいしかったよ、と同じような調子で伝えた。

 私は、宮路にできるだけ重圧をかけないように話し、彼の自発的な決断を聞こうと考えていた。そのために人見との電話の後頭の中で、考えられるQ&Aをリストアップしてシミュレーションを重ねた。

 宮路は靴を脱いでいた手を止め「は?」と間抜けな声を出した。

 私は努めて平淡なトーンを保ち「市販の検査薬で3回陽性反応が出た」と伝えた。

 宮路は何を考えるべきなのかわからない様子で、呆然と私を見た。

 彼の反応は、完璧なまでに私が予想していた通りだった。

 宮路は無言のまま靴を脱ぎ黒いメッセンジャーバッグを床に置いた。そのままリビングルームに行きソファに腰を下ろした。私も彼の後を追い、彼の右隣に座った。彼の横顔を見ながら、この短い時間にいったいいくつの質問を彼の頭の中で考えているのだろう、と思った。

「可奈……可奈はどうしたいんだ?」と宮路は感情を表さない閉じた表情を見せた。

 これも私が予想していた質問リストの中で、上位にランクする1つだった。

 私は無表情に「タイミング的に、私の今の論文は厳しい状況になるよね」と彼の目を見つめて答えた。

 宮路は、何の話をしているんだと、呆れたかのように顔をしかめた。

 そして彼は「産むの?」と、今度はもっと率直に確認し、私は「うん、産むよ」と即答した。

「でも宮路さんは、私の行動をあまり気にしなくていいよ。けど、子どもが生まれたら色々と落ち着かないし、ドタバタするだろうから、このマンションからは出てもらうことになるだろうけど……」と私は申し訳なさそうに言った。

 宮路は一瞬怪訝な顔を見せたかと思うと、愕然としながら言った。

「可奈、何言ってんだよ。俺は?必要ないってこと?」

 私は無表情を保ちながら「だって、私ひとりの勝手な決断だから……宮路さんに無理強いしたくないの」と言葉を選んだ。

 宮路は両手でこぶしを握りしめ立ち上がった。彼は明らかに怒っていた。

「何考えてんだよ、可奈……俺のことをどこまで無視すれば気が済むんだ?俺と可奈の子だろ?俺からそんな大切なものを勝手に奪わないでくれよ!」

 私はどんな些細な彼の表情も見逃さないように、彼の目を見据えて聞いた。

「宮路さん、子どもほしいの?」

「俺は可奈を愛してるんだよ。結婚しよう。一緒に子ども育てよう。これからもずっと一緒に生きていこう」と隣に座る私を強く抱きしめた。

「一緒に子ども、育ててくれるの?それは、ほんとに宮路さんがしたいこと?」

 宮路は私を抱く腕に力を入れて「嬉しいよ……可奈と俺の子どもを育てられるなんて……」ともらした。

「私も、宮路さんの子どもが、私の子どもとして生まれてくるのがすごい嬉しい」と彼を抱き返しながら言った。

「でもね、結婚は……」

 宮路は私を遮った。

「わかってる。ただ、俺の気持ちを伝えただけだから。……今は何も聞きたくない」と私の後頭部を左手で抱きかかえ、私の頬と彼の頬をくっつけた。

「この子は俺と可奈の強いつながりだ。少なくとも今は、ほかの誰も持っていない」

 彼の言う“ほかの誰も”は、ただひとりの人間のことを指していたことはよくわかっていた。私には、うん、とうなずく以外に何も言えなかった。

 それからの宮路の行動力には目を見張った。

 翌日は午前中から産科へ行き、初めての検診を一緒に受けた。予定日が1月16日とわかると、彼はすぐに私の母に連絡をして週末に会う約束をした。

 週末に私の実家に報告に行くと、私の親は妊娠を喜んでくれたものの、私たちが入籍をしないことに対しかなり厳しく非難した。「出産と結婚は別だから、一緒に考えたくない」と主張する私を無視して、私の両親は宮路を責めた。宮路は「今はその時ではないのですが、ゆくゆくは必ず」と何度も繰り返した。

 それとは反対に、浜松の彼の実家で私はとても歓迎され、妊娠の報告も宮路の両親は心から喜んでくれた。

 当初私は、自分ひとりで決断したことだと思っていたが、子どもを産んで育てるというのは、考えていたよりも周囲を巻き込むものだと学んだ。

 妊娠がわかった数週間後から、宮路はマンションから通勤可能な企業の面接を片っ端から受け、かなりの好条件で通勤片道30分の製薬会社の研究員の仕事が決まった。大学は8月で辞め、9月から一般企業で働くことになった。

 8月初旬の熱帯夜に、マンションのベランダから遠くに見える花火をふたりで眺めながら、氷がたっぷりと入った大きなグラスでジンジャーエールを飲んでいた。私は白いプラスティックのイスに腰を掛け、宮路は手すりに寄りかかり立っていた。

 花火を眺めながら「可奈、12月に行けないよな」と宮路が出し抜けに言った。

 私は一瞬、彼が何の話をしているのかわからなかったが、遠くの花火を見つめ続ける彼の横顔を見て、真咲との約束のことだと悟った。恐らく宮路は、この質問をするタイミングをずっと以前から見計らっていたのだろう。

 私は「そうだね。行けないね」と無感情に答えた。

「そうすると……どうなるの?」と尋ねる彼は、私を見ずに花火から目をそらさなかった。

 私の中でその答えはずいぶんと前からすでに出ていた。けれどもそれを宮路に伝えるのは、ためらいを覚えずにはいられなかった。

「……わからない。もう会えないのかも……でも私は、今から10年後に、あの場所に行ってみる。例え彼が来なくても、来ない彼を確かめに行ってくるつもり」

 私の答えを聞いても宮路は何も言わなかった。

 その会話の後10年間、宮路は一度も真咲のことを口にすることはなかった。

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