Chapter 7

 真咲も私も本質的に、人と感情的に口論することは苦手だった。同じ目的をもって建設的に話し合う場面では、自分の意見を説明する価値も重要性も理解できた。けれども、打開策も解決策もなく、ただ既存する意見や物事を非難するだけなのであれば、私たちは口をつぐむ方を選択する性格だった。それでも真咲と比較すると、私は基本的に喜怒哀楽を率直に口や態度に表す性格だったと言えた。

 私には6歳下の弟がいたが、彼を相手に時たまケンカをすることがあっても、本気で怒りをぶつけたことはなかった。一方、真咲はひとりっ子で誰かとケンカをした経験は皆無、どちらかと言うとケンカのし方を知らないようだった。感情をありのまま表す前に、まず無表情を被り状況判断をする人だった。

 インターナショナルスクールに通い始めて真咲をよく知るにつれ、真咲の私に対しての接し方は、ほかの人たちに対してのそれとはかなり違っていることを悟った。私には初めて出会った日から、無理な笑顔や優しさを見せたことがなかった。むしろ、強がったような冷たい態度を保ち、彼が私に見せた優しさは表面上に見えるものではなく、内面から湧き出て行動によって示されたものだった。ところが、時折り学校で目にした友人たちと一緒にいる真咲は、常に笑みを絶やさず、私の目には不自然なまでに快活に見えた。私だけに見せる素直な彼を愛おしく感じ、私は彼のための憩いの世界でありたいと思った。

 私たちが恋人として付き合っている間、当然ながらふたりの不満がぶつかり合うことはよくあった。例えば、楽しみにしていた予定がどちらかの都合で流れたりすると、拗ねたりむくれたりということは珍しくなかった。しかし、彼が本気で私に対して怒りを見せたことはなかった。

 そのため、真咲が我を忘れ怒り狂う姿を一度だけ目撃した時には、私は慌てふためき、まるで別人を見ているのではないかと目を疑った。彼もそんな風に怒りを覚えることがあるのだと、どこか新鮮にも感じた。




 私たちが通っていたインターナショナルスクールは、幼児部から高等部まであり、第一言語で60%の授業、第二言語での授業が40%で、さらに中等部1年からは第三言語を選ばなくてはならなかった。大多数の生徒たちと同様に、私も真咲も第一言語は英語、第二はフランス語を選択していた。

 この学校に編入し、私と真咲が会話練習をするようになって間もなく、私が第三言語の選択で迷っていた時に真咲に相談すると、1学年下にもかかわらず彼はすでにオランダ語に決めていると言った。ベルギーの60%以上の国民はオランダ語を母国語としている。そうはいってもオランダ語を話す世界人口は少なく、特にヨーロッパ圏外からの生徒がオランダ語を選択することはあまりないようだった。

「やっぱりこの国の公用語だから?」と私が何気なく理由を尋ねた。

「まぁ、それが一番の理由だけどね。あとは……、俺の遺伝上の父親はフラマン(ベルギーでオランダ語を母国語とする地域に住む人)だったらしいんだ。ま、どうでもいいことなんだけど」

 真咲が遺伝上の父親について話したのは、後にも先にもその一度きりだった。

「じゃ、私もオランダ語にする。真咲が私の理解できない言葉を話すようになるのはイヤだし。それに、私が1年先に勉強を始めるんだから、今度は私が真咲に教えてあげるよ」

 私は喜々として言った。私が真咲より何かひとつでも優位に立てることが楽しみに思えた。

 しかし真咲はそれが気に入らないのか、拗ねたように「俺はもう自分でオランダ語の基礎勉強してるから、可奈に教えてもらうなんてありえないし」と呟いた。




 学校にはオランダ語を母国語に持つ生徒の数は少なくなく、私のクラスにも毎年何人かいた。中学2年から3年間続けてクラスメイトだったサミュエルは父親がアメリカ人、母親がオランダ人で、英語とオランダ語の完璧なバイリンガルだった。彼は背が高く、高校1年の時にはすでに185センチを超えていた。低い声でゆっくりと話す、穏やかな雰囲気の男の子だった。髪は色素の薄いブロンドで、目は宇宙から見た地球を連想させる青だった。

 早口で四角いイングランドの発音で話す真咲とは対照的に、サムは力の抜けたような丸いアメリカの英語で話した。そんな発音で繰り出される冗談はとても面白く響いて、クラスのみんなをよく笑わせていた。私も彼の冗談でよく大きな声で笑った。中学2年の時にグループ課題で一緒のグループになってから、似たようなペースで課題をこなす彼とは波長が合い、その後もグループ課題がある時にはいつも一緒にグループを組むようになった。彼はフランス語を第三言語として選択していたこともあり、ある時期から私はオランダ語の質問をサムにして、かわりに私は彼にフランス語を教えてあげることがよくあった。

 私は真咲と出会ってすぐに恋愛感情を抱いたため、真咲を男友だちだと思ったことはなかったし、真咲以外の男の子が魅力的に見えたこともただの一度もなかった。私によそ見をする余裕などなかった。そのせいで、ほかのクラスメイトや友だちの話を聞く時とは違い、私がサムの話をするとなぜ真咲が機嫌を損ねるのか常々不思議に思っていた。

 私が高校1年16歳、真咲が中学3年15歳の3月、第三言語のテストを控えサムはかなりフランス語に苦闘していた。私や真咲は日本語という母国語がある上で、ほかの言語を学んでいたが、英語とオランダ語を母国語として話すサムにとっては、フランス語は初めての外国語だった。彼は外国語を学ぶのがあまり得意でなく、会話はともかく、テストや読み書きはひどく苦手だった。

 テスト2日前に困窮した表情をして、サムが私に放課後にフランス語を教えてくれと懇願してきた。サムはいつも私がオランダ語でわからないことがあると、辛抱強く丁寧に教えてくれたので、私がフランス語でお返しできるならと喜んで引き受けた。真咲にはメールで事情を説明して、私を待たず先に帰るよう伝えた。

 放課後教室にサムとふたりで残り、2時間程度を費やしてフランス語のテスト範囲を彼が復習し、わからない箇所を私が根気よく説明した。私は特に文法が得意だったので、彼に教えることを苦に感じなかった。

 とりあえず、テスト範囲をさらい終えるとサムは「ほんとに助かったよ。可奈は命の恩人だ」と大げさにお礼を言った。

 机の荷物を片付けてから教室を出て、ふたりで一緒に玄関に向かった。いつものようにサムが丸い英語で冗談を言い、私が声を上げて笑いながら歩いていた。

 雨が降る寒い日だった。閑散とした玄関ホールに着くと、笑いながら歩いていたサムと私をじっと見ている真咲の存在に気がついた。彼は腕を胸の前で組んで、玄関ドアの横のガラスの壁に寄りかかって立っていた。

 私は驚いて「真咲、もしかして待っててくれたの?今日は遅くなるから、先に帰ってよかったのに」とサムがいる手前、英語で話しかけた。

 真咲は私を無視し凍りつくような目をしてサムと私に近づくと、何も言わずにサムの左肩を突き飛ばした。サムはその衝撃で数歩後ずさった。その頃の真咲の身長は180センチ足らずで、サムの前に立つと7、8センチの身長差があった。

 サムが目を大きく開き「なんなんだよ」と真咲につめ寄った。

 私は目の前で何が起きているのか、うまく理解ができずにその場に立ちつくしていた。

 すると、それまで私が真咲の口から聞いたことがなかった荒い言葉づかいで、サムに向かって怒鳴り始めた。

「アンタ、何やってんのかわかってんのか?俺のカノジョに何してんだよ!」

 真咲はすごい剣幕でサムに食ってかかった。

 サムは「可奈はテストのために、俺にフランス語を教えてくれてたんだけど。キミのカノジョから聞いてなかったのか?」と、とても冷静な声で答えた。

 そのサムの態度がさらに真咲の神経を逆撫でし、憤怒の形相で真咲がサムのネクタイの結び目を掴んだ。

 私は慌ててふたりの間に割って入りサムの前に立つと、真咲の胸を押し返しサムから遠ざけようとしたが、私の力は真咲の前では非力すぎた。

「ちょっと真咲!何やってんの?サムを放して!」と真咲に向かって叫んだが、彼は私を見ようともせずサムを睨み続けていた。

 サムが「可奈がイヤがってるのがわからないのか?お前、子どもみたいだな」と低い声で言った。

 ヤバイ!

 私は心の中で叫び、真咲が次の行動を起こす前に、サムのネクタイを掴む真咲の腕に全身の力を込めてつかまり「真咲、お願い、もう帰ろう」と必死になって言うと、真咲はサムのネクタイからようやく手を放した。

 真咲はそのままその手で私の左腕を強く掴むと、私を強い力で引っ張りながら玄関のドアに向かった。

 真咲はドアを開けてから、サムに振り返り「俺のカノジョに二度と近づくなよ」と吐き捨てた。

 私は真咲に腕を引っ張られたまま、不格好に歩きながら振り向き「サム、ごめん。ほんと、ごめん」と言い残した。

 真咲は冷たい雨に目もくれず、「ちょっと待って、真咲」と声をかける私を無視して、私の腕を放すことなく歩き続けた。

 私は仕方なく、コートのフードをかぶり腕を引かれながら足を動かした。

 トラムの停留所に着くと、有無を言わさず私をガラス製の雨よけの隅まで押しやり、私の太腿の間に彼の右脚をねじ入れてから、口で私の唇をこじ開けて舌を押し込んできた。停留所にはトラムを待つ人が3人と私たちと同じ制服の生徒が2人いて、彼らは私たちの様子をうかがっていた。真咲は理不尽に怒り狂い、私は八つ当たりされている気がして、彼の態度が許せなかった。けれども真咲を押し離そうとしたが、彼は動じなかった。

 私は口を封じられたまま真咲の胸を両手で叩き、真咲の口の中に言葉にならない声を出し続けると、彼はようやく力を弱めた。

 私は即座に彼から離れ「ちょっと真咲、何やってんの?!信じらんない……」と怒鳴った。

 私は真咲から顔を背け彼から遠のき、トラムがやって来ると前の車両に乗った真咲を見てから、私は後ろの車両に乗り込んだ。

 私は、真咲の激高した態度に驚き、戸惑い、混乱していた。同時に、そんな彼に対して憤りを覚えた。こんな状態で話したところでどうにもならないと思い、私はそのままひとりで家に帰ることにした。

 しかし真咲の降りる停留所が近づくと、彼は私の隣に立ち「可奈、さっきはごめん……お願い、ウチに一緒に来て」と小さな声で言った。

 私のことを無視して、私の友だちにひどいことして。どうして私が真咲の言うことを聞かなきゃいけないの?!

 私は頭の中で怒り狂いながら、彼を無視して家に帰るつもりでいた。

 トラムが停車しドアが開くと真咲は私の左手を握り、「お願い」と小声で繰り返し、叱られた子どものようにしょんぼりと私を見た。結局私にはその手を振り払うことはできず、彼と一緒に下車し手をつながれたまま、何も話さず雨に打たれながら彼の家に向かって歩いた。

 アパートに入ると「お帰りなさい」という真咲の母親の声が廊下の奥から聞こえた。

「お邪魔します」と彼女に聞こえるよう大きな声で挨拶をすると、キッチンから出てきた彼女が「可奈ちゃん、いらっしゃい」と明るい笑顔を向けた。

「ただいま」と真咲はボソッと呟いた。

「あら、結構雨が降ってるのね。ふたりともびしょ濡れじゃない。カゼひくから早く着替えた方がいいわ。コートをバスルームで乾かすから、ふたりとも脱いでくれる?」

 私と真咲はおとなしく従い、濡れたパーカを彼女に手渡した。

「可奈ちゃん、私の服を貸してあげましょうか?」

 優しく話しかける母親に、真咲が急いでいるかのように忙しなく言った。

「ちょっと今、調べ物をしてから友だちに連絡しなきゃいけないんだ。可奈には俺の服を適当に貸しとくよ」

「そう。でも着替える前にちゃんと拭くのよ。寒いようだったら、シャワーを浴びて温まってね」

「終わったら降りてくるから」と真咲は私の腕を引っ張って階段を上がろうとした。

 私は慌てて「すみません。じゃ、タオルをお借りします」とだけ付け加え、真咲の後に続いた。

 真咲の母は私たちの濡れたコートを手に、1階の寝室へ入っていった。

 このペントハウスの1階には、真咲の両親が使うマスターベッドルームとバスルーム、書斎、ゲスト用バスルーム、キッチンとカウンターの前にはダイニングスペース、そして2階まで吹き抜けになっているリビングルームがあった。2階には真咲の部屋以外に2つ寝室とバスルームがあった。普段は真咲の両親が2階を使うことはほとんどなかった。

 真咲は2階に上がると、バスルームの中のクローゼットからタオルを2枚掴み取り、「早く来て」と私を急かし彼の部屋に入れた。

 真咲は部屋のドアを閉めるや否や、タオルもバックパックも床に落とし、私の後頭部を抑えて激しくキスをしながら、ベッドにまで押し進んだ。

「ちょっと真咲、待って。私、脚がずぶ濡れだから拭かないと、ベッドが……」

 言い終わるのも待たずに、私のブレザーとセーターを剥ぎ取るように脱がせ、ブラウスのボタンをもどかし気に外し、背中に手をいれてブラジャーのホックを外した。私の身体を痛いほど荒々しく触りながら彼に背を向けさせると、スカートに手を入れて下着を下した。

「ちょっと、ヤダ。待って、真咲、なんか怖いよ……」

 真咲はそう言う私を無視して、私を前のめりにしベッドに両手を着かせると、真咲はパンツと下着を足首まで下し乱暴に挿入してきた。私は半年ほど前から避妊薬を飲んでいたので、最近はもうコンドームを使っていなかった。

 彼の手荒さに困惑しつつも同時に興奮させられ、声が出ないように必死でがまんし、それ以上何も言うことができなかった。まるで怒りをぶつけるように荒々しく動いていた彼は、間もなく私の中で射精して、力尽きたかのように後ろから私に覆いかぶさり、ふたりともベッドに倒れこんだ。

 真咲は横向きに寝転んだまま私の湿った髪に顔を埋めて、背中から強く私を抱きしめ続けた。

 真咲は「可奈は俺のものだよ。誰にも渡さないから」と抱きしめる腕に痛いほど力を込めた。

 私は軽くため息を吐いてから駄々をこねる子どもをなだめるような口調で呟いた。

「前にも何回も言ったけど、サムはクラスメイトでただの友だちだよ。私が好きなのは真咲で、真咲以外の人なんて目に入らないくらい愛してるのに……なんで真咲はサムをそんなに嫌うんだろうね」

 真咲は私の髪に顔をこすりつけるように首を左右に振った。

「けど、サミュエルが可奈を見る目が気に入らない。アイツは可奈をただのクラスメイトなんて思ってないよ、絶対。それなのに、可奈がアイツの誘いに乗って楽しそうにしてた……すごい焦った。どうしていいかわからなくなった」

 そう言うと、真咲は仰向けになり今度は私を彼の上に乗せ、スカートの中に入れた両手で私を押さえながら腰を動かした。私が絶頂に達するのを待ってから、彼は再び私の中に射精した。

 その後数分間私たちは放心状態のまま、ベッドにふたり並んで仰向けに寝転んでいた。

「お母さんが下で待ってるよ」と私はまだはっきりしない頭で呟いた。

 私はふと帰ってきた時のことを思い出し「真咲も息をするようにウソがつけるんだね」と言った。

 真咲は私が何のことを言っているのかわからないという面持ちで「なんで?」と聞いた。

「さっき、お母さんに調べ物があるって言ったじゃん」

 真咲は、それか、という風に苦笑して「じゃ、早くセックスしたいから急いでる、って言えばよかった?」と笑った。

「なんか、さっきのサムとのこともそうだけど、真咲って……っていうか、男の子って、意外性を多く含んだ生き物なんだね。私は真咲に驚かされてばっかりだよ。去年、私の誕生日に初めてした時も、男の人ってすごいなって思ったの」

 真咲は「……何がすごかったの?」と不安そうに苦笑した。

「私なんて、何をどうするか全然わからなかったのに、真咲は初めてじゃないみたいに、触ったり動いたりしたでしょ?男の人の本能ってすごいなって感動したの」

「可奈、何言ってんの?……俺、かなりあたふたしてたんだけど。初めからわかるわけないじゃん、そんなの」

「えぇー、でも女の子は最初は何ひとつわからないもん」

「それは……男はそれなりに情報収集っていうか……準備っていうかするし……」

 真咲が言い淀んだ姿を見て、私は彼が示唆するところを悟った。

「真咲でもそういうの見たりするんだ!」と大げさに驚いて見せた。

 真咲は「いや、俺でもっていうか、男は誰でもするでしょ」と開き直った。

 私は意地悪く「男は誰でも、ね。真咲はステレオタイプは好きじゃないんだよね?」と微笑んだ。

 真咲は起き上がって「今の俺の“男”発言は統計じゃなくてただの事実だから、ステレオタイプとは無関係だよ。もういいからシャワーしてきなよ」と私にタオルを手渡した。

 私は「どんな意外な真咲を発見しても、キミのすべてを愛してるよ」とタオルを受け取り、彼を抱きしめた。




 第三言語のテストの翌日の朝登校すると、キャンパス内でサムが本館と中等部校舎の歩道で私を待っていた。サムは私を見つけると「おはよう」と挨拶をしてやさしい笑顔を浮かべた。

「おはよう、サム。こんなところでどうしたの?」

 玄関で真咲が彼を怒鳴りつけた翌日に、私はサムに迷惑をかけたことを心から詫びた。それ以降話していなかったので、少し気まずさを感じた。

「可奈、ちょっと話があるんだけど。5分だけでいいから、今いいかな?」

 私は何の話だろうと疑問に思ったが「うん、大丈夫だよ」と明るく答えた。

 サムは「じゃ、あっちに行こうか」と中等部と高等部の校舎の間にある芝生の上を進んだ。

 高等部の正面玄関を通り過ぎ、登校中の生徒があまり通らない地点にくるとサムは私に振り返った。そこは中等部の校舎の裏側で、真咲の教室から目に入りやすい場所だったので、彼が私とサムが一緒にいるところを見ていないか気になった。

「昨日の昼休みに、可奈のカレシがこの前のこと謝りに来たよ」

 あの騒動があった日に真咲が落ち着いてから、次にサムを見かけたら謝るように言ったのだが、真咲から実際に謝ったことを聞いていなかったので少し驚いた。

「そうなんだ、知らなかった。でも、ほんとごめんね。いつもはあんなことしない人なんだけど……なんかサムのこと誤解してたみたいで」

「可奈はもうこの前さんざん謝ってくれたし、ほんと気にしてないから、もう忘れてよ」と微笑んでから「まあ、誤解でもないしね」と言った。

 私はサムの言っている意味が把握できなかった。

「私、なんか話が見えてない?」と私は首を傾げた。

 サムは天気の話でもするかのように「僕は前から可奈のことが好きなんだ」と笑顔で自然に口にした。私は不意打ちをくらい、あ然としているとサムは「あ、やっぱり気づいてなかったんだね」と苦笑した。

 私は「ごめん、全然知らなかった。あの、ありがとう」とまごつきながら口にした。

「でも……サムはいい友だちだし……私は好きな人がいるから……」

「うん、わかってるよ、わかってる。この学校でキミたちカップルを知らない人間はいないよ。ただ、この前あの子にケンカ売られてさ。自分の意気地のなさにうんざりしたんだ」とサムは癖の強いブロンドの髪をかき上げた。

「だから自分の気持ちを可奈に伝えて、すっきりさせようと思っただけだから。これからも今まで通り、友だちとして仲良くやっていければ満足だから」

 サムは私に右手を差し出した。握手をするために私も右手を差し出す。サムはとても大きな骨ばった手で私の手を握った。

「じゃ、これからも友だちとしてよろしくね」とサムは屈託のない笑顔を見せた。

 今回のことが原因で、彼とのこれからの関係が変わってしまわないよう「サムの友だちでいられて、私はラッキーだよ」と朗らかな笑顔で答えた。

 私たちは今まで通り笑い話をしながら教室まで行き、それぞれの席に着いた。

 私は自分の席に座りながら、真咲はどうしてサムの気持ちに気づいていたのか疑問に思った。もう1つ真咲の意外な一面を垣間見た気がした。

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